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誰も救えない僕が、それでも魔王と生きる話  作者: 霜月ルイ
「  」編

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118/144

118.人として、ここにいる-3

 

 収穫の日の村は、最初から「音」が違った。


 まだ日が完全に上がりきる前から、戸の開く回数が増える。鍋の蓋がいつもより早く鳴り、井戸の縄が短い間隔で軋む。誰かが走っている足音がして、笑い声が追いかけてくる。畑へ向かう道に、いつもより多い影が重なり合う。


 ――人が、集まっている。


 それは祝祭の始まりの合図であると同時に、エルディオの中では、別の合図でもあった。


 死角が増える。


 誰かが増えれば視線が散る。視線が散れば、見えない場所が増える。見えない場所が増えれば、想定しなければならない方向が増える。


 彼はその計算を、もう意識の言葉にしない。言葉にするほど野暮ではない。半年という時間は、彼に「黙っている術」を与えた。村に混ざる術を与えた。


 だが、身体から癖は抜けなかった。


 ♢


 畑に着くと、空気が甘かった。


 土の匂いだけではない。乾いた草、朝露、熟れた実の香り。籠の中の豆、麦、芋。どれも生活の匂いなのに、今日は少しだけ「祝い」の匂いが混じっている。汗の匂いですら、焦りではなく、達成の匂いだ。


「ほら見ろ、今年は当たりだぞ!」


 男が声を張り上げる。

 誰かが笑い、別の誰かが応える。


「量が違うな、去年より確実に多い!」


「豆が太い! いい具合だ!」


 籠の底を叩く音。束ねた麦が擦れる音。土を払う音。


 村人たちの声は、上へ上へと伸びていく。

 いつもなら、どこか抑えたところが残る声が、今日は抑えられていない。


 それが、平穏が“固定されはじめた”証だった。


 エルディオは、その声の中にいた。


 鍬ではなく、今日は鎌を持つ。束ねるための紐も腰に下げる。誰かに指示されたわけではない。最初から自然に手が動く。鎌の刃の角度を決め、刈り取り、束ね、荷車へ渡す。


 動きは淡々としている。

 戦場の淡々ではない。

 生活の淡々だ。


 その淡々に混じって、村の“喜び”が加速していく。


「エル! 見ろよこれ!」


 畑の向こうで、若い男が豆の莢を掲げている。子どもがそれに群がり、奪い合いみたいな笑いが起きる。


「わあ、でっかい!」


「わたしのほうがでっかいの見つける!」


 足が土を蹴り、埃が舞う。

 舞った埃に日が当たり、薄い金色になる。


 エルディオは一瞬だけ、その光景に目を留める。


 留めた直後――


 視線が、畑の端へ滑る。


 林の影。

 その影と畑の境目。

 人の輪が大きくなった分、外側が薄くなる場所。


 彼の目は、喜びを見ているのに、喜びの外側を測っている。


 ♢


「エル、こっち運んで!」


 女の声が飛ぶ。


 呼び方が短い。頼み方が自然だ。遠慮がないというより、遠慮をする必要がない相手として扱われている。


 エルディオは頷き、籠を持つ。


 重い。

 でも、重さが「仕事の重さ」になっている。


 籠を運びながら、村人の会話が耳に入る。


「この出来なら、来年は畝を増やせるぞ」


「そうだな。あの斜面の手前、耕せば広がる」


「来年の祭り、少し派手にできるな」


 来年、来年、来年。


 未来の言葉が、これほど軽く飛び交うのを、彼はまだ完全には受け止められない。


 だが、否定もしない。

 否定すれば空気が止まる。

 止める必要はない。


 エルディオは籠を下ろし、短く言った。


「……量は、十分だな」


 事実だけ。

 祝福ではない。


 男が笑った。


「十分どころじゃねぇよ。見ろよ、山だぞ」


 籠が積まれていく。

 山ができていく。

 山ができるほど、喜びが目に見える。


 目に見えるほど――エルディオの中の“範囲”が広がる。


 守るべきものが増えた、という感覚ではない。

 守るべき範囲が広がった、という感覚だ。


 人が集まる。

 子どもが走る。

 火が起こされる。

 鍋が増える。


 村の中心が賑やかになるほど、外縁が薄くなる。

 薄くなるほど、そこを埋めたくなる。


 埋めたくなる衝動は、彼の中で「警戒」という名前を持っている。


 ♢


 昼が近づくにつれ、収穫祭の空気が本格的になっていった。


 畑の一角に、大きな鍋が据えられる。

 火が起こされる。

 木が爆ぜる音と一緒に、肉の匂いが立ち上る。


「おい、今日は飲むぞ!」


「子どもには薄めろよ!」


 笑いが起きる。

 冗談が飛ぶ。


 普段よりも声が大きい。

 普段よりも距離が近い。

 普段よりも気が緩む。


 エルディオは、その“緩み”の匂いを嗅いでしまう。


 彼は鍋の前を通り過ぎるとき、火の勢いを見る。

 火が強い、という意味ではない。

 火が周囲をどれだけ照らしているか、という意味で。


 光が届かないところが、増える。


 光の外側が、濃くなる。


 彼の視線は、鍋の中の豊かさより先に、影の濃さへ向かう。


 ♢


「エル! ほら、これ食え!」


 男が木皿を差し出す。

 芋が入った濃いスープ。香草が浮いている。


「……ありがとう」


 受け取る手が、まだ少し丁寧すぎる。

 それでも、拒まない。


 口に運ぶ。

 温かい。

 塩気がちょうどいい。

 体に染みる。


 村人たちは、喜びを言葉にするのが上手だ。


「いやぁ、今年は勝ったな!」


「腹いっぱい食えるってのが一番だ!」


「来年は、羊も増やせる!」


 笑いながら、未来へ伸びていく。


 エルディオは、味を噛みしめながら、ふと考える。


 この温かさを、村はそのまま“信じる”。


 信じることで、明日へ行く。


 自分は、信じることができない。

 信じた瞬間、備えが鈍ると知っている。


 だから彼は、温かさを口に入れながらも、耳は外側を拾ってしまう。


 犬の足音。

 風が変わる音。

 林が鳴る気配。


 誰も拾わない音を、彼だけが拾う。


 ♢


 エミリアは、すぐに見つかった。


 人の輪の中を縫うように走って、土で汚れて、頬が赤い。


「お父さん!」


 呼び方が、もう完全に“生活の声”だ。

 英雄へ向ける声ではない。

 父へ向ける声でもある。

 でも、それ以上に「当たり前の相手」に向ける声だ。


 エルディオの胸が、ほんの一瞬だけ緩む。


 緩んだ直後、視線が外縁へ跳ねる。


 ――増えた人。

 ――増えた死角。

 ――増えた距離。


 確認してから、ようやくエミリアを見る。


「……どうした」


「みて! これ!」


 エミリアが差し出したのは、小さな麦束だった。大人の束とは比べものにならない。細くて短くて、うまく縛れてもいない。


 それでも彼女は誇らしげだ。


「わたしも、しゅうかくした!」


 エルディオは、一拍置いてから頷く。


「……よくやった」


 褒め言葉が、少しだけ自然になる。

 父親の言葉が、ほんの少しだけ混じる。


 エミリアは満足そうに笑って、腕に抱きついた。


 抱きつく勢いが、半年の距離を証明する。

 彼女はもう「触れていい相手」だと、完全に信じている。


 エルディオは、抱きしめない。


 抱きしめないまま、背に手を置く。


 軽く。

 逃がさない。

 押さえない。


 そこにいる、という合図だけを返す。


「ねえお父さん、あっちであそぶ!」


 指さす先は、人が密集している場所だ。

 子どもが多い。

 大人が酒を回している。

 声が大きい。


 エルディオは、反射で“範囲”を測る。


 ここからあそこまでの距離。

 途中の死角。

 誰が見ているか。

 誰が見ていないか。


 そして、短く言う。


「……見えるところで」


「はーい!」


 返事は軽い。

 理由を求めない。

 彼女の中で、それは“ルール”として自然に受け取られている。


 エミリアが走り去る。

 走り去る背中を、エルディオは一瞬だけ見送って――


 無意識に、村の端を見る。


 柵。

 外周。

 林の影。

 見通しの悪さ。


 象徴みたいに、彼の視線はそこへ落ちる。


 ♢


 メイリスは、鍋のそばにいた。


 忙しいのに、忙しさを見せない。鍋をかき回しながら、子どもに器を渡し、男の冗談を受け流し、女たちの世間話に相槌を打つ。


 村の中に溶けている。

 溶けながら、彼女はエルの“外側への視線”も見逃さない。


 エルディオが鍋の横を通ると、メイリスは小さく言った。


「食べた?」


「……少し」


「もっと食べなさい。今日は、許される日なんだから」


 許される日。

 その言い方が、彼女らしい。


 エルディオは少しだけ目を伏せる。


「……許される、か」


「そう」


 メイリスは笑わない。

 でも、声が柔らかい。


「明日また頑張るために、今日くらいは喜んでいい」


 エルディオは、すぐ返事をしない。


 喜び方が分からないわけじゃない。

 喜びの“後”が怖い。


 喜べば緩む。

 緩めば見落とす。

 見落とせば壊れる。


 その因果が、彼の中では固い。


 メイリスは、その沈黙を責めない。


 ただ、器をひとつ差し出す。


「はい。これ、あなたの分」


 言い方が、村の女の言い方だ。

 侍女の敬語ではない。

 生活の言葉だ。


 エルディオは受け取る。


「……ありがとう」


 そして、飲む。


 温かい。

 旨い。


 その温かさを感じた瞬間、胸が少しだけゆるむ。


 ゆるんだ直後――また外周を見る。


 メイリスは気づく。

 気づいても、言わない。


 言えば彼は戻ってしまう。

 “英雄の目”へ戻ってしまう。


 だから、言わない。


 代わりに、ぽつりと言う。


「人が集まると、賑やかね」


「……ああ」


「賑やかなの、嫌い?」


 問いは柔らかい。

 逃げ道がある問いだ。


 エルディオは少しだけ考えてから答える。


「……嫌いじゃない」


 それは、本当だ。


 嫌いじゃないのに、落ち着かない。


 メイリスは、頷く。


「じゃあ、嫌いじゃない分だけ、ここにいればいい」


 “安心しろ”ではない。

 “もう大丈夫”でもない。


 ただ、居場所を示す言葉。


 エルディオは、その言葉を飲み込むように、もう一口スープを飲んだ。


 ♢


 日が傾き始めると、村人たちの喜びは、さらに声になる。


「これだけ採れたら、冬越せる!」


「来年は、畑の外側も手を入れよう!」


「祭りも大きくしよう!」


 未来が、当たり前になる。


 エルディオは、笑い声の中で、一瞬だけ目を細める。


 その目は笑っている。

 でも同時に――数えている。


 人の数。

 子どもの位置。

 声が届く範囲。

 火の明かりの届く範囲。

 届かない範囲。


 喜びが集まるほど、守るべき範囲は広がる。


 核の一文が、彼の中では感情ではなく、現実の計測として刻まれていく。


 村がひとつの輪になればなるほど、輪の外側が薄くなる。

 薄くなる外側を、誰かが埋めなければならない。


 その役を、彼は望んでいない。


 望んでいないのに、身体が勝手に引き受ける。


 ♢


 収穫物が荷車に積まれ、籠が空になり、地面に残るのは踏み跡だけになる。


 それでも、笑いは残る。

 匂いも残る。

 温度も残る。


 エルディオは、最後に畑を振り返った。


 山になった収穫物。

 それを前に、村人たちが笑っている。


 エミリアが、遠くで跳ねている。

 メイリスが、鍋の蓋を閉める音がする。


 ――よかったな。


 その言葉が喉まで上がりかけて、止まる。


 代わりに、彼の視線は――


 村の端へ行く。


 柵の歪み。

 外周の暗さ。

 人の輪が作った死角の濃さ。


 無意識に、そこを確認してしまう。


 確認し終えたとき、ようやく彼は息を吐いた。


 今日も、無事だった。


 その“無事”を、村は「喜び」として抱く。

 彼は「成功した警戒」として抱く。


 同じ空気を吸いながら、同じ温度ではない。


 それでも、今はまだ壊れていない。


 笑い声が残る畑の端で、エルディオはもう一度だけ、外周を見た。


 そして、誰にも聞こえないくらい小さく、自分に言う。


 ――広がった。


 喜びが集まるほど、守るべき範囲は広がる。


 その一文だけが、祝祭の熱の中で冷たく、確かに残っていた。


 ♢


 その呼び方が、もう特別ではなくなっていた。


 朝、戸が開く音よりも先に聞こえる。


「お父さん」


 寝起きの、まだ掠れた声。名前を呼ぶほどの意識もなく、用事があるわけでもなく、ただ“そこにいる人”を確かめるためだけの呼び方。目が覚めて、世界が続いていることを確かめるための声。


 エルディオは、鍋に水を入れる手を止める。


「……なに」


 返事は短い。

 けれど、もう戸惑いはない。


「おはよ」


 エミリアはそう言って、ふらふらと近づいてくる。足取りはまだ完全ではなく、床板の上で少しだけよろける。そのまま、当然のようにエルディオの脚にぶつかり、腕を回す。


 抱きつく、というより――寄りかかる。


 体温を預ける行為。


 エルディオの身体が、一瞬だけ硬くなって、それから緩む。


 受け止める。

 押し返さない。

 離さない。


 それがもう、判断ではなくなっている。


「……寒いか」


「ううん」


 エミリアは首を振り、額を彼の腹に押しつける。意味のない動きだ。意味がないから、安心している証拠だ。


 エルディオは、空いた手で彼女の背に触れる。


 撫でない。

 抱き寄せない。


 ただ、そこに手があると伝える。


 エミリアは満足したように、小さく息を吐いた。


 ♢


 昼前、エルディオが外で作業をしていると、必ず足音が増える。


 薪を割っているとき。

 柵の歪みを直しているとき。

 井戸の縄を巻き直しているとき。


 少し遅れて、軽い足音が近づいてくる。


「お父さん、なにしてるの?」


 質問の形をしているが、答えを求めてはいない。

 “一緒にいる理由”を作るための言葉だ。


「……薪」


「てつだう!」


 即答。

 相談はない。


 エルディオは、薪を割る手を止め、少しだけ考える。


 危なくないか。

 手を挟まないか。

 転ばないか。


 その一連の判断は、ほんの一瞬で終わる。


「……これを、そっちに」


 軽い薪を指さす。


「うん!」


 エミリアは嬉しそうに駆け寄る。小さな手で薪を抱え、よたよたしながら運ぶ。途中で落とす。拾う。もう一度抱える。


 時間はかかる。

 効率は悪い。


 だが、エルディオは急がない。


 急ぐ理由がない。

 急げば、彼女は“役に立てなかった”と覚えてしまう。


 それだけは避けたい。


「お父さん、これでいい?」


「……ああ」


 それだけで、エミリアは満足する。


 彼女にとって、仕事の成果は重要じゃない。

 “一緒にやった”という事実だけが重要だ。


 エルディオは、その様子を見ながら、ほんの一瞬だけ口元を緩める。


 ――笑う。


 その瞬間、視線が跳ねる。


 家の外。

 村の端。

 音の距離。


 確認してから、また彼女を見る。


 笑いは消えている。

 だが、拒絶ではない。


 ♢


 午後、日が傾き始める頃。


 エミリアは疲れる。


 それは突然だ。

 予兆もなく、急に体の電池が切れる。


「……つかれた」


 そう言って、彼女はその場にしゃがみ込む。


 エルディオは、すぐに近づかない。


 まず、周囲を見る。


 危険がないか。

 足を取られるものがないか。

 誰かが走ってくる気配はないか。


 確認してから、彼女の前に膝をつく。


「……もう、いい」


「うん……」


 エミリアは返事をしながら、自然に彼の膝に座る。


 遠慮がない。

 許可を求めない。


 完全に“自分の場所”として認識している。


 エルディオの胸が、少しだけ重くなる。

 重くなって、それでも逃げない。


 彼女の体重は軽い。

 だが、その信頼は重い。


 エミリアは、彼の服を握り、額を胸に当てる。


「……ねむい」


「……寝るな」


 声は低いが、拒む強さはない。


「すこしだけ……」


 少しだけ、という言葉を信じてしまう。

 信じても、裏切られないと知っている。


 エルディオは、彼女を抱き上げる。


 抱き上げる動作は、もうぎこちなくない。

 体の使い方が、生活のものになっている。


 そのまま、家へ向かう。


 途中、彼は何度か周囲を見る。

 だが、それは彼女を下ろすためではない。


 “このまま運べるか”を確認しているだけだ。


 ♢


 夕方、家の中。


 エミリアは目を覚ましたばかりで、まだ半分夢の中にいる。


 エルディオは卓に向かって座っている。

 彼女は、当然のように彼の膝に乗る。


 椅子が狭くなる。

 動きづらくなる。


 それでも、彼は動かない。


「お父さん」


「……なに」


「あとで……いっしょに」


 言葉が途中で途切れる。

 何を一緒にするかは決めていない。


 決める必要がない。


「……ああ」


 返事は短い。

 だが、否定はない。


 エミリアは、顔を上げて彼を見る。


「やくそく!」


 その言葉は、重い。


 約束は未来を前提にする。

 未来があると信じているから、口にできる。


 エルディオの胸が、ぎゅっと縮む。


 縮んで――それでも、言う。


「……ああ」


 約束を受け取る。


 受け取った瞬間、視線が跳ねる。


 窓。

 外の暗さ。

 音。


 確認してから、また彼女を見る。


 エミリアは、満足そうに笑っている。

 何も知らない笑顔だ。


 それが、何よりも怖く、

 何よりも守りたい。


 ♢


 夜。


 エミリアは布団に入っても、すぐには寝ない。


 手を伸ばして、エルディオの服の端を掴む。


「お父さん……ここ」


 離れるな、という意味ではない。

 いるかどうかの確認だ。


 エルディオは、布団の脇に座り、その手を外さない。


「……いる」


 言葉にすると、約束になる。


 それでも、言う。


 エミリアは、その一言で目を閉じる。


 寝息が、ゆっくりと深くなる。


 エルディオは、しばらくその場を動かない。


 寝顔を見る。

 呼吸を見る。


 それから、ようやく立ち上がる。


 剣の位置を確かめる。


 いつも通り。

 手の届く場所。


 位置を微調整する。


 その動作を終えてから、もう一度エミリアを見る。


 穏やかな寝顔。

 疑いのない顔。


 エルディオは、ほんの一瞬だけ微笑む。


 そして、直後――

 外を見る。


 闇の濃さ。

 音の距離。

 異変がないこと。


 確認して、息を吐く。


 父として呼ばれる日常は、もう当たり前になっている。


 当たり前だからこそ、守るべき範囲は広がり続ける。


 それでも彼は、逃げない。


 膝に座る重さも、

 抱きつく体温も、

「お父さん」という呼び方も――


 全部を引き受けたまま、

 今日も静かに、周囲を見ていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

収穫の喜びが村に満ちるほど、エルの視線は外縁へ滑っていきます。

守られている日常と、守り続けている感覚は、同じ場所にいても同じ温度ではない――そのズレを、この章の芯にしました。

次も、どうか見届けてください。

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