エピソード0~ギンジという男~
私とギンジの関係をここではっきりさせておこうと思う。
私達は友人である。
確かに美しすぎる見た目の美女と年相応の顔をした山羊鬚の強面なおっさんが街中を歩けば良からぬ疑いが掛けられるであろう。
しかし歴とした友情関係が結ばれているのである。
遡ること私が小学4年生の時である。
今でこそ苛めに対する耐性がそれなりについているとはいえ、当時の私にはとても辛い経験だった。
因みに私は小学校2年生~6年生、中学生2年生~高校2年生で最後の登校するまで苛められていた。
それぞれ学校が変わる度に一度なりは潜めるのである。
しかし時間が立つに連れ、出る杭は打たれるのである。
私の場合意識して出た訳ではない。異様に整っている容姿が勝手に出ていくのである。
学校が変わる度に大人しくしておこうと普段から影のような性格の私が大人しくしていても、気が付けば杭が出ているのである。
逆に高校1年の時は近寄らせないようにとピアス穴を複数開けて虚勢を張っていると、入学5日目には同様に同姓から無視されるという最速記録を達成した。
小学校の時も同様に最初は同姓の子達に無視される程度だったが、小学校4年生の時汚い罵詈雑言を浴びせられることになる。
理由はボス猿のような見た目をした女子グループのボス猿が好きだった男の子が私の事を好きだったと言うものらしい。
本当に馬鹿馬鹿しいがそのボス猿には耐え難い屈辱だったのだろう。
休み時間という休み時間にコザルを引き連れてあーでもないこーでもないと散々な言われようだった。
正直無視されていたのも理解できていない。
私が悪いことをした記憶がないのである。
そもそも積極的に話すタイプで無い私が誰かを知らない内に傷付くことを言う訳がないのである。
考察するのであればきっと気取って見えてしまったのだろう。
容姿も相まって変に大人びている、大人に媚びているように写ってしまったのかと思う。
実際に小学生4年生のこの頃に言われているから可能性は高い。
散々な言われ様に加えて大勢に取り囲まれいている状況で、私は沈黙するしか術がなかった。
その日の帰り道、その猿たちは休み時間だけでは飽き足らず、放課後も私を必要に追い回していた。
私は出きる限り逃げ回り、出きる限り遠回りして追跡を撒いていた。
日も落ちつつある時に一本の小汚ない路地裏を通る。小学生なら恐がらずに通るのは厳しそうな程ゴミが散乱していて壁にはいくつもの落書きが施されている。
この時の私はそこまで目を配ることが出来ていなかったのだろう。
地に落ちる水滴の数を数えながら私はその道を通り家へと向かった。
「おい、どないしてんクソガキ。」
そんな時である。
ギンジと出逢ったのは。
目の前には煙草を噴かしながらこちらを見つめる眉毛の無い山羊鬚で金髪の男が鉄の扉を背に座り込んでいるのである。
私が生まれてすぐに両親は離婚し、父親の存在を知らない私は大人の男性への免疫がなかった。
そんな私の目の前には明らかに関わってはいけない大人の男性が座り込んでいるのである。
私は逃げるよりも何よりも先に思わず大声で泣いてしまった。
「ヴワァァァァァァァァンッ」
我ながら汚い泣き方であった。
「うを!何やねん急に何で泣き出すねん!」
男は狼狽えながら大きな声をあげる。
それが威圧的に感じてしまった私は更に汚い声で泣き叫ぶ。
「おい、ギンジ!何の騒ぎや!?」
その泣き声を聞き付けてか鉄の扉の中からもう一人熊のような体型の男性が出てきた。
男はその状況を見るや否や、
「、、、お前小学生苛めて楽しんか?」
「いや知らんっすよ!このガキが勝手に泣き出したんすよ!」
と言った掛け合いを行っていた。
この不良に熊に泣きじゃくる小学生といったカオスな状況を打破しようと動いたのは意外にも不良であった。
「ちょっと待っとれ。」
ぶっきらぼうにそう言い捨てると男は鉄の扉の中に消えていく。
その間に熊のような男は私に色々と声を掛けてくれていた。
「大丈夫か?」「どこか痛いんか?」「あの男に何かされたんか?」と必要以上に私に声を掛けてくれていた。
時間が立つに連れて泣き疲れたのか、私も少しずつ落ち着きを取り戻す。
寧ろ最初から泣いていた状態を、我慢せずに思いっきり泣いたお陰か少しだけスッキリしている。
そんな時に男が再び鉄の扉から現れた。
一瞬身動ぐもその手にはレジ袋に入れられた大量の御菓子とオレンジジュースの入ったグラスを持っていた。
「ほれ、これでも飲んで落ち着け。」
そう言うと男は私にグラスを差し出す。
私も恐る恐るそのグラスを手に取ろうと近付くも知らない人から貰ってはいけないという暗黙ルールを思い出す。
一瞬後退ると男は私の手を取り優しくグラスを手渡してくれた。
「御菓子もあんで。好きなの食べ。」
そう言って広げられるレジ袋の中にはチョコレートやアメちゃん、その他にもスナック菓子など沢山のものが詰められていた。
心配してくれてるのが伝わったのか、私は手に持っているオレンジジュースを一口飲む。
泣いていたこともあり、この時飲んだオレンジジュースはとても甘かった。
涙も止まりやっと私も周りの大人も冷静になってきた時、
「ギンジ、その御菓子自腹な?」
「いやそれキツイっすよー。」
という大人達の会話が耳に入る。
「んで、何で泣いとったん?」
大人しくジュースを飲む私に金髪の男が向き直ると、恐がらせまいと視線を私と会わせて会話をしてくれていた。
その姿に安堵したのかどうかは定かでないが、私はポツリと呟いていた。
「学校で、悪口言われた。」
「それ誰にや?一人に言われたんか?」
「ううん、みんなに。」
きっとこんな調子で話していてはあまり理解出来なかったと思うが、男達は私の話を一生懸命に聞こうとしてくれていた。
「みんなって何人くらい?」
「5人、くらい。」
「助けてくれる友達はおらんの?」
「女の子はみんな、私と話してくれない。」
きっとここまででこの2人は私の境遇を理解してくれたのだろう。
声色が一段と下がるのがわかった。
「そうかぁ。1人で頑張って耐えててんなぁ。」
熊のような男性が私の頭に手をやるとそのまま頭を優しく撫でてくれた。
金髪の男は「ほれ。」とレジ袋の中身を見せながら私に差し出す。
私はチョコレートを一つ取り一口齧る。
この時独特な苦味を感じたことまでは覚えているが、
少しずつ景色がボヤけていく。
「おいギンジ!それウィスキー入りのやつやぞ!!!」
「え!?うせやん!!おいガキペッてせぇ!!!」
なんて言われたような気がする。
気付けば病院のベッドの上にいた。
幸い大事には至らず、少量だったこともあり1,2時間程で目が覚めた。
どうやら救急車で運ばれた先が偶然母の勤めている病院だったこともあり、全体的に有耶無耶にしてくれたようだ。
目が醒めて最初に目についたのは大の大男2人がこれでもかという程小さく背中と足を丸めて母の前に座り込んでいる姿である。
「「ホンマにすいませんでした!」」
二人の男の声が病室中に響き渡る。
流石の母も人相の悪い大男2人に見事なまでの土下座を目の前にはすればタジタジである。
二人の男は最後まで謝罪の言葉を述べながら、他の看護師に誘導されるように病室を後にする。
嵐が去り一安心したのか母は大きなため息と共に私に視線を落とす。
「気ぃ着いたん?」
母と視線が合う。
軽く頷くと母は優しく頭を撫でてくれた。
そこから家に帰りいつも通り母が一方的に喋り倒す。
その際に色々と聞かれたが、まだ少し浮遊感が残っており何と答えたかはあまり覚えていない。
次の日、私は大事をとって学校を休むことになる。
母は私の心配をしてかシフトを変えてくれたようだ。
よく思い出してみればアルコール心配というより苛めの心配だったのだろうと思う。
リビングですることもなく携帯ゲーム機で遊んでいると玄関のチャイムがなる。
母が応対するために玄関モニターを確認すると変な声が出ていた。
形容し難い何ともいえない声だった。
「あ、あの、どちら様ですか?」
「中山と申します。昨日件で謝罪に上がりました。」
あのとき程困惑した母を私は今も知らない。
「鈴華ちゃん。」と名前を呼ばれて一緒に玄関に向かうと、そこには見覚えのある顔があった。
しかし見た目が大きく変わっているのである。
スキンヘッドにペンで描かれた細眉。
そして印象的だった山羊鬚が全て剃り落とされた昨日の若い男が立っていた。
母が変な声をあげるわけである。
毛があった時はまだ全体的にアンバランスな怖さがあったが、毛がなくなった今全てがシンプルになり整った顔立ちが厳つさに磨きをかけている。
私は母の後ろに隠れるように彼の変わり様を眺めている。
「この度は大変ご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ありませんでした!」
まるで直角を絵に描いた様に腰を曲げ、私と母の前で誠心誠意の謝罪を行う。
「もう、頭を上げてください。娘から話しも聞きましたし。逆にお礼を言いたいのはこちらの方です。」
母は青年の顔を覗き込むようにその場にしゃがむ。
「あの場所にいた娘を気にかけて頂きありがとうございました。貴方が声を掛けて下さったお陰で娘も無事でしたし。」
大人になって分かったが、私が入って行った場所は有名な神待ちスポットらしい。
「まぁ完全に無事って訳ではないですが、、、。」
安堵の表情と病院での出来事で複雑な感情の母がボソリと呟くと乾いた笑い声を出す。
「全ては自分の責任です。」
男は顔を歪めながら顔を上げる。
そして手にぶら下げてあった紙袋を母に差し出す。
「ほんの気持ちの一部ですがお納め下さい。」と定型文を練習してきたかの様な謝罪と共に差し出す。
母がそれを受け取ると男は緊張した面持ち少し安堵したかのように小さく息を吐く。
そして母の陰に隠れていた私に向き直る。
「もう平気なんか?」
男は私と目線を合わせるようにしゃがみこむ。
私は恐る恐る首を縦にふる。
「ごめんなさい。ウチの子男性にあまり耐性が無いもので。」
愛想の無い私を庇うように母が言う。
「それでか、、、。なぁお嬢ちゃん。」
男は私が泣いた理由を理解したかのように納得するとまた私に向き直り声をかける。
「俺と•••いや、私と友達になってくれへん?」
急に男の口調が変わった。
「友達におれへんのなら、私が友達になったるよ。私も友達おらんしな。」
彼はそう言って苦笑いを浮かべる。
そして私に手を差しのべる。
この時、私はとても嬉しかったことを覚えている。
初めてこんな私に友達になって欲しいと声をかけてきてくれたからだ。
恐怖心が無いわけではない。
しかし彼の口調のお陰か今は嬉しさの方が強く勝っていた。
結果的にその場で差し伸べられた手が握られることはなかった。
私は彼のくれたオレンジジュースのお返しにと思い、部屋に戻ると当時好きだった飴を袋の中から一つとって再び彼のところへと戻る。
彼はフラれたかと思い少し残念そうな顔をしながら母と話していた。
そして再び近付く私に気付くと再び彼は私と目線を合わせてくれる。
背丈が一緒になった彼に私は手に持った飴をあげる。
「これ、、、俺にくれるん?」
彼の一人称最後の「俺」がこの時である。
「ありがとう。友情の証やね。」
彼の目頭にうっすら涙が浮かんでいる。
そして私に再び握手を求める。
私はその大きな手を握り、泣きそうな彼の厳つい顔がネクタイのように歪むのが面白くて笑った。
次の日、学校に行くとボス猿達が私を見て目を丸くしていた。
きっと自分達のお陰で私が学校を辞めたとでも思っていたのだろう。
そんな消えた筈の私が再び目の前に現れれば、もう一度同じことの繰り返しになるのである。
汚い言葉で罵られて逃げることも出来ず、反論も出来なかった。
放課後になり、捕まる前にといち早く帰宅しようとすると、それを見つけたら猿達が私を追ってくる。
校門を出た辺りで猿達がすぐ近くに迫る。
「鈴華ちゃーん。」
不意に声をかけられる。
聞き覚えのある声だった。
それは最近出来た友人である。
彼は校門の前に車を停め私が出てくるのを車に寄っ掛かりながら待っていたようだ。
「そんな急いでどこいくのよ?よかったら乗ってく?」
彼はこんな調子で声をかけてきた気がする。
必死に逃げていた私は迷わず彼に近付く。
不思議とその時猿の気配はしなかった。
そして私は彼の車に乗り込むと遅れて彼が乗り込んでくる。
「さ、どこ行くぅ?」なんておどけた調子で彼は車のエンジンを掛けて発車した。
その日はゲーセンへ連れ回される。
楽しくなかった訳ではないが、お小遣いの心配が先に来る。
その後には明日への憂鬱である。
一頻り遊び回るとそのまま家に送り届けてくれた。
「鈴華ちゃん。」
彼は去り際に声をかけてくる。
「明日はきっと良い日になるわよ。」
そう言って彼は私にウィンクしてから車を走らせて消えていった。
私は彼の言葉に懐疑的だったが、次の日本当に良い日になったのだ。
苛めが無くなった。
正確にはあの罵詈雑言が無くなったのである。
無視される程度に落ち着いたのである。
陰口は増え私に聞こえる大きさに言うことはあれど、直接的な攻撃はなくなったのである。
憶測だが、危ない人相をした人間が送り迎えをしている人間を虐める度胸のある猿はいなかったようだ。
それから定期的にこの強制イベントは発生していた。
時に県外まで連れていかれ、帰りが遅くなったこともある。
その度に母に土下座していたギンジの姿があった。
私も彼に定期的に会いに行っていた。
彼の働くバーにいる熊の店長さんもよく遊んでくれていた。
しかしこのある意味異様な光景は中学生3年生の頃に終わりを迎える。
これ以上学校に行きたくないこともあり、義務教育を終えたら働きにでも出ようか考えていたが、ギンジと母がそれを許さなかった。
偏差値の高いところならばこんなことにはならないと言う二人の意見を尊重し、私は自分の学力の少し上のところ目指す。
受験勉強も控え忙しくなりなかなかギンジのバーに遊びには行けなかったが、ギンジからの突撃訪問は続いていた。
しかし以前のように遅くまで連れ回さず、カフェやギンジの勤めるバーによって小1時間程で解散が普通となっていた。
ある時ギンジからメッセージが届いた。
用事がある時は突然現れる彼からしたらとても珍しいことだった。
内容は明日の放課後にバーに来て欲しいと書かれていたが、受験本番が目前の私にそんな時間はない。
しかしいつもと違う彼の行動に一抹の不安を覚え、私は二つ返事で行くことを伝える。
バーに着くと顔面に青アザが出来ている。
喧嘩でもしたのか?とまじまじと顔を見ていると、目も泣き腫らしたようで少し赤みがかっている。
涙の後も消えていない。
「鈴華ちゃん。勉強は順調?」
いや、そんな顔で笑って聞かれても混乱しかない。
「まぁまぁ、かな?それよりどうしたの?ギンちゃん。」
「、、、そうよね。呼び出したことが気になるわよね。ごめんなさい。」
いや、今は顔の方が気になる。
よく周りを見ると熊さんも少し元気がない。
というよりカウンターに座って私と顔を合わせようとしてくれない。
「鈴華ちゃん。」
「なに?」
「私、この街出ていくわ。」
「、、、へ?」
言ってる意味が分かんなかった。
声が出ていたかも分かんなかった。
ただ、その言葉が頭の中を反芻する。
この男の腫らした顔から目が離せない。
その後も話が続いていたが、どうやら熊さんの知り合いがバーを閉めるらしいが、ビルの管理会社との契約で簡単には撤退できないようだ。
そこで新しい店舗を構えて契約期間の間は家賃などの面倒を見てくれるらしい。
ギンジも一人立ちに備えてお金を貯めていたが、今回以上に良い条件もこの街には無かったようである。
「急なことでごめんなさいね。鈴華ちゃんの卒業まではって思ってたんだけど。」
喋りながら、ギンジの声が震えていた。
きっと私を置いて街を出ることで散々悩んでくれていたのであろう。
それが伝わってくると私も目頭が熱くなる。
「ギンちゃん、、、。」
「何よ?」
「ギンちゃッ、、、。」
「ッ!?、、、だから、何よ?」
私は喋りながら泣いていた。
それにギンジは驚いていたようだが、彼は決して笑顔を崩さなかった。
「何時も、私のことで悩んでくれてたよね?」
「、、、そうね。手の掛かる妹のようだったわ。」
「もうすぐ、私、中学校、卒業するんよ。」
「あっは、まだ気が早いわよ。その前に受験でしょ?」
「だからね、今後は、もっと自分のこと、考えて、良いんよ。」
「ッ!?」
私は声を振り絞る。
涙で声がでないし、急なことで何を言えば良いか分からないけど、彼の旅立ちを祝福したい。
一言一言喋る毎に涙が溢れ出る。
もっと言いたいことはある。
今までありがとうとか、良かったねとか、言いたいことは沢山あるが、私から出た言葉が限界であった。
「、、、何よ、もう。もっと淡白かと思ったのに。」
ギンジは先程から掌で顔を見せようとしない。
「こうなるから嫌だったのよ」と言う彼の言葉と共に掌の間から涙が漏れてくる。
「ねぇギンちゃん。」
「、、、何よ?」
「頑張ってね。」
そう言うと彼はその場にしゃがみこみ、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
その声に私も顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き出す。
店内に2人の泣き声とカウンターから肩を震わせた振動でコップの中の氷がガラスを叩く音が響き渡る。
一頻りみんなで泣いて落ち着いた頃、
ギンジの顔について聞いてみた。
何でも最初は何も言わずに出ていこうとしていたようだ。
それを見かねた熊さんがギンジの顔をぶん殴ったらしい。
それで散々説教された挙げ句泣かされたと言っていた。
何ともダサい男である。
熊さんはと言うと私からギンジを奪う手助けをしてしまったようでバツが悪かったらしい。
この男共はガタイこそデカイものの小心者である。
その日は流石に店を開けられないと熊さんがご馳走してくれることになった。
母も呼ぶことになり連絡すると二つ返事で店に来た。
その日はギンジと熊さん、私と母の4人でギンジの送別会を開いた。
母もギンジにお礼を言うと少し泣いていた。
流石にギンジも涙が枯れたかそれ以上泣くことはなかった。
私は泣きつかれたのか大人の会話に入れなかったからか、端の席で熊さんお手製の唐揚げを食べている。
熊さんの料理は本当に美味しい。
バーの店長の前は料理人を目指していたらしい。
「何一人で黄昏ちゃってんのよ。」
頭に手を置かれたと思ったら急に頭をぐしゃぐしゃにされた。
気が付くと母と熊さんは料理の話をしてた。
「ギンちゃん、頑張ってね。」
今彼の目を見るとまた泣きそうになる。
頑張って振り絞った声で何とか彼に声をかける。
「ねぇ鈴華ちゃん。一生の別れって訳じゃないのよ。」
「、、、知っとるよ。」
少し図星を突かれた。
こういう時の彼はにやにやとしていてうざい。
「笑ってよ。鈴華ちゃん。」
「へ?」
「あんたは笑っているときが一番可愛いわよ。」
昔から言われている。
昔はそう言われて嬉しかったが中学生にもなると社交辞令のようにしか聞こえない。
しかし、この時は泣きそうな私を宥めるために言ったのだろう。
その気遣いが更に苛っとしたのか私は少し頬を膨らませながら下を向いた。
それからしばらくしてギンジは大阪に行った。
2つ県を跨ぐだけだが、移動には3,4時間掛かる。
電車で行くのかと思ったが、ギンジは愛車を持っていくと言って聞かない。
あの日の夜のように彼も私も泣くことはなかった。
「また会いに来る。」と言うと彼は拳を突きつける。
彼の拳に拳を合わせて「前もって連絡して。」と忠告する。
吹き出すように彼が笑うと、私も連れて笑ってしまう。
その笑顔を見ると安心したように彼は出発した。
ある意味感動的な別れではあるが、この別れは1週間後に再開する。
その日は私の受験日であった。
私の学力の少し上のところである。
流石に緊張もあってか朝から吐き気がとならない。
重い脚を引き摺るように歩いてると校門前に見覚えのある車を見付ける。
ギンジだった。
あれ程まで感動的な別れだと言うのにこの男は。。。
「あ、鈴華ちゃーん。」
私を見付けると彼は小さく手を振る。
「、、、何してん?」
流石に呆れ返っていると、いつもの調子で笑って答える。
「私の初陣を祝ってくれたからね、お返しよ。」
そう言うと彼はまた私に拳を突きつける。
「頑張ってね。」
私は少し照れ臭かったが、彼の拳に拳を合わせて笑って見せた。
その後は無事に高校に受かり、卒業式も入学式もギンジは母と参列していた。
周りの親御さんと違いまるで闇組織の構成員のような風貌に私は笑いを我慢する事に必死だった。
これがギンジと言う男だ。
無責任だが、最高の友人である。
変な目で見られることもある。
しかし、彼は友人であり、家族である。
母の次に慕い、敬い、時に反発し、喧嘩する。
それがギンジと言う私の大切な存在なのである。
現在に戻り―――…。
鈴華が帰った席には煙草の吸い殻と彼女の残り香が漂う。
小さい頃から知っている妹のような存在で友人。
私の影響を受けやすく、暫く禁煙していた時期もあるが、大阪で再びあった時煙草を吸う彼女に落胆したものだった。
私の数年の禁煙は彼女のセブンスターの吸い殻と共に棄てられた。
「テンチョおはよざまーす!」
そんなノスタルジーな気分も打ち砕くように元気にバイトの女の子が入ってくる。
少し小さくため息を吐くと彼女は何でやねんと言うばかりに喚き散らす。
「ん?鈴華ちゃん来てたんすか?」
「さっきまでね。」
「えーーー私も会いたかったっすぅ!」
オレンジジュースの残りと煙草の吸い殻と彼女の残り香で判別したのだろう。
犬みたいな子だわ。
丸顔の彼女が頬を膨らませると雪だるまのようである。
彼女を宥めるように彼女の頭を撫でるとブツブツと文句を言いながらスタッフルームに着替えに入る。
「ちょっとテンチョ~デスクまたぐちゃぐちゃじゃないっすか!」
それは2,3日前に彼女が片付けくれたデスクが領収書や日報で散乱していた。
「あら、変ねぇ。」
「変ねぇ、じゃないっすよ!全く。片付ける方の身にもなって欲しいっす。」
そう言うとまたブツブツ言いながら着替えを済ませるとデスクを片付けてくれる。
この子のこういう所が好きである。
「あ、テンチョ、またこの飴買ったんすか?」
彼女がデスクに置いてあった飴の袋を私に突きつける。
「それねぇ。なんか辞められないのよねぇ。」
「私も子供の時好きでしたけど、流石に大人になってまで買わないっすね。」
それは子供受けを狙った安いパッケージに複数の飴の味が入った成人男性が買うには少し子供っぽすぎるもの。
しかし、それが、
「友情の証なのよ。」




