母の仕事は看護師です。
ー彼の言葉が妙に頭に残る。
「誰かを笑わせてみる」
確かに試してみる価値はあるかもしれない。
しかしどうやって?
自分が笑えないのに他人を笑わすことが出来るのか?
正直漠然としすぎている内容を考えても答えなど出る筈がない。
しかし日本に帰ってきた私には学校を辞めて時間しかない。
所謂ニートである。
将来の不安がない訳ではない。
進学は既に諦めているが働こうにも笑えない。
笑えないと出来る職種が絞られる。
それでいて高校中退だ。
笑うなんて簡単なことさえ出来れば広がる未来に思いを馳せることでこの無限にも思える時間を消費するしかやることがない。
漠然とした不安との戦いで既に疲弊しきっている心を休めるために、おもむろにテレビを着けて見る。
関西漫才大賞の再放送を行っていた。
関西系のテレビ番組でお笑いの番組はよくやってる。
しかし今の私にお笑いの番組と昼のニュースとの違いが分からない。
、、、しかし、番組上には笑い声が溢れていた。
最近聞いたことの無い黄色い声が、そこでは溢れ返っていた。
何より、舞台に立っている2人がとても楽しそうだ。
『続いては、モノクロームの2人です!』
テレビから女性の声が響く。
『白黒:どーも~。』
『白:いやぁ最近太ってきちゃってさ。』
『黒:そぉ?あんま変わらんと思うけど。』
『白:運動したくても日焼けしたないしなぁ。』
『黒:まぁ健康的には日焼けはしゃーないと思うけど。』
『白:ジム行くにも最近可愛い服見つけちゃってさぁ。』
『黒:ってさっきからJkみたいなこと言ってるーーーーッッ!』
、、、くっそつまんねぇ。。。
しかし私の反応とは別で、会場では大きな笑いが起きていた。
『どっ!わっははははっ!』
『あっはははははは!』
分からない。
自分が笑えないからか、それともそもそも自分の感性が世間と違ってるのか。
「、、、ムカつくわぁ。」
気が付けば、独り言を呟いていた。
その言葉が私の中で反芻する。
むかつく?何で?
苛立っている自分が無性に滑稽だった。
苛立っている意味も分からない。
なのに返ってくる訳のない言葉を投げ掛ける自分が最高に惨めである。
「誰かを笑わせてみたら?」
誰かに話しかけられた気がする。
しかし辺りを見回しても自分の家に不審な人物がいる筈もなく。
「、、、これかも知れない。」
その声が自分の心の声だと気が付くように私はまた返ってくることの無い言葉をテレビに投げかける。
その夜。
「ただいまぁ。」
母が仕事から帰ってくる。
「あれ?鈴華帰ってん?」
「お帰りお母さん。」
最近海外を飛び回ってる私は久々に母に会う。
正確には3日前に帰宅していたが、母の仕事の都合上すれ違いになり今日まで会えなかったのだ。
しかし同じ屋根の下で寝ているにも関わらず、娘が帰ってるか確認もしないこの人のおおらかさにはいつも驚かされる。
「ギンちゃんとの旅行どうやった?お母さんも行きたかったわぁ。」
正直半ば拉致されるように旅行へ連れてかれたため、母に連絡したのが関西空港に着いてからだった。
前もって決まってたら母とも一緒に行けたのだが、いつも無責任な彼はこっちの都合などお構いなしである。
一生懸命働く母を置いて旅行に出たことに少しの罪悪感は拭えなかった。
「ん、どうしたん?お腹すいた?」
「、、、ゴメン。」
何も言えないでいると母は私の心配をしてくれる。
募る罪悪感に思わず謝罪の声が漏れる。
「何が?学校辞めたこと?まぁ長い人生色々あるわよ。」
筋違いな話しに思わず困り顔の眉が更に下がる。
「え?違う?じゃぁ旅行のこと?冗談やん!そんなの気にしないの。」
我が家あるあるではあるが、基本的に母が一方的に喋り倒す。
この久々なやり取りが少し懐かしく感じている。
「ギンちゃんに次は私も連れてけって言うといて。」
「言っとく。」
「ご飯食べた?まだならめんどくさいから食べにでも行くー?」
仕事に疲れている様子を見せながらも母は私の心配をしてか冷蔵庫を漁り出す。そんな変わらぬ調子の母に圧されながらも私は纏まりきってない考えを母に伝える。
「お母さん、話しがある。」
「ん?どうしたん?」
冷蔵庫の中身を確認しながら母が答える。
「私、漫才師になろうと思う。」
「、、、へ?」
時が止まった。
母のこんなすっとんきょうな声初めて聞いた。
流石の母も驚きが隠せないのか手には山葵のチューブが握られている。
「誰かを笑わせられるようになることが、今の私に、必要な気がする。」
纏まって無い考えを何とか言葉にしようと絞り出す。
相変わらず母は山葵のチューブを握られている。
思考をしているのかそんな無謀な計画に飽きられているのか、分からないが母の時間が止まっていることだけは時計の針の音で分かる。
「どう、思う?」
痺れを切らした私から話しかける。
「吃驚してる。」
「それは見れば分かる。」
「鈴華、お笑いとか好きやっけ?」
「あんまり、かな?」
「せやんね!?」
過去一番の大きな母の声。
「なのに何でいきなり漫才師!?」
「やっぱり、無理、かな?」
母の反応に俯くしか反応を取ることが出来なかった。
「いやいやいやいや、否定してるんちゃうよ?驚いてるだけで。」
少し想像していた言葉と違う言葉にこちらも困惑する。
「取り敢えずお腹空いたから宅配でも頼もか。」
落ち着こうとする母が宅配のチラシを探し始める。
ピザを頼むようだ。
そしてその左手には未だに山葵がある。




