知らんけど。
高校最後の年。
私はほとんど日本にいなかった。
友人に世界各地連れ回されていたからだ。
正確には拉致に近い。
元々学校を辞めるつもりでいたため、家にいるよりは幾分かマシではあるが、母の料理が食べられないことだけが不満であった。
そんなこと気にも止めずに友人は楽しんでいるようだ。
私も楽しくない訳ではない。
楽しみ方を忘れてしまっただけなのだろう。
どんなに綺麗な光景を目にしても、
どんなに美味しいものを食べても、
表情筋が動くことがなかった。
幼少の時からテレビで見て憧れていたボリビアのウユニ塩湖を見ても笑うことが出来なかった。
「鈴華ちゃん、ちゃんと楽しめてる?」
隣の友人が心配そうに顔を覗き込む。
それもそうだ。
私が行きたいと行って連れてきてくれたのに、
表情筋がピクリともしないのである。
この整い過ぎた顔立ちも相まって端から見れば不機嫌そうにも見えるだろう。
「楽しいで。感動で言葉も出んかった。」
せっかく連れてきてくれた友人に心配かけまいと今出来る精一杯の笑顔を見せてみても、この友人にはすぐに見透かされる。
「無理して笑うなっていつも言うてるでしょ?」
「、、、ギンちゃんには敵わんな。」
行き場の失った作り笑いがまだ顔から取れないようだ。
きっと苦笑いとはこの事である。
「けど感動してるのはホンマやで。ずっと見てみたかった光景やもん。」
その異様な光景、日常で見ることが出来ない素晴らしい光景に心を奪われているのは事実である。
ただ笑顔になることが出来ないのである。
「鈴華ちゃんには笑顔が一番似合うわよ。」
「それ小学校の時から言うてるけど。」
「事実だからよ。」
そう言うと彼は赤子をあやすように私の髪をくしゃくしゃにして頭を撫でてくれた。
「今のあなたは自分の世界しか見れてないの。だから笑おうと必死になって笑えないのよ。、、、知らんけど。」
無責任な男である。
人の心情に土足で上がったかと思えば責任が問われそうな内容には「知らんけど」を着ければ何とかなると思ってやがる。
大阪人の良くないところだ。
「いっそ笑えないなら、誰かを笑わせてみたら?」
「自分が笑えないのに?」
「誰かを笑わせるには、自分が笑わないといけないの。自分が笑えない理由が分からないなら、他人がどうやったら笑うか考えたら自然と笑い方を思い出すんじゃない?」
そして無責任な彼はこう締めるのである。
「知らんけど。」




