店内での撮影はご遠慮ください。
観客2人だけの舞台は結果的に言えば大爆笑だった。
漫才中の撮影をしようとするギンジを制しするのは少し面倒だったが最後は折れてくれた。
どうせ母に送るつもりだったのだろう。
お酒の入ってる優花さんは私達の声より大きな笑い声を上げていた。
ギンジも涙が出る程笑っていたようだ。
「生で漫才見たっすけどめっちゃ面白いっすね!」
「私も目の前で見たのは初めてだけど臨場感あっていいわねぇ。いっそのことこのバー、ステージバーに変えようかしら。」
まだ笑いの余韻が残ってる中でギンジが徐に呟く。
「やっぱり鈴華ちゃんには笑顔が一番似合うわ。」
隣で優花さんがアンコールと騒いでいても、その声だけは私の耳に届いた。
私は今笑っている。
きっとこの場にギンジがいることで、漫才中楽しんでいることを実感させているのだろう。
「、、、お腹空いた。」
思えば彼の前で笑顔を見せたのは久しぶりだった。
なんだか歯痒い思いを浮かべたまま私はぶっきらぼうに呟くと、もといたカウンター席へと戻る。
ギンジはその声を聞いてハイハイ。と子供をあやすように調理を始める。
柊花乃はというと少しバツが悪そうに私の後に続く。
漫才中以外でも騒がしい彼女が珍しく大人しい。
何が言いたいかは大体分かるが。
「、、、何回噛むねん。」
「ッッ!?」
彼女は驚きながらも「ご、ごめん。」と小さく謝罪する。
その後も私の顔色をチラチラと伺っていた。
とはいえ気持ちは分からなくない。
こんなステージも用意されていないバーの片隅でいきなり漫才をするのだ。
さらには私の知り合いの前という普通ではない状況に、私も何ヵ所か危うかった。
カウンター席に乱雑に投げた煙草のケースを取り、一本取り出し火を着けると柊花乃が急に喋り出す。
「あ、あのー、鈴華さん?」
「何?」と言う表情を見せながら私は柊花乃に向き直る。
「私のこと、殺さへんやんね?」
その言葉に私は思わず煙を吹き出してしまう。
感情が昂っていたこともあり、私は声を出して笑っていた。
口に残っていた煙が気管に入ってしまい咳き込む。
この時の煙草程不味いものはない。
「な、何よ急に!?なんで笑うん?」
彼女はその嗚咽混じりの笑いにどうすれば良いのか分からず少し取り乱しているようだ。
「、、、貸しにしといたるわ。」
と咳きと笑いで出た涙を拭いながら柊花乃に言う。
「な、なんよそれー!!自分かてネタ飛ばしかけたくせに!」
「かけてるだけやもん。飛ばしてへんし。噛んでもいません。」
「こいつごっつ腹立つやん!ホンマ淀川沈めたろか!」
「ええね。阪神優勝祈願で。淀川のドザエモン呼ばれそうやわ。」
「コイツ不謹慎が止まらんねんけど!」
「秘密道具はパイン飴やな。」
「阪神ファンに謝れホンマ!」
「二人とも本当に最近出逢ったんすか?」
優花さんがオレンジジュースとコーラのグラスを差し出しながら問う。
正直言われている意味が分かんなかった。
最近出逢ったと伝えたはずなのに。
その疑問は次の柊花乃の言葉で理解した。
「いやぁホンマ昔からのツレか言うくらいボケてくるんすよこいつ。」
思い返せば確かに私は彼女の前だと饒舌である。
ギンジの前でもここまでボケ倒すことはないだろう。
それはきっと初めて見た彼女のネタ帳が原因ではないだろうか。
あのネタ帳を見たときから、彼女が言いたいこと、言ってほしい事が分かる気がするのである。
もちろん思い込みである。
しかしなぜかそれが事ある毎に当たるのである。
それは逆も然りで私のネタ帳を見た彼女は私が欲しい言葉を何時もくれる。
これが相方なのかと私は少し感動を覚える。
「けどその癖鈴華はラインとかやと『うん。』か『ううん。』しか言わないんすよ!漫才と関係ない話すると殆ど喋らんくなるし。」
「ほっとけや。」
それを聞いてギンジも料理をしながら「分かる~!」と騒いでる。
興奮も途切れてきた状態でこんな話をされると言葉がまた詰まってくる。
早く本題に戻そう。
「それより、ネタ、書くんちゃうん?」
「あ、せやったせやった。」
柊花乃は忘れていたとばかりにノートを取り出す。
そして私達はそのままノートに追記していき、あーでもないこーでもないと話し出すのである。
その時折り話が脱線し優花さんが爆笑してる。
ギンジはウザい笑みを浮かべながらこちらを時々みていた。
その度に「いつ結婚するの?」と問えば隣で盛大に飲み物を吹き出す存在の世話で気を散らせながら柊花乃とネタ作りを進めた。
こういう時のギンジは本当に腹が立つ。
何か祝い事がある度に私の好物を作るのだ。
目の前に置かれたハンバーグとネタを作りながらでもと気を遣って大量のポテトフライを出した彼にお礼をしながらネタ作りを進める。
そんな調子でネタ作りを進めていると、ギンジと優花さんは試作カクテルのアルコールのせいで眠っていた。
元から出来ていたネタら初めてネタを作った爽快感のようなものは特に無かった。
自分の言いたいことをセーブしているのである。
しかし柊花乃と一緒に作ったネタだ。
お互いが譲歩しあって出来たネタ、遠慮しあって出来たネタ。
満足言っているかと言えば不満だらけではある。
それでもお互いのセーフラインギリギリと言った出来映えである。
柊花乃も不満気ではあるが、「こんなもんやろ。」と少し諦めたような声を漏らす。
何はともあれネタ事態が出来たことに安堵しながらポテトを口に入れた。
その時自分達がいかに集中していたかを悟る。
既に時刻は朝日が拝める時間だった。
ギンジが揚げてくれていた冷めきったポテトを口に入れた瞬間、眠気と疲労感が一気に押し寄せてきた。
冷えたポテトと言うのは、人を夢から醒ます程不味いのである。




