手記本文・前半
この手記は、魔の森の生態調査員である辺境都市アルドリアのイアンという男が書いたものだ。
私たち学術研究員は、以下の内容を限界の状況下で見た夢物語のようなものと結論付けた。
――15日目――
この森は異常だらけだ。
残されたのは、私自身と5日分の食料。
実証実験中の魔物除けの効果はとてもすごい。
身の危険を感じないことだけが幸いだ。
(外はもう春だったろ?なんでまだ雪が残ってやがんだ)
――18日目――
今日の森もやっぱりおかしい。
暖かい光と花の匂いで目が覚めた。
見渡す限り、すべての植物の花が咲いていた。
昨日まで雪が残っていたというのに。
(おかげで食料が調達できた――いきのびた)
――30日目――
冬の間襲ってきていた魔物たちはどこへ行ったんだ?
これじゃただの恵み豊かなただの森だ。
街へ戻る道はまだ見つからない。
(ありがたいが、俺が調査に来た意味なくないか?)
〈研究員注:以降、全体的に走り書き〉
――50日目――
私はリスの集団に囲まれた。空には蜂もいた。
ありえない。本能が「勝てない」「逃げろ」って叫び続けてた。
この森で初めて死を覚悟した相手がリスと蜂だ。
しばらくにらみ合ってると、キュイキュイと鳴く声をきっかけに一斉に去っていった。
アルドリアの周りじゃ見ない種だった。
この森独自の動物かもしれない。調査対象だ。
リスと蜂。今のは驚いただけ。追いかけて、調査することにする。
――この場所を形容する語彙を私は持たない。
大樹が視界を覆う。輝く泉は虹を閉じこめているかのよう。
草原と大樹と泉しかない。
森はここで終わったのか?
(静かすぎて気持ち悪い。夢か幻か――俺はおかしくなってねぇよな?)
〈研究員注:筆跡がひどく乱れ単語以外の判読不能。抜粋し補完〉
ちくしょう!
虹色に光ってやがる!夜だぞ!?
水の色がわかるなんて、ありえない!!!
〈中略〉
あんなでかい光蟲なんかいるわけねえだろ!!
〈補完ここまで〉
――51日目――
あまりにも不気味な場所だ。昨晩のアレは夢か?
――美しさに恐怖を覚える。
しかし、大発見だ。
魔の森の秘密に触れたかもしれない。
この森には果物が豊富になっている。味は極上。季節感は無視。
適性生物の気配なし。魔物除けの効果もあるのだろう。
泉はやはり虹色に輝いている。比喩じゃなく光っている。
魔の森がなせる不思議な現象なのだろう。
遠くにリスと蜂の姿を見た。こちらを気にしている様子。
泉のそばを起点に調査を続行する。
(――だれが信じるんだ、光る水なんて。帰りてぇ)
――52日目――
・泉の水:魔力含有量99999。測定上限を表示。
・食料:栗を発見。普通は秋だったよな?
・リス:大樹を拠点に往復。そばに必ず蜂。食料調達?
・鹿:群れを発見。ケガ個体が泉の水を飲む。ケガが回復していた。
調査結果に私感を交えるのは良くないとわかっているが、あえて書いておく。
――今日はありえないことしか起きていない。
(アレを飲んで確かめる勇気はない――触りたくもない)
〈研究員注:この後、調査内容が続く。主なものを抜粋〉
――53~88日目――
〈研究員注:魔を払う 聖域 回復 虹 光蟲 青 などの走り書き多数〉
・泉:光る日は必ず光蟲(暫定)が飛んでいる。
・生物:森の境から出てくるのはケガ個体のみ。
・植生:触手型・待ち伏せ型の植物系魔物を確認。
・魔物:泉から離れた場所で発見・討伐。
――89日目――
夏が来た。春と同じだ。きっかけは光蟲。
泉の上をゆっくり飛んでいる姿を観察していたが、突然虹の渦が発生。
たちまちのうちに大樹を飲み込むと、すべての葉が青く変色。
天に上った渦がほどけるように広がり雨が降り始めた。
テントから出ることもためらうような大雨は5日間続く。
雨が終わり外に出ると夏になっていた。
植生も変わり、より緑が濃くなったように見える。
(――何もかもがあり得ない!俺は俺を疑っている)
――91日目――
油断した。いないはずのツノネズミがいた。
魔物除けが壊れたのか?
爪の攻撃を受けたが無事撃退。
傷薬にて処置。
ツノネズミは毒持ちだった、左腕の腫れと変色がひろがる。
俺は死ぬのか?
死にたくない。痛い。熱い。いやだ。痛い。ちくしょう。こわい。
あぁ、死ぬのか。どうせ死ぬんだな
じゃあ、飲もう。
もういやだ、こわいんだたすけてくれ
〈研究員注:これ以降大きく文字が震え、文が乱れる。判読不能もかなり多く、単語をつなげ、研究員で補完し文章の形をとっている〉
治った!何もかも治ったぞ!
俺の体のどこにもいたいところが存在しない!
なんで夜が来ないんだ?眠くもならない!
すごい!!
――102日目――
たぶん102日目〈原文にはこう書かれていた〉
夜が来ないから曖昧、原因不明。
しかし調査は捗る。記録も忘れて調査してしまった。
泉の水はすごい。今の俺は全盛期の俺すらも越えているのでは?
泉が美しい。泉が輝いている日は、テントから出て泉を見ている。
リスが優しい。最近果物をわけてくれる。
ツノネズミがいた。今の俺に油断はない。返り討ちにしてやった。
泉の水をもって街に帰らなければ。