怪しい催し、運命の逃亡
再びリズ視点に戻ります。
ミルに連絡をしてからかなりの時間が経った頃
宿屋で一睡しチェックアウトを促されるまで宿屋に居た私は一人住宅街と祭典会場の間をさまよっていた。
魔界の空は朝も夜も対して色が変わらない。ただ月のような物の位置が変わるだけみたいだ。
スマホを確認すると時刻は午後十八時を指していた。
(どうしよう。少し前にミルから手がかりになりそうな物が届いたって連絡がきたけど。私に出来ることはただ怪しまれないようにすることだけだよね)
身を隠したくても宿屋に泊まれるのは一泊だけのようだった。昨日行った店も鍵がかかっていて開かなかった。
「そこのお嬢さん。祭典会場に行かないの?」
突然後ろから話しかけられ驚いて振り返る。背後にはいつのまにか魔女帽子をかぶり紫のワンピースを着た老魔女がいた。
「えっあ、いや、何も欲しいものがないからただ近くを通っただけです」
自分でも言ってる言葉がおかしいことに気づいたが焦ってうまく喋れない。
「あらそうなの? じゃあ私の催しに来てくれない? 入場料はただよ」
穏やかに話す老魔女から花のいい香りがする。優し気なその雰囲気に老魔女を信用したくなる。
「とりあえず、物は試しよ会場まで案内するわ」
老魔女に手を取られ私は何も言わずついていった。
老魔女に案内された場所は祭典会場からさほど離れてない場所だった。ちらほらと住宅が並んでいるがその中でも小さなサーカステントがひと際目立っていた。
「さあここよ。他の魔女たちもいるから、楽しんでいってね!」
老魔女は明るく告げるとテントの裏へ去っていった。
(とりあえず、後ろのほうで見とくか……)
ひとまず私は入口の近くで様子を見ることにした。中に入るとそこには大勢の魔女と悪魔がいた。ざっと五十人以上は居そうだ。
ふと私は目の前に見覚えのある二人組がいることに気づいた。ルリシムとテルスだ。でも話しかけるつもりはないので何もしないでいるとテルスがこちらを向いた。
「おっリズじゃん」
一瞬後ずさりしたが時すでに遅し。振り返ったルリシムにぱっと腕を掴まれる。
「あら~リズもここに呼ばれたの? そんな後ろじゃ見えないわよ~こっちに来て一緒に見ましょ~」
「あ、うん……」
されるがまま私は二人の傍に立った。すると照明が暗くなり軽快な音楽が鳴り始めた。
「ほら、始まりそうよ~」
ステージの照明が端から順につき最後に中央の照明が紫色に光る。すると紫の花が辺りに舞いさっきの老魔女が現れた。
「皆さん。今日はお集まりいただきありがとうございます」
さっきとは違うより魔女らしい格好の老魔女がマイクで喋る。
「今日この催しを開いた理由は二つ。一つは皆に楽しんで欲しいから。二つ目は、私の店の商品がぜーんぶ売れちゃったから!!」
「わーー!!」
「おめでとうー!!」
老魔女の言葉に突然皆が盛り上がり私は困惑する。けれども周りの魔女たちはそんな私の様子など気にならないようだ。
(もしかして、こっそり抜けられたりする?)
ルリシムの手は私の腕から離れている。私はそっと一歩後ずさった。
「それじゃあまずは第一の演目!」
老魔女の声が響き渡った次の瞬間、私の後ろの床が下に移動した。
「えっわわっ」
バランスを崩し床と一緒に下に連れていかれそうになる。けれどもさっとテルスが手を引っ張ってくれた。
「あぶねー。だからもっと前に居なって言ったのに」
「でもそのおかげで最前列で見れそうよ~」
いつの間にか下からステージが上がってきており私の背後にあった出入口も真逆の方向に移動していた。
「第一の演目は人間界でもやってるマジック! でもそこらのマジックよりはうまくできるように頑張って練習したのよ。皆楽しんでいってねー!」
老魔女がウインクするとその瞬間辺りが紫の花吹雪で覆われた。おもわず目を閉じる。すると老魔女の衣装がマジシャン風のワンピースに変わっていた。
間髪いれず老魔女のつけているアクセサリーが眩しく光る。気づけば体についていたさっきの花びらがトランプに変わっていた。
「では皆さん。近くにあるトランプを手に取ってくださーい」
私は自分の肩についていたトランプを手に取る。柄はハートのクイーンだ。
「そのトランプに息を吹きかけるとあら不思議。トランプが動き出します!」
老魔女がジョーカーのトランプに息を吹きかけると中から道化師が出てきて老魔女に一礼した。
「さあ、皆さんもやってみてください」
言われた通りトランプに息を吹きかける。でも何も起こらない。不思議に思いもう一度吹きかける。それでも何も起きなかった。
私以外の人たちは皆うまくいってて動き出したトランプと交流している。自分一人だけ出来ていない状況に私は焦った。
「あらお嬢さん。うまくいかないの?」
老魔女が私に気づきステージの上から私の持つトランプを取る。
「ごめんなさいね多分不良品だわ。お詫びにあとであなたには私の演目に協力してもらうわ」
「あっはい……」
老魔女は微笑んだが私にはその笑みは意地悪気に見えた。
その後動き出したトランプを使って老魔女は様々なマジックを披露していたがトランプを持っていない私はどこか浮いているように感じる。
少し不安を感じたものの私は静かに演目が終わるのを待った。
「じゃあ次の演目の準備をするから少しだけ待っててくださーい」
だいたい十数分が経った頃老魔女はそう言って姿を消した。
一瞬後、目の前のステージが下がり始めやがて普通の地面に戻った。
そして小屋の真ん中くらいにいた人々が端へよけ始め真ん中に小さな丸いステージが現れた。
「はーい。それではここで第二の演目&サプラ~イズ!」
突然花吹雪と共にステージの上に老魔女がふわりと現れた。
「なんと、私はまだ隠し玉の商品を持ってます! 今からそれを皆さんにプレゼントしようと思いまーす」
「えーなんだろう」
「隠し玉かー!」
老魔女の言葉にまた会場が盛り上がり始めた。
「それはね……」
老魔女はそこで言葉を止め会場が静かになるのを待った。
「聞いて驚け! なんと今ここに、人間の女性が紛れ込んでいます!」
(なっ……!?)
予想外の言葉に私は息を飲む。
「私は今日のためにこの魔法道具探知機を使って魔法道具を持ってる人間を探し出しました。そしてその人間と近くに住んでる人間に魔界への招待状を送ったのです! そして見事一人の女性がここに来てくれましたー!」
老魔女の意気揚々とした発言に周りからは賞賛の声があがる。
(まずい、逃げないと。でも今離れたら私だってばれる……)
ステージの配置が変わった影響で今の私は出口には近い。
けれども手足の震えとばれたらまずいという思いから思い切って走り出すことが出来ない。
周りの魔女や悪魔は皆辺りを見回している。目立てば全員を敵に回す。
「えー誰だろう。リズなんかそういう能力持ってない?」
「私たち人を見る目ないから~あはは」
ルリシムとテルスが何か話しかけてくるけどそれすら恐ろしい。平静を装いたいのに全く出来ない。
「ルールはただ一つ。その人間を見つけて捕らえること。そうすれば煮るなり売るなり好きにしてくれて構わないわ!」
さらに老魔女が恐ろしいルールを発表したその時、誰かが入口からこちらの様子を伺っているのに気づく。
「その女性の特徴はー」
突然腕を捕まれ引っ張られる。
「茶髪で白いアクセサリーをつけてます!」
私を引っ張ったのがミルだと気づいた時、私は既に走り出していた。
「ミ、ミル!?」
「いいから、何も考えないで走るの!!」
「う、うん」
ミルに手を引かれながら私は全力で走った。サーカス小屋のざわめきがどんどん遠くなっていく。
家と家の間を抜け何度も曲道を曲がり複雑に進んでいく。サーカス小屋からどのくらい離れたのかは分からない。それでも体力の続く限り走る。
突然、右手の小指に痛みが走った。
(痛っ……なに?)
気にせず走り続けるが痛みはどんどん広がっていく。手へ腕へ。右半身にまで痛みが広がる。あまりの痛みに私は崩れ落ちた。
「リズ!? どうしたの?」
「突然、右手が痛くなって……痛みが広がっていく……」
ミルが私の右手を見て眉をひそめる。
「リズ、このタトゥー元からあったっけ」
「あ……」
それは道案内を頼んだ時テルスにつけられたタトゥーだった。思わぬ足止めに私は焦る。早く立ち上がりたいのに痛みは強くなるばかりで体がいうことを聞かない。
『早くこの場から離れて』
(……!?)
耳元でどこかで聞いたような声が聞こえた。すると徐々に体中の痛みが弱くなっていった。やがて痛みは完全に消える。
「……? もう痛くない」
「ホント? じゃあ早く行こう。まだあんまり離れた気がしないから」
不思議に思いながらも私たちはふたたび走り出す。ふと見た右手にタトゥーは存在しなかった。
「見つけたわよ」
安心したのも束の間、目の前にあの老魔女が降り立った。
無言で私たちは踵を返し反対側へ走り出す。すると背後からたくさんの魔女たちの声が聞こえてきた。
目の前には老魔女。他の追っ手もすぐそばまで来ている。
「さあ、誰が一番始めにここにたどり着くかしら~!」
嘲笑う老魔女を前に私は必死で頭を回転させる。
諦めたくない。何か解決する手立てはないか。
「あっ見つけた」
上から声がしたとき、私たちは無意識に互いの手を握った。
するとその時。
「何……!?」
溢れんばかりの眩しい光が私たちの手元から発された。
驚いて手を握りあったまま手を顔の前まで持ってくる。眩しい光の中見えたのは魔界の店でもらった赤い宝石のついた指輪だ。よく見るとミルの手にも同じものがついている。
「その指輪、まさか!!」
老魔女の声が聞こえたとき、私たちは謎の浮遊感に襲われ意識を失った。
読んでくださりありがとうございます。次でこの話は完結します。