第3話
思わずイグナは魔術式を描く手を止めた。思考を整理してから彼は再び手を動かす。
「――貴族様だったのか」
「といっても畏まる必要はないわ。ウチは辺境で貧乏だし。だから我が家で経営している乗り合い輸送車に乗っていたのよ」
(……だからお嬢様だし、事業仕分けについても知っていたのか)
なるほど、と理解する。書き続けるイグナの後ろで、彼女は言葉を続けた。
「ミスティア伯爵のところに足を運んでいたのは、都市運営のノウハウを学ぶため――だったんだけど、無駄足だったわね。必要な人材を切って、何が業績向上よ」
「それは本当にお疲れ様だ」
イグナは苦笑をこぼしながら指先で魔術式に魔力を流す。インクは魔力を流せば素材に固着される仕組みだ。きちんと修復されたことを確認してから振り返る。
「運転手さん、予備の炉心壁をいただけますか」
「あ、ああ……もう書き終わったのか?」
「ええ、あとはこちらの内側に吹っ飛んだ部分を書き足すだけなので」
「設計図は必要か?」
「あるのでしたら、念のため拝見させていただいても」
「ほれ、これだ」
すでに用意していたのだろう、運転手は炉心壁の予備と共に折りたたんだメモを渡してくれる。イグナはそれを広げて目を通す。
(……うん、予想通りだ)
メモを置くと炉心壁の予備を手に取り、ペンを持ち直す。ラヴィリエはインク瓶を差し出しながら首を傾げる。
「メモを広げておく?」
「いや、大丈夫。予想通りだったから」
「え、予想できていたの?」
「ああ、これはメルカバ製の魔導車の魔力炉心は特徴的だからな」
ペン先をインク瓶に入れ、インクを補給。炉心壁をひっくり返して、内側に魔術式を細かく書いていく。それを見て後ろから二人の女性の感嘆が響いた。
「下書きなしで、よく――」
「すごく緻密で綺麗です」
(……とても分かるぞ)
内心で同意する。メルカバ製の魔導車に使用されている魔術式はどれもとても綺麗だ。少ないロスで魔力を引き出し、動力へと変換している。参考になる部分も多いので、魔術学院時代はメルカバ製の魔力炉心をよく分解していた。
だからこそ、ほとんど見ずに書くことができるのだが。
メモを途中で二度だけ見直し、漏れやミスがないかを確認しつつ書いていく。最後にメモと書き上げた炉心壁を照らし合わせ、最終確認してから完成させると、ラヴィリエに軽く手を振った。
「インクに蓋をして構わない。作業は終わりだ」
「あら、もう? そんなに時間が経っていないけど」
「魔術式を書き直しただけだから、手間もかからないよ。あくまで応急処置だから、都市についたらきちんとした整備を行わないといけないだろうけど」
そう言いながらロゼリカにペンを持ってもらい、完成した炉心壁を元通りに直す。ラヴィリエから留め具を受け取ると、工具でしっかりと固定してからここも最終確認。冷却装置に繋がる魔力の導線も簡単だが応急処置してある。
(これなら都市まではきっちり動くはずだ)
バッグの中から手拭いを取り出し、手のインクをふき取りながらイグナは運転手に視線を向ける。
「ひとまずはこれで動くはずです。試して下さい」
「わ、分かった。やってみるぜ」
運転手が運転席に慌ただしく戻る。イグナが工具を片付けていると、小気味いい音が車から響いてきた。魔力の循環が始まった音だ。
「お、ちゃんと動いてやがる――おっさん、すげぇな、ささっと直しやがった」
「いえいえ、手際よくできたのはお二人が手伝ってくれたおかげですよ」
苦笑しながらバッグを閉じて持ち上げようとする。と、その前にロゼリカが手を伸ばしてそのバッグを持ち上げた。
「お持ちします。イグナさん」
「あ……ありがとうございます」
「いえ、それはこちらの台詞です。ここで立ち往生していたら、魔獣に襲われる可能性もありましたから。いち早い修理に感謝します」
「うん、本当に鮮やかな手腕だったわ――ここに来たのは無駄足ではなかったわね」
ラヴィリエは目を細めると、楽しそうな口調で言葉を続けた。
「貴方という人材に出会ったことが、最大の収穫だわ」




