第1話
がたん、と身体が大きく揺さぶられた衝撃でイグナは目を覚ました。
座って寝ていたせいで、身体が強張っている。伸びをして身体をほぐしながら辺りを見渡す。荷台の中に簡易な椅子を並んだ車内を見て、ああ、と思い出す。
(そうだ――ここは魔導車の中か)
荷台を包む幌の隙間から外を見る。そこは広々とした平原が広がっており、建物は一つもない。彼は今、ミスティアを離れた場所にいる。
解雇が通達された後、イグナは諸々の後処理を済ませると速やかにミスティアを後にした。これからも働き続ける仲間たちには悪いが、イグナやダニエルが離れてしまえば魔導区画は適切な管理が行われなくなる。最悪の場合、機能不全になることも予想できる。そうなれば混乱は必至。その前にミスティアから逃れた方が良いと考えたのだ。
とはいえ、城壁に囲まれた都市の外は魔獣も徘徊している。魔技士は魔導技術に精通しているが、戦士ではない。魔獣に遭遇したら為すすべもなく食われてしまうだろう。
だからこそ都市間輸送を行っている乗り合いの魔導車に乗って移動していた。目指す先はひとまず隣の都市。そこで転職先を探す予定だ。
幌に包まれた魔導車の中には他にも数人の乗客が乗り合わせている。その他の乗客をぼんやりと眺めながら、イグナは小さくため息をついた。
(……早く仕事が見つかればいいけどな)
今回の解雇に伴った手当のおかげで、かなり貯蓄に余裕がある。だけど、それがいつまで保つかは分からない。安心感を得るためにもいち早く次の職は見つけたいところだ。
幸いにもイグナは魔技士。魔導技術に精通しているので、どこかの工房で働かせてもらえば一応、食いつないでいけるはずだが。
(果たしてよそ者を雇ってくれる場所が運よく見つかるか――)
自分の技術に自信があるものの、さすがに不安になる。再びこぼれるため息。
「――お兄さん、大丈夫?」
不意に響いた小さな声に視線を上げる。顔を上げると、前の座席に座っている客と目が合った。帽子を被り、スカーフで口元を覆った若い女性だ。綺麗な柳眉を心配そうに寄せ、澄んだ蒼い瞳でイグナのことを見ている。
(……俺か?)
瞬きをし、自分を指さすと、女性はこくんと頷いて苦笑する。
「貴方以外、いないでしょう?」
おかしそうな言葉に、確かに、とイグナは思わず苦笑を返した。
まだ昼下がり時だが、麗らかな陽気に乗客の多くがお昼寝中。かく言うイグナも昼寝していたくらいだ。イグナは軽く咳払いをしてから肩を竦めた。
「悪い、『お兄さん』なんて呼ばれたのが久々だったから」
そう言いながら顎を撫でさする。そこには無精髭が生い茂り、ざらついている。前職が多忙だっただけに、身だしなみを完全に整える余裕もなかったのだ。
三十路なので若いとは言えないが、薄汚れた風貌のせいでおっさんと呼ばれる方が多い。だが、女性はくすりと笑うと、目を細めて顔を見据える。
「でも、私からすればまだお兄さん――そうね、多分三十に入ったくらいかしら?」
「……ご明察だ。よく分かるな」
「人の顔はよく見る機会があるから、その賜物ね。それで、大丈夫なの?」
気遣うような声にイグナは、ああ、と頷いて軽く手を振った。
「気にしないでくれ。ちょっと心配事があっただけだよ」
「その割には深刻そうな顔をしているけど……話、聞いてもいい?」
「大した話でもないぞ?」
「それなら暇つぶしに丁度いいじゃない。連れも寝ちゃって今、退屈なのよ」
彼女は小声でそう言いながら、横を指で差す。そこには一人の女性が目を閉じていた。どうやら二人で旅をしているらしい。
仕方なしに小さく笑うと、イグナは再び肩を竦めながら言葉を続ける。
「この前、ずっと働いていた職場をクビになってね。それで心機一転、新天地で転職しようと思っているんだ。先行き不安で、ついため息をね」
「あらら、そんな大変な旅路だったのね。ちなみにお仕事なんだったか、聞いてみてもいい?」
「魔技士、って言って分かるかな」
「え……本当に……!」
彼女はイグナの言葉に目を輝かせる。その反応にイグナは首を傾げる。
「分かるのか?」
「ええ。魔術技術者、じゃなくて、魔技士なのよね、お兄さん」
その確かめるような言い方は、明らかに違いを分かっているようだ。
魔術技術者は魔導製品を取り扱う技術を有した者を示すが、魔技士はその中でも都市の管理を担う技術者しか名乗ることができない。
イグナは微笑んで頷くと、女性は両手を合わせて小さく声を弾ませた。
「わぁ……じゃあお兄さん、優秀な人なのね」
「どうだろうな、クビになったわけだし」
自嘲するように苦笑する一方で、女性は目を細めて少し考えるように首を捻る。
「ん? ってことは、お兄さんはミスティアの魔技士だったのよね」
「ああ、そうなるが――」
「……ああ、なるほど、また事業仕分けをやらかしたのね。あのバカ」
彼女からこぼれた低い声に思わずどきりとする。事業仕分けは内部の人間しかまだ知らないはずだが。
(この人、一体何者――)
疑問に抱き、素性を訊ねようか迷っていると、不意に激しい破裂音が響き渡った。衝撃で身体が揺れ、乗客の何人かが目を覚ます。
若い女性の隣に腰かけていた女性もすぐに目を覚ましていた。マントを払いながら腰に辺りに手をやり、鋭い視線を前方に向けている。イグナも前方に視線を向けると、運転手が悪態をつきながらハンドルを叩いていた。
「くそっ、このポンコツが」
「どうかしたのか?」
乗客の一人が声をかけると、運転手がため息交じりに声を返す。
「車が故障したみたいだ――悪い、少し車を止める」
「おいおい、マジかよ、直るのか?」
「見てみないと分からねえよ」
運転手はそう告げ、街道の横に車を停める。運転手が降りて車の様子を見に行くのを見て、ふと若い女性がイグナに視線を向けた。
「――貴方の出番じゃない?」
「どうだろうな。すぐに直れば出る幕もないが」
「何となくすぐ直りそうにないけどね」
「……なんだか楽しそうだな。お嬢さん」
「ふふ、もしかしたらお兄さんの腕前を見られる、って期待しているからかも」
彼女が目尻を緩めて嬉しそうに笑い、隣の女性に声をかける。
「ロゼ、様子を見に行きましょう」
「かしこまりました」
若い女性が立ち上がると、隣の女性は一つ頷いて立ち上がる。若い女性は一歩進み出ると、イグナを見てにこりと微笑んだ。
「魔技士のお兄さんも、一緒にどう?」
期待を秘めた眼差し。それを裏切るのは野暮な気がする。イグナは苦笑しながら荷物を持って腰を上げる。
「折角だから、ご一緒してみようか」




