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痞えの少女と終わりの旅  作者: KC
第2章 フローマと銀の手の巫女
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2章-2 騎士の背

 日暮れまで未だ少し間がある頃、彼女は腰まである銀糸のウィッグをしっかりと(かぶ)り、血の繋がらない祖父に束の間の外出を告げる。


「じゃあ、また、行ってくるね」


「おお、気を付けての」



 薄い鼠色の口髭、更にはふかふかの長い顎髭を蓄え、眉毛や頭髪も伸ばし放題。


イゾルデの叙事詩(イゾルディアン・サーガ)に出てきた魔法使いというのは、確かこんな見た目だった気がする。


 笑い方も〝ふぉふぉふぉ〟などと描かれていたそれに近くなり、あとはいつもの(せい)(じょう)ではなく、大きな樫の杖でも携えていれば完璧かもしれない。


 彼女の小さな頃は清潔且つ理知的、まるで射殺すような鋭い目付きで、博識な医術士や敏腕の商人達を彷彿とさせていたのに。


 ロレアが自身の身を自身で守れるようになってからは、その鋭さは一気に角が取れてしまっていた。




 * * *




 初冬のグラドリエルは既に日の入りが早い。


 ロレアは今朝と同様に小走りで、カンテラを片手に馬車へと乗り込み、大図書館へと向かう。


 質素な木製の客室(キャビン)に入っても吐く息は未だほんの少しだけ白かった。


 今日は久し振りに両親に会いに行こうかとも思っていたけれど。


 かなり小さな頃からレドラスの元で暮らす事になってしまったため、今はもう温かい家族団欒というより、どうしても〝銀の手の巫女様〟をお迎えした静かな夕食会といった(てい)になってしまう。



 更に今朝はやたらと昔のことが思い返されていたので、一先ずまた何か新しい恋物語でも探したい気分だった。



 愛ある物語の登場人物に心重ねれば、小さな聖女はいつでもあの憧れの人に逢う事が出来る。


 そうして到着までのほんの少しの間、車窓からぼんやりと空を仰ぎ見ていた。


 西の空の浮遊大陸(ステアフロート)は厚い雪雲に遮られてしまい、今日は所々しかその姿を見せていない。



 彼女の特徴的な桃色の髪は、オルティア大教国の中でも類を見ないどころか、幾ら世界広しといえど、現在過去含め他に例など無かった。


 オルティアの人々は概ね灰色じみた銀に近い体毛をしており、彼女の頭髪だけが例外的なもの。


 眉など他の体毛、瞳の色素などは他のオルティア人と全く代わり映えが無い。


 その髪色だけがまるで奇蹟と呼応し、白子症(アルビノ)虹彩異色症(オッドアイ)のように変異してしまったのかもしれない。



 ロレアは希少な能力とその立場により、これまでに何度か、片手で数えられるくらい、命を狙われてしまう事が有った。


 しかし逆にその特徴的な髪さえウィッグで隠してしまえば、()(せい)に紛れて出歩くは比較的容易といえる。


 以前は侍女に頼んで何冊か定期的に届けてもらっていたけれど、大聖堂は人員の入れ替わりが激しく、既読の物をあれこれ伝えておくのも面倒極まりなかった。


 更には書籍の選別傾向から、〝聖女様の神秘的なイメージ〟が崩れてしまう事を危惧し、いっそ手ずから書架まで見に行こうと、随分前に編み出した変装方法だった。



 ただそうして守ろうとしていた彼女自身の中にある聖女像は、当のロレア本人を除けば、比較的疎遠な者達に限られている。


 近しい者達の間では、〝本当はラブロマンスが大好きな可愛らしいお姫様〟というのが、(もっぱ)ら口外されない心証だった。



 不断(ふんだん)に使われた鐵材(てつざい)によって、いつも重たく面倒に感じていた荘重な玄関扉を解き放つ。


 すると分厚い外套(がいとう)を脇に抱えた旅の男と思われる者が、受付の司書に話しかけようとしているところだった。


 その男を見て、いつも遠慮がちに伏せていた彼女の(つぶ)らな瞳は大きく開かれた。


 何だか胸の奥の柔らかい部分をいきなり鷲掴みにされた気分で、長い銀糸を(かぶ)った小聖女は、反射的につい声を掛けてしまう。



「あっ……あの! 何かお探しでしょうか??」


 彼女は〝仕事着〟である真っ白で緩やかな祭服を身に(まと)っており、一方の先に話しかけられていた中年の男性司書は、煉瓦色で角の整ったカッチリとした制服を着用している。


 (こな)れない旅人は、これらの衣服の違いに明確な意味を見出せず、実の年齢より一回り以上幼く見えた彼女を顧みて、きっと〝司書見習い〟か何かなのだろうと勝手に決めつけていた。



「よ、よければそのっ……ご、ご案内をっ!」


 何かと(ども)りがちだったが、その声色はまるで小さな鈴の音ようで、透き通った心地良い響きだった。


 男性司書は必死そうな素振りの〝常連〟を一瞥(いちべつ)し、知り合いだったかとばかりに()かさず中座する。


 この時はもう人が少なくなってきている時間帯で、先んじて撤収の準備を、といった気も(そぞ)ろな態度が見え隠れしていた。


 しかし、(いか)ついこの司書が決して怠慢だったという訳ではなく、寧ろどちらかといえば勤勉な方で、それだけ彼女がここに通い詰め、信頼を勝ち得ているという証左だった。



「そうか、なら――――」


 先客は顎に縦拳(たてけん)を当てながら逡巡する。その刹那、彼女は彼の出で立ちを(つぶさ)に観察し、


(…………間違いない、この人はイヴナードの人だ)


 と内心当たりを付ける。



 辺りは明かりが控えめで、厚いカーテンにより日暮れ前の西日もほぼ届かなかったので、彼の顔付きは(よう)として窺い知れなかったものの、その落ち着いた所作からして、そこまで若くはない方だろう。


 丁度少し前に生じた教国と騎士国との僅かな軋轢(あつれき)から、最近はイヴナードの客人をめっきり見掛けなくなってしまっていたところだった。



 ――――どうしよう。


 やっぱり今日はそういう日(・・・・・)だったんだ。


 あの人の事、何か分かるかな。


 何から尋ねよう。


 親切な人かな。


 図書館(ここ)には何をしにやって来たんだろう。



 そんな風に思考が(そぞ)ろ歩きし始めていた頃、


(……そういえば、私から案内を申し出たんだっけ)


 とようやく初心に返った頃には、彼の言葉が既に幾つも続いてしまっていた。



「……聞こえているか? 別に緊張しなくても良い。もし不慣れなら、他の者に頼むと――――」


 申し出を丁重に辞退されかけている事に気付き、彼女は突如慌てふためく。



「いっ……いえ!! 大丈夫です! 不死の英雄が出てくる、叙事詩…………でしたよね? そっ、それでしたら」


 ほんの少し落ち着きを取り戻しつつ、二階の奥、彼女のお気に入りが並ぶ書棚の向こう側を手の平で指し示しながら、司書らのそれより随分と慇懃(いんぎん)に、案内を始めた。




 * * *




 レルゼアは少しばかり辟易していた。


 先程から手に取ってパラパラと中身を(めく)り確認しているが、その間も白服の少女は付きっきりで離れて行かない。


 しかも、一冊につき少なくとも三件は(つらつら)と質問が飛んできている。


 投げ遣りに応じつつ、しばらくの間は適当に相槌を打っていたが、曰く、



 大図書館(ここ)には来たことがあるのか?

 ――――厳密に言えば、否定(ネガティヴ)


 では皇都グラドリエルには以前?

 ――――肯定(アファーマティヴ)


 イヴナードから来たのか?

 ――――肯定。


 尚この時、彼女を横目に見ると、心から嬉しそうな笑みを浮かべたのが印象に残っている。



 この冬の初め、何のためにこの国へ?

 ――――見ての通り、調べ物のために。


 一人でやって来たのか?

 ――――少し間空け、否定。


 誰と来たのか?

 ――――〝フローマに助けを(こいねが)う者〟


 どうやって来たのか?

 ――――空路。騎乗用の飛竜で。


 陸路ではなく?

 ――――肯定。


 同行者はイヴナードの者か?

 ――――否定。


 何を生業(なりわい)に?

 ――――見ての通り、術士を。


 具体的にどんな職務だったか?


 ………沈黙。



 全て可愛らしい少女としての言葉遣いだったとはいえ、内容だけ切り取ってみれば、明らかに軍の尋問か何かだった。


 この純真無垢に見える長い銀の髪の少女は、まさかこの図書館の(けい)()なのでは、と強く訝しんでしまう位に。


 しかしながら質問に応じる度、淡い薄墨(うすずみ)色の瞳を無邪気に輝かせ、うんうんと頷いたり、時に小さく首を振ったりして悩んでいる。


 そうした様子を見て、純粋な興味、ともすれば何かのごっこ遊びに興じているようにしか見えなかったから、一切拒絶してしまうのも酷く躊躇(ためら)われていた。



 最後の質問への応答がなくなってから、彼女は(しき)りに小首を傾げ、こちらの書を(めく)る指先をじっと見詰め、答えを待ち侘びている。


 聞き漏らしたか、本の内容に集中しているのではと(おもんぱか)り、(はなは)だ遠慮してくれているのだろう。


 ただ彼の方は、そんな彼女を横目に、眼前の書に全く集中出来てなどいなかった。



 やれやれと云わんばかりに、ようやく顔を上げ、逆に尋ねてみる。


「私の事がそんなに気にな――――」

「はいっ!! とっても!!」



 語尾まで言い終える前に、喰い気味に一段と愛らしい声で、勇ましい返事が響き渡っていた。


 先程から随分と声量の調節がおかしい気がする。



 まるで、緊張気味な〝愛の告白〟を受けているようにすら感じてしまう。


 時間も時間だったし、元から人気(ひとけ)のない古典系の書架だったようで、近くには自身と彼女しかいない。


 もし周囲に誰か居たのなら、蕭条(しょうじょう)としたこの館内に於いて、相当に(ひん)(しゅく)ものだったろう。



「確かに遠方ではあるが……イヴナードの騎士が、そんなに物珍しいのか?」


 英雄イヴニスの関係で、比較的オルティアとは交流があった筈。


「は、はいっ! それで……あの……そっ、その……どんなお仕事をなさっているのでしょう、か? 具体的には――――そう! 建築! ですとか……ご興味はございます、でしょうか……」


 途切れ途切れ、語尾も明白(あからさま)(すぼ)んでいってしまい、聞き取り辛い事この上無かったが、それ以前に、質問の意図が(よう)として汲み取れない。



 まさか、間者(かんじゃ)に対する詰問の総仕上げではあるまい。


 見合いの場では、果たしてこうした遣り取りが行われているのだろうか。


 彼には一切そうした経験はなかったが、故国の、特に名家ではよくある話だったので、ふと考え込んでしまった。



 ただ彼女の場合、お互い少しずつ心の距離を詰めて行こうといった姿勢は全く見受けられず、ただ〝どうしても聞き取りたい何か(・・)〟がある、そんな風に感じられていた。



「――――取り敢えず、鉱石関係であれば何でも一通り。宝石の鑑定、石材調薬、魔術効果付与(エンチャント)、それらに(かか)る修復や補修、他にも()(きん)、石切場での労務、変わり種では建築物の修繕や設計補助などにも携わった事は有るが……」


 最後は苦々しい経験だったので軽く流そうと(まく)し立ててみたものの、それだけを必死になって聞き取ろうとしていた彼女の前では、徒労に終わった。

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