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1章-5 “廻し子”

 無為に待機している数日間、彼女とは些細な会話がどうしても増えてしまう。


 ちょっとした折に口にする互いの身の上話も随分と(かさ)んでしまった。


 年頃の娘はこちらから話さずとも、自ら楽しそうによく喋る。


 退屈こそしなかったものの、レルゼアは別の意味で強い焦燥感を覚えていた。



 彼女は前の春に十七になったばかり、三十を少しだけ過ぎた自身の半分程。


 あの時クリスタという給仕仲間の呼んだ愛称だけでなく、〝リテュエッタ〟という本来の名についても自然と知ってしまうことになる。



 どうやら彼女は草原地帯(グラスラント)の北西付近、これから向かう大教国と国境僅かに接しているスノーステップという地で生まれ育ったらしい。


 一年の大半がうっすらと浅い雪で覆われている平原はとても幻想的で素敵だった、と。


 住んでいた〝ラダの村〟は数年前に何らかの(せん)()に巻き込まれてしまい、大きく南に下って先の交易都市ミルシュタットに流れ着いたのだという。


 両親は既に死亡してしまっており、身内はもう姉のミレイユだけ。


 彼女等が十を少し過ぎた頃の話で、幼い子供二人で生きていくのは相当大変だったと微笑みながら話している。



 加えてどんな食べ物や味付けが好きだとか、どんな衣装が好みだとか。そんな他愛ない会話によって、彼女の人物像がゆっくりと記憶に染み込み定着してしまう。


 その都度、聞かなければ良かったと後悔(しき)りだった。



 (ひるがえ)って彼からは、妹ラピスの事、その恋人ガヘラスの事、そこから派生して自身の家族構成などを、折に触れ口にしてしまっていた。


 そうした話の中で最も彼女の興味を引いたのはラピスの恋人、ガヘラスという騎士の事ではなく、〝廻し子〟という、騎士国イヴナード独自の家族制度の方だった――。




 * * *




「廻し、子……?」


 検問所付近の小さな酒場で、慎ましい夕食を摂っていたところ、彼女は愛らしく小首を傾げる。


「そういえばあれはイヴナードに限られ、一般的ではなかったかもしれない」


 レルゼアにとっては寧ろ廻し子の方が一般的であり、それが当然の世界だったから、何から説明に手を付けたものかと思い(あぐ)ねる。



「端的に言うと、血統を重視しない、国家全体で高潔さを育てていく仕組み、といったところか」


 彼女は匙を(くわ)えたまま、無意識に手を止めてしまっていた。


 どうやら男からの説明が漠然とし過ぎており、全く伝わらなかったようだ。



「具体的には、どの家庭でも生まれた赤子は直ぐに修道院や神殿に引き取られる。そして〝星の導き〟が示された時――つまり占星術が示した結果によって、どこかの家へと迎え入れられる」


 少女はようやく食事を再開しながら、更に問う。


「生まれてから直ぐって……お父さんやお母さんが全く別の人になっちゃうって事?」


「そういう事だ。結果として家族は血統ではなく、〝信じる絆と掟〟により固く結ばれる」



「うーん……何だか少し可哀想。イヴナードの人たち全員が生まれた瞬間から養子みたいな感じなのかな。でも、それが当たり前なのって、不思議な感じ……」


「感情的にはそういう面があるのかもしれない。ただ私達からすれば、実際の血の繋がりの方が余程無用で強い愛憎劇を招いてしまうように思えるのだが……」



 血統は誇るものでなく、守るもの。


 愛情も(しつけ)も。


 全てはそれぞれの家における〝血の掟〟、至上の命令たる私法が支配する。


 力の弱い者も力の強い子を()せる。


 そして、その逆も(しか)り。


 これにより脈々と、強き意思のみが(はぐく)まれ、引き継がれていく。


 イヴナードは英雄イヴニスによる建国から約四百年。


 他国に比べて紡がれた歴史は浅いものの、他国と()(けん)しうるほどの国力へと急激に成長したのは、間違いなく廻し子制度の存在が大きな要因の一つと言えた。



 男女問わずほぼ全員が何らかの騎士の称号を得るイヴナードでは、血統は言い訳に使えない。


 寧ろそれは、背負い立つべき試練。


 〝力と誓い〟


 それが日々唱えられている国是だった。



「じゃあラピスさんとも……血が繋がってなかったんです?」


「……その言い方は好ましくない、ヴォルドー家として、家族だ」


 しかし。


 敢えて言葉にはしなかったもの、逆にレルゼアは自身の方がヴォルドー家に相応しくないと(かね)てから考えていた。



 通常は一歳にも満たない時に修道院などを出て行くことが殆どだったのに、レルゼアは九つになるまで修道騎士――いわゆる修道士や修道女達に育てられていた。


 そこまで時が経ってしまうのは異例で、過去に殆ど例の無いくらい、星の導きが長期間示されなかった。



 だから、ヴォルドー家での生活にはしばらくの間馴染めなかった。


 一生懸命、家規(かき)に従うよう努力していた。


 父の時点で既にかなり落ちぶれてはいたが、だからこそ次の子はと、とても期待されていた。


 ただレルゼア自身、生まれながらにして体力や胆力に恵まれていなかったし、慣れない修道騎士らによる曖昧な育て方も、それに拍車を掛けていた。



 一人で本を読むのが好きだったので、ようやく鉱石術という学び甲斐ある将来が見えた時には、もうその事しか考えられなくなってしまっていた。


 そして彼と数か月も(たが)わず、ヴォルドー家には栗色の髪をした赤子、妹のラピスが迎え入れられる。



 ラピスは運動能力が高く、才気にも溢れ、一足飛びに聖騎士(パラディン)隊への配属となった。


 それは奇抜な術士などとは異なり、父母の本懐に近い、騎士の目指すべき在り方だった。


 そしてその祝杯の日に、奇しくも竜髄症を知る事になるのだが。




「興味深い話をしているね」


 突如後ろから声を掛けられ、ほんの一瞬、レルゼアは思い出したくもない郷愁に沈みかけている事に気付かされた。


 かの病の事を直接的に口に出していなかったか、軽く頭の中で反芻(はんすう)する。


 食後、兵士の詰所に付随した酒場兼休憩所でそのまま話し込んでしまっていたら、漆黒の法衣(ローブ)(まと)うこの()(ろん)な男がいきなり声を掛けてきたのだった。




「実はそろそろ廻し子も形骸化してきてて、一部では産み落とした我が子を金の力で改めて迎え入れる事態が頻繁に(まか)り通っている、なんて話なんだけどね」


 男は無遠慮にレルゼアの隣へと腰掛け、給仕には愛想良く蜂蜜酒(ミード)と馬肉の料理を注文していた。


「そうそう、治世に関わるような騎士達を続々と輩出し続けている名家では、特に……ね」


 恐らくこの男も、今日はもう国境を通してもらえないため、夜に暇を持て余しているのであろう。



「私はファン・ラズラム。しがない吟遊詩人(バード)さ」


 レルゼアは敢えてこちらから問い掛ける事をしなかったが、改めてその男は投げ()りに自己紹介をしてきた。


詩人(バード)?」


 よく見ても楽器のようなものは見当たらないし、(しゃが)れた低い声はいちいち聞き取り辛い。


 それが到底商売道具にならない事は誰の耳にも明らかだった。


 レルゼアはその明白(あからさま)な虚言に対し、怪訝さを全面に押し出す。




 ごちゃごちゃとしたアミュレット類。


 殆ど骨に近い指にいくつも嵌められた指輪。


 左手の甲を這う不可思議な紋様。


 そして誰しもが先ず目に付く漆黒の法衣(ローブ)



 極めつけに()(ぶか)なフードの奥にはギラリと輝く双眸(そうぼう)が控えており、いかにも魔術士然としている。


 更にその名、〝ラズラム〟とは確かフレア=グレイスの(なな)(はしら)のうち冥府神の名ではなかったか。


 年齢は若いようで年老いているようにも見え、その格好以上に掴み所がない。



「流石にそこは直ぐにバレちゃうか……同業者さんみたいだし。ただ色々と話を持っていくには便利な肩書きでね。実際には〝魔術〟を色々嗜んでいて、占星術もそれなりに得意かな」



 魔術と一口に言っても、精霊術、鉱石術、(なな)(はしら)の信仰術、妖術、占星術など実に多彩だったが、レルゼアは関わり合いを避けるため、敢えてその誘導には乗ろうとしなかった。


 彼が無視を決め込むと、何か占ってあげようかと、今度はリテュエッタを標的にして話を持ちかけている。


 彼女はニコニコと愛想笑いを浮かべながら、どう答えるべきか思案していた。


 先立つ物のないリテュエッタは、報酬が必要なのか、それとも単なる社交辞令なのか、言葉少なに深く悩んでしまっている事であろう。


 逆にそこを訊けば、恐らく口車に乗せられ、あれよあれよと向こうのペースに巻き込まれてしまい兼ねない。



 〝酔っ払って絡んでくる客に対しては、一先ず黙って笑っておけ〟という給仕時代の店主の教えが、彼女の中にしっかり根付いているようだった。


 しかしこうした場合、ずっと押し黙っていては、逆に肯定と看做(みな)してくる()(ずる)い立ち回りもある。


 だからそうした憂慮を断ち切るべく、こちらの術士は渋々口を挟まざるを得なくなっていた。



「生憎だが、今は遠慮しておこう……それより、何故それほどイヴナードの内情に詳しい?」


 レルゼアはやや強引に話を揺り戻す。


「あれ? そっちに食いつくのかい? 私はてっきり〝ラズラム〟の方だとばかり」


 男は軽く首を竦めて軽くぼやくが、ここはさらりと(あしら)っておく事にした。



「――確かに余り聞かない名ではあるが……何かしら(なな)(はしら)の威光を借りようとしているだけなのだろう?」


「でもね、あの中でも冥府神だよ冥府神。それでこの真っ黒な出で立ち、自分から進んで説明するのも何だけどさ……」


 そう良いながら長めの爪で自らの衣装を指し示している。


 この口調や仕草だけ切り取れば、実はかなり若く、レルゼアよりも年下ではないだろうかと(おもんぱか)る。



「――――占星術。一時期、かの国に雇われていたんだよ」


 魔術士の男は一人、鷹揚(おうよう)に言葉を続けた。


「てっきり既知の件だと思っていたんだけどね。楽しかったよ。じゃあね」


 レルゼアとしては彼の独白に対し、知るとも知らぬとも反応しなかった心算(つもり)だったが、一部による形骸化は、騎士国の誰もが昨今憂慮している事実だった。



 ファン・ラズラムと名乗ったその男は、頼んだ料理が届くや否や、二人にはもう飽いたとばかりに杯と皿を持ち、立ち上がる。


 そうして他の客、即ち(たむろ)しているオルティア国境警備兵らに狙いを付け、去って行った。

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