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4章-5 再会

「あ、お帰りなさい」


 レルゼアが来国者向けの宿に戻って部屋の扉を開けると、緩やかな寝間着に身を包んでいた少女が、いつもは束ねている長い黒髪を(ほど)いたまま、パタパタとこちらまで近寄ってきた。


 少女は男を(つぶさ)に眺めると、(げん)()たずして傷など何も無いように見受けられたが、改めて心配そうな面持ちで尋ねてくる。



「……大丈夫でした? 怪我とかされてないです?」


「ありがとう、大丈夫だ。遅くなって済まない。朝も近いし、詳しい話は明日にしよう」


 彼が中に入って厚い外套(がいとう)を置きながらそう伝えると、彼女はようやく安堵した様子で、


「それって、危なくなかったって事ですよね…………良かった」


 そう呟き、ぱっと相好を崩す。レルゼアは軽く頷いてから、先ずは微睡(まどろ)みかかっていた彼女を寝床へと促した。




 あの後しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したガヘラスは、自身も英雄の元へ向かい、贄の、ラピスの事を直接訊いておきたい、と願い出てきた。


 近い内に必ず神殿の地下に続く道を突き止め、(しら)せるから、しばらくの間身を隠したままで待っていて欲しい、と。


 自身が罪人である事を鑑み、(たばか)られる可能性を一瞬だけ警戒したものの、死を覚悟でやって来たという彼の言葉に泥を塗るのは気が引けたため、しばしの別れを告げる。




 以前、彼とは何度か言葉を交わし、手合わせもした。


 当時あの二人が(つが)う事は、見た目や性格、互いの技能、品格、何から何まで全てが理想的に思えた。


 だから逆にあの時は、どうせ周囲から持て(はや)されて交際しているだけだろうと、浅はかに値踏みしてしまっていた。



 しかしまさか、あの精悍(せいかん)で屈強な彼が、傍目も気にせずあんなにも深い慈愛の涙を流すなんて。


 終始色眼鏡に捉われ続けていた自身の下賎さが余りに情けなく、(ざん)()()えなかった。


 疑い出せば切りなど無かったものの、今更あの想いの深さに対し、疑念を向ける事など出来なかった。



 ただ単独での秘密裏の調査は、どうしても時間が掛かるらしい。


 以前少し気になって調べてみた事は有ったそうだが、その時は手掛かりも無く、失敗してしまったようだ。


 今回イヴニス神殿の地下と大凡(おおよそ)の見当が付いたため、恐らく長くても一週間程度で、という事だった。




 * * *




 レルゼアとリテュエッタの二人は、歓楽街とまで行かないものの、幾つかの大きな酒場(パブ)や劇場などの娯楽施設を有した魔女達の通り(カヴン・ストリート)と呼ばれる地区に宿を取っている。


 恐らくイヴナード中で最も活気に溢れ、異邦の民を含めて日々多くの人々の行き交う場所のため、潜伏もしやすい。



 夜の(とばり)が下りてから、大衆酒場の一つである宵闇(よいやみ)亭という店に、遅い夕食兼、何かしらの情報収集がてらやって来た。


 術士の男がイヴナード在住時に訪れていない店を態々(わざわざ)選定したのだが、いざ入ってみると名の割に照明が煌々(こうこう)とし、さざめく喧噪が心地良い人気店のようだった。




「……あれ? やっぱり、リティーだよね!」


 黄金(こがね)色の細く長い髪を結い上げた給仕が、羊乳二つと牛肉料理を幾つか運んで来た時、座している頭上から聞き憶えのある声が響く。


 手早く並べ終えると、レルゼアの向かいに座っていたリテュエッタに横から飛び付いた。


「え……? ク、クリスタちゃん??」


「会いたかった~! 元気してた?」


 黒髪の少女に軽く頬擦りしてから、カウンター付近に立つ女中に手で何か合図を送っている。


 壁際に陣取っていた彼等に対し、彼女は手近な空き椅子を素早く手繰り寄せ、二人用の手狭な卓を三人で囲む。



「少しの間、サボる事にしちゃった……てへ」


 彼女は小聡明(あざと)く舌を出し、頭巾を()いて膝の上に置いている。


 そうして両手で頬杖を突きながら、しばらくここに居座る事を言外に主張していた。



「どっ、どうしてこんな所に…………」


 リテュエッタは未だ当惑し切っていたけれど、親友の女給仕の方はそんな事は意にも介さず、無断で自身が運んできた料理を一つ指で(つま)み、口の中に運んでいる。


 勝手に拝借する割にはとても行儀良く咀嚼し、きちんと飲み込んでから喋り始めた。



「前に働いてたとこ、何だか飽きて来ちゃって……リティーも居なくなっちゃったし。それで何か気付いたら、ここに来ちゃってた」


 彼女は(なま)めかしく指先のソースを舐め取り、しばらくの間物足りなさそうにもごもごと口に(くわ)えていた。



 曰く、レルゼアの格好を見て、直ぐに東方の騎士国の人間と気付いたらしい。


 遠くに行くっぽいのが何だか羨ましくなってきて、私も良い人を探そうかな、この辺りに来たらまたリテュエッタに会えるかな、と安易に思い付き、放浪し始めたのだという。


 そうしてイヴナードに着いたのはまだ数日前、一先ず手慣れた酒場で再び働き始める事にしたようだ。




「こんな時間にお酒以外を頼む人が居て、しかも羊乳だなんて……私、ピンと来ちゃって。だから、何となく配膳代わって貰ったんだ」


 羊乳は少女の好物で、レルゼアも酒を飲まない時は同じ物を頼むようになっていた。


「凄い偶然……」


「うん、まさか、ホントにリティーに会えるなんて思わなかった!」


 彼女は大輪の花が咲くような笑みを浮かべ、傍らに座る少女の顔を(つぶさ)に見詰めている。


「私も……また会えて、すっごく嬉しいな」


 ようやく驚きが安堵に変わって来たようで、年端も行かない少女達は他愛ない雑談を始めた。



 レルゼアは先のクリスタの行動を思い出し、お互い特に痛がる様子もなかったため、少しだけ怪訝に思う。


 そういえば、出立の時も同じような違和感を覚えた気がする。


 ただ(くだん)の小型飛竜のように、稀少な浮蝕耐性のある人間もたまには居るのかもしれない、と、特に拘泥(こうでい)する事もなく、()(ぶか)にフードを被ったまま、遅い夕食に手を付け始めた。




 お互い幼さの抜けきらない二人の少女は、竜髄症や永久浮蝕などの事には一切触れず、これまでの路程で楽しかった事などを話し合っている。



「――――お金、困ってるの?」


 ふと、クリスタが尋ねて来た。


 現在寝泊まりしている宿の話題になったところで、元手が(こころ)(もと)()く、そろそろ別の宿に移らなくてはならない事をリテュエッタが打ち明けてしまったからだ。



 実際に明日からはイヴニス神殿から少し遠離(とおざか)ってしまうものの、大窯(おおがま)街という職人地区に入り、今よりも安価な宿を探す予定だった。


 諸侯領での貯えはまだかなり残っていたものの、イヴナードでの日銭稼ぎは危険が伴い、ガヘラスの調査も遅れる可能性があったため、出来るだけ滞在費は抑えておきたかった。



「じゃあさじゃあさ! 私が工面してあげよっか? 宿代なら……そう、一か月分くらい!」


 そこでようやく、彼女の蒼玉(サファイア)のような瞳が、フードを被ったままの術士の方を見据える。


 それに気付いたリテュエッタは、慌てて、


「だ、大丈夫だって……それに、あれでしょ? この流れって、やっぱり……」


 そう言い(よど)みながら、両手を小さく振って懸命にクリスタを(なだ)(すか)している。


 状況が飲み込めないレルゼアは首を(かし)げ、リテュエッタの説明を待った。




「あのですね。レルゼアさん。クリスタちゃんって、無類の賭け事(・・・)好きで……こういう時は必ず、〝いざ勝負〟ってなっちゃうんです……!」


 彼女は少しもじもじしながら、そう述懐した。



「しかも……しかもですよ! ホントに強くって。それこそ滅茶苦茶(・・・・)で……私なんて、今まで一回も勝てた事ないんです! それに、酔っ払ったお客さんに吹っ掛けてる時も、最終的に負けてるのを一度も見たことなくて――――」


 酷く狼狽(うろた)えた様子で、一気に(まく)し立てて来る。



 〝ふっ掛けてるとは失敬な、あっちから挑んで来たんだぞ〟と、クリスタは優しく破顔しながら冗談ぽく訴えていたものの、レルゼアとしても早晩尽きるであろう貯えを早々に目減りさせるリスクは許容し(がた)かった。



 そんな彼の不安を察したのか、この瑞々(みずみず)しい給仕は即座に提案する。


「大丈夫だよ、私ね、本当にお金に困っている人から巻き上げた事なんて一度だって無いから。じゃあ今回は……そうだなぁ…………何か面白いもの(・・・・・)を賭けてくれない? それだけで良いから」


 親友の(よしみ)だし、と。


 そう言って先にリテュエッタを納得させようと、懸命に口説いていた。




 傍らの術士は、そんな仲睦まじい様子の二人を眺めていて、一つ妙案が浮かぶ。


「では、彼女自身……リテュエッタの身柄を賭けるというのはどうだろうか?」


「――れっ、レルゼアさん!? そんな勝手なこと!」



「もし君が勝てば、この()に懐いている小さな飛竜も付けよう」


 正直な所、そこまですると宿代一か月程度では全く割に合わない。


 だからクリスタは必ず乗って来る。


 そう軽く踏んでいたのに、うら若き給仕は覇気の無い鉱石術士へと向き直り、


「――――そんなおじさんの両得(・・)みたいな賭け……全っ然面白くない」


 と、けんもほろろに、その進言を斬って捨てた。




「ねぇ、どうせやるなら、もっと真剣になれるもの、賭けて欲しい」


 彼女は突如(さい)()に富んだ瞳で、墨々(まじまじ)と男の方を見詰めて来た。



 リテュエッタがほっと胸を撫で下ろしていると、若く(うるわ)しい女給仕は、当意即妙とばかりに、今度は自身の方に降って湧いたアイディアを言い放った。


「じゃあさじゃあさ! こういうのは? おじさんがリティーに隠してる事(・・・・・)、洗い(ざら)い全部話すの!」


 ふふ、と(つや)やかに微笑みながら、自らの唇を静かに撫でる。



「そんなもの……今更あっただろうか」


 視線を向けられた彼は、さりとて隠し事などもう何も無い筈と、顎に縦拳(たてけん)を当てながら誰ともなく独り()つ。



「じゃあ、無かったら無いで良いよ。でも、本当に何も無いか(・・・・・)は、真剣に考えてみてね? 後は……そうだなあ、流石にそれだけだと全然物足りないから、逆も(・・)!」



 そうして今度はリテュエッタの方をぱっと向き直り、


「リティーも……このおじさんが負けたら、隠してる事、あったらで良いから、全部()ちまけてね!」


 そう言って小さく笑みを(こぼ)しつつ、心踊らせた様子で、それならぐっと面白くなりそう! などと(うそぶ)いている。



「もう、リティーったら……そんなに心配しなくても大丈夫だって。もし私が勝っても、私は聞く気なんてサラサラ無いし。二人だけで怪しい秘密の交換(・・・・・)……ね?? たのしそー!」


 気付けば親友の女給仕は、病を持つ少女に意味深な目配せをしていた。

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