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4章-1 愛しき断罪

 騎士国イヴナードへと戻る前に、二人は一旦皇都グラドリエルに立ち寄る事とした。


 ()(がれ)時、中央広場の鈴蘭亭にて改めて宿泊の手続きをしていると、長い銀髪の少女〝ジゼル〟が姿を現す。


 彼女は彼等が出立した後も、この宿を含め、皇都に戻って来ていないか(しき)りに尋ね歩いていた。


 いずれにせよ後で訪れる予定だったので、今し方手配の終わった真新しい部屋へと三人揃って向かう。



 移動する間、ジゼル(・・・)はずっと俯き黙ったままで、その表情は(よう)として窺い知れない。


 竜髄症の少女は、いつもなら真っ先にティニーの居所、厩舎の様子を確認してから部屋で合流するのだが、先程来そのまま後を付いてきており、こちらも何も口にする事はなかった。


 一人だけ先を進んでいた術士は、余りの異様さと後ろに響く静かな複数の足音に、何となく死刑執行台へと歩まされている罪人の気分になっていた。




 * * *




 部屋に到着して直ぐ、レルゼアが一通りの荷物を床へと下ろして振り返ると、(しか)してそれ(・・)は直ちに執行される。


 大きな銀糸の塊――〝ジゼル〟の頭が突然こつりと彼の胸の中央を打ち、それを見て最後に入ってきたリテュエッタが、部屋の扉をそっと閉ざした。


 彼の目の前で胸元に頭を寄せてくる小聖女は、何も言葉を発さないまま、小さく打ち震えていた。




 長い長い沈黙が頭を(もた)げる。


 幾ら愚鈍なレルゼアでも、この沈黙の責め苦は流石に(こた)えていた。



 せめて彼女から少しでも非難の言葉を浴びせてくれたなら。


 一度でも、裏切りともいえる愚行を断罪してくれたなら。



「行き先も告げず、突然姿を消してしまって、済まなかった……」


 沈黙に耐え切れなくなった脆弱な術士の口から、自然と謝罪の言葉が漏れる。



 黙って奈落という危険な場所に向かってしまった事。


 その間、とても心配を掛けた事。


 それに対し、今まで一体何処に行っていたんです! とか、一体何をされていたんです! とか。


 そんな手厳しい追及ばかりを想像していたのに、ロレアの方は、騎士の胸で額を拭うようにして、彼の言葉に対しか細い首を振って否定するだけだった。




「実は……私の方から(あらかじ)め全部、伝えて(・・・)あった(・・・)んです」


 ようやく口を開いたのは、立会人の少女、リテュエッタの方だった。



 〝何も告げずに来てしまって良かったのでしょうか〟


 彼女は以前彼に対してそう呟いたのだけれど、それは決して自問ではなく、実のところ彼が今正に求めている非難の言葉そのものだった。


 捨て置かれたロレアからの断罪は、彼女が()うに済ませてくれていたのだった。



 先程から銀色の頭を預け続ける小さな聖女は、今度こそ彼の前で情けなく泣きじゃくってしまわないように、顔を直視して感情が溢れないように、と。


 少しでも成長した姿を見せようとして、両手一杯でも抱え切れない位の安堵を必死になって受け止めようとしていた。



 ――――ようやく、ようやく薄れて来てくれた永遠とも(おぼ)しき恐怖。


 二人が奈落の底へと向かい、そのまま帰らぬ人となる。


 そんな底冷えする(もう)(しゅう)



 全ては杞憂に終わり、未だ消えきらぬ孤独を、頭の先から伝わる彼の温かい鼓動で何度も何度も拭い去りながら、心から聖母神フローマに感謝していた。



 立会人の口からは、彼女が秘かに剣や外套(がいとう)聖なる加護(エンチャント)を授けてくれていた事も告げられる。


「言われてみれば……吸血刺草(ヴァンパイアソーン)を斬った時、意外な程切れ味が良かった。それに外套(がいとう)も、普段よりもずっと温かく、不思議な安心感があった」


 (ろく)に研ぎもせず、もし抜かざるを得ない状況になってしまったら、その時はもう殆どお終いだろうと諦め掛けていたあの(なまくら)


 それが、彼女のお陰だったとは。


 鉱石術による付与と随分感触が違ったから、全くその事に気付けなかった。




「本当に、良かったです…………」


 彼女は小さく声を震わせながら、更にぎゅっと強く目を(つむ)り、瞳から再び何か(・・)(こぼ)れ出してしまわないよう、必死になって耐え忍ぶ。



 あの時。


 〝どうか彼等を護ってください、どうか――どうかお願いします〟と、身を切るような想いで祈り続けた加護が、実際役に立ってくれていた。


 仮にそれがなければ、もっと危なかったのかもしれない。


 そんな胸を締め付けられるような事実を知らされてしまい、銀色の髪をした彼女は、先程よりもずっと強く、(こころ)(ゆる)びの涙を(こら)えなければならなかった。



(やれやれ…………本当に敵わないな)


 この淡く儚げな銀の手の巫女に対し、引き止められる事を(いと)わず、寂しさと強い恐怖を与えてしまう事も怖れず、(あらかじ)め本当の事を伝えていたリテュエッタ。


 そして不安と心配に打ち震えながらも、辛抱強く帰還を待ち続け、(あまつさ)え戻ったところで断罪の一つも口にしない。


 それどころか(ひとえ)に全て(ゆる)してしまった銀の手の巫女ロレア。



 (ひるがえ)って、夜逃げのように出立し、戻るや否やどんなお(とが)めを受けるのかと戦々恐々としていた自身に対し、この二人はなんて気丈で高潔な精神を持っているだろう。



 あの時、あの状況で、忽然(こつぜん)と姿を(くら)ましてしまったら、何処に向かったかなど推し量るまでもない。


 寧ろ行き先すら伝えず、何も告げずに去った方が相手のためだとか、そんなものは明らかな詭弁。


 我が身可愛いだけの単なる保身だったと、改めて気付かされた。


 そして奇しくもそれに気付いた事が、一番の断罪となっていた。




 ならば今度こそ、この二人に負けぬよう、ロレアにしばしの別れを告げる必要がある。


 〝故国イヴナードへと戻る〟と。


 一時的に国外追放されている自身にとって、これも愚か極まり無い選択ではあったものの、今まで自身を翻弄し続けて来た(もう)(しゅう)と決別すべく、どうしても一度戻らなくてはならない。



「――――神から言伝(ことづて)(たまわ)って来た。今一度ここを離れ、騎士国に戻らなければならない」


 事実に基づいて、単刀直入に、必要最低限の結論を伝える。



 少し間を空けて詳細を補足しようとしたところ、眼前の少女は急に顔を上げ、静かに顔を振って彼の続きを(さえぎ)った。


 そうして瞳の奥に、彼をじっと見据える。



「――――どうか、お気を付けて」


 奈落の底での仔細を知らないロレアにとって、〝神〟など、単なる比喩と捉えられたのかもしれない。


 けれど、今更本当の事なんて、彼女にとっては既にどうでも良かった。




 奈落から帰って来てくれる日の事なんて、少し前までは想像すら出来なかったけれど。


 再開して直ぐ、レルゼアがいつになく鋭い目付きで、覚悟を滲ませていたから。


 それは恐らく、かつて自身が描き続けてきた憧憬と同じか、それ以上に強い〝何か〟があるんだろう。



 両手で静かにレルゼアの手を取り、そのまま胸元へと寄せる


 そもそも先程までは、彼等が生きて戻ってきてくれる事すら夢のようだった。


 だから。



「…………またお会い出来る日を、心待ちにしております」


 そんな、背伸びした精一杯の一言。


 聖女たるそれは、今にも降り出しそうな雨模様の瞳で、(たお)やかに微笑む。


 具体的に、それはいつなのでしょう?


 そう訊きたくても、決して訊く事など出来ない。


 既に心が折れそうだったけれど、そのまま駄々を()ねてしまわないよう、過ぎたる言葉はしっかりと胸の底に(とど)め置く。




 きっと。


 きっとまた今日のように戻ってきてくれる。


 二度(・・)も、こうして巡り逢えたのだから。


 これから待ち続ける短い(・・)日々は、これまで長らく想い焦がれて過ごした日々なんかよりもずっと、幸せな時間になるのだろう。


 何となく、そう信じられる気がしていた。




「こんな私に対し…………(いや)、いつかまた来よう。必ず。私もまた、次に貴女(あなた)に会える日を楽しみにしている」


 普段なら絶対に、自ら進んでしない軽々(けいけい)な口約束。



 自身が待つに値する者など到底思えなかったけれど、今の彼女の言葉は、決して社交辞令などではない。


 そんな事は、明白だった。


 今もし自身をそんな風に卑下してしまえば、この小さな少女の想いを全て否定してしまい兼ねない。


 だから、()(じょう)()(ばく)(やく)(じょう)を、進んで彼女と取り交わさざるを得なかった。




 * * *




 (くだん)の〝ジゼル〟が宿を去った後、鉱石術士たる騎士は念のため、傍らの少女に対して改めて同行の意思を確認しておく。


 道は二つ。


 ここ皇都グラドリエルに残るか、共に騎士国イヴナードへ向かうか。


 正直なところ、ラズラムからの使命に限れば、彼一人でも全く問題は無かった。


 寧ろ一人の方が動きやすかったかもしれない。



 ただリテュエッタには皇都に戻る前、(あらかじ)め尋ねてあり、もう答えは分かってしまっていた。


「……そんなの、また改めて訊かないでください」


 軽く息を()き、複雑そうな笑顔を返した。



 もしティニーを置いて行ってくれるのなら、ちょっと考えようかな? なんて軽い冗談は、彼が真剣に悩みそうだったから、言わないでおく事にした。



「――さっきの遣り取りを見て、レルゼアさん、何だか成長したなぁって思っちゃいました」


 エリュシオンの花弁(はなびら)を腐食と乾燥防止の薬液に浸しながら、リテュエッタは心底(たの)しげに本音を漏らしていた。


「出会ったばかりの頃なら、帰りも絶対ロレアさんを避けてたと思います。それに……さっきの約束。あんなに格好良い約束まで」



「……後から色々と知らされて振り返るのは、冥府神との対話で嫌という程()りた。だから、彼女には事前に告げておかなければならない。そう考えた。ただ……それだけだ」


 全く照れた様子もなく、寧ろ反省した風に語る。


 そうしてラズラムとの非現実的な、何処か現実感の無い邂逅(かいこう)を思い出していた。




 銀の手の巫女が〝命の恩人の死〟を告げられた時は、あんな気分だったのだろうか。


 鉱石術士の男は、今更ながらにあの時の過ちを深く悔いていた。



「ふふ……ああいうのは、別に本心じゃなくっても、あんな風にちゃんと約束してくれるだけで、すっごく嬉しいものなんですよ? もちろん実現出来れば、それに越した事はないんですけど……」


 今頃銀の手の巫女に取って、あの約束は何より大切な掌中(しょうちゅう)(たま)となっている事だろう。




「……彼女には悪いが、精々あれ位が今の私に出来る最大限のけじめだろう」


 そんな遣り取りをしながら、リテュエッタは心がぎゅっと痛んでいた。


 〝別に本心ではなくても〟――そんなのはただの()(まん)だ。



 もう戻れないかもしれない、そんな可能性を覆い隠してはいるけれど、彼に取っては(れっき)とした本音だった筈。


 そしてその事は、当然ロレア自身も分かっている。


 あの心優しい(・・・・)約束に対し、自分は今、不意に何て冷たく突き放した嘘を()いてしまったのだろう。




 どうして私の方が、彼の国まで赴く事に。


 何故あの一途で真っ直ぐな聖女様ではなく、私の方が。


 彼女が立場上皇都から動けないのは、無論理解出来る。


 でもそんな〝成り行き〟、本当に下らない。


 私がここに残る事だって、出来た筈だ。




 ――英雄イヴニスに会って、本当に治療の糸口が見付かるの?


 ――身請け先はまだだけど、少しでも長くこの街で安静に療養していたら?


 それに本当なら、()が代わりに……。



 ロレアは決してそんな事を言わないと分かっているのに、頭の中で誰か(・・)の幻影が重なり、殊更(ことさら)(いさ)めてくる。




「あ、今からはあっち向いててください。良いですか? 〝大丈夫〟って言うまで絶対にこっちを見ちゃ駄目ですよ? 絶対、絶対ですよ!?」


 リテュエッタは(がん)(しゅう)しがちに顔を伏せてそう告げる。


 彼が背を向けたのを確認してから、花弁(はなびら)を自らの(あざ)、左太股の付け根辺りに当て、幅広い布でしっかりと固定しておく。



 先程ロレアから教わった方法なのだが、元を辿れば例の珍しい藍色の髪をした女性神官が大図書館で調べてくれた、エリュシオンの花の効果的な使い方だった。


 処置が済んだ旨を告げ、彼がこちらを向き直したところで、彼女は何となく〝手を繋いでみませんか?〟と、無意識に口にしていた。



 自らそう提案しておきながら、何故そんな事を、と内心酷く途惑っていたけれど、彼は直ぐ効能の試験(・・・・・)と理解し、素直に手を差し伸べて来てくれた。


 そうして指先と指先がほんの少し触れ合った瞬間、彼女は弾かれるように何かに気付き、さっと手を引く。



「あ、あはは……あんまり変わってないですね。やっぱり直接触るの……ちょっと痛いです」


 ほんの一瞬だったけれど、レルゼアの方は以前より痛みが和らいでいるように感じられた。


 ただ彼女がそう言うのなら、痛み止めとしての効果はあまりなく、恐らく病状の進行だけを主に食い止めてくれるのだろう。


 少女は乾いた笑いを浮かべながら、触れた方の手をもう片方の手で(きつ)く握り締め、今し方の愚かな挑戦を悔いているようだった。

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