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痞えの少女と終わりの旅  作者: KC
第2章 フローマと銀の手の巫女
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2章-5 聖女ロレア

 衝撃的な邂逅(かいこう)から二日後、レルゼアとリテュエッタは、小聖女に取り付けた約束通り、フローマ大聖堂の前を訪れていた。


「わぁ……何だか心がきゅっとなる感じの所ですね……」


 荘厳(そうごん)な造りの神殿を見て、彼女は感嘆の声を漏らす。


 胸元で指を真っ直ぐに組んでそれを見詰めていた。



 中庭の低木は綺麗に切り揃えられ、美しい対称(シンメトリー)を形成している。


 雪解けの朝露が深い緑に紛れて時折光を放っていた。


 真ん中を突き切る小道の先には、巨大な白い柱が幾つも綺麗な胴張り(エンタシス)で雄大に(そび)え立っており、それらは一般的な神殿の二倍といわず、十倍もの大きさがあるように見受けられた。



 周囲を囲む外回廊は既に多くの人々が行き交っていたものの、真っ白な巨柱に比べて(のみ)のように小さく、柱の奥にはそれぞれ同じ位の高さで偉大なるエスト神族やシエラ神族が彫り込まれていた。


 向かって右手の奥には、これらをそのまま小さくスケールダウンして質素にしたような聖堂別館が幾つか肩を並べて居を構えていた。



 そもそも〝神殿〟とはエスト神族らの(ひと)(はしら)(まつ)る建造物の事。


 フローマはこれら含めた全ての者の母とされ、オルティア大教国ではこのフローマこそ唯一にして絶対の聖母神とされていたため、その名の通り〝大聖堂〟と呼ぶのが正式だった。



 今は世界――フローマから(たまわ)ったとされる〝人の大地〟テリスの殆どに於いて、加護や(おん)(ちょう)の分かり易いフレア=グレイスの(なな)(はしら)が主に人々の信仰を集めていた。


 ただ人の世界(テリス)で最古の歴史を持つ大教国では、たとえ(なな)(はしら)であってもそれらはフローマの子らであり、直接的な信仰が禁じられてきた。


 またオルティアは建国以来約三千五百年もの間、新たな(・・・)浮蝕は生じておらず、その事が古くから続く始祖フローマの信仰をより一層強固なものとしていた。



 浮蝕関係は安定していたものの、冬季の生活環境は特に厳しく、居住に適した場所も峡谷の川沿い程度しか無い。


 それでも浮蝕の心配が無いというのは類い稀な強みで、大教国の人々はこれも偉大なる聖母神フローマの加護に()るものだと信じて止まなかった。



 一方の騎士国イヴナードは、領土内の殆どが温暖で()(よく)な平原だったものの、かつては全域で浮蝕の移ろいが早く、人々が長期間暮らし続けるには適さない土地だった。


 また小さな砦ほどもある大嵐の魔狼(ストームウルフ)(ばっ)()していたため、しばらくの間安定した国家が築かれる事もなかった。


 英雄イヴニスが冥界を相手取った(せん)()を収めた後、広大な平原の一部に加護を(もたら)した事で、浮蝕や魔獣らの脅威が無くなり、建国後急速に発展を遂げてきたといわれている。



 イヴナードではこれらの功績により、英雄イヴニスは生きたままエスト神族の(ひと)(はしら)に迎え入れられたと伝えられており、特に騎士国内の人々からは、人から神となった唯一の存在として深く信奉され、尊ばれてきている。


 しかしながらイヴニスは純粋な戦神、またフローマも失われた魔法や奇跡といった人の扱えない力を拠り所としていた事から、いずれの国でも(もっぱ)ら信仰術としてはエスト神族、即ちフレア=グレイスの(なな)(はしら)(おん)(ちょう)が広く行使されていた。




「はえーー……」


 先程から鉱石術士の横をとぼとぼと歩きながら、リテュエッタはとことん気の抜けた返事をする。


 大聖堂の扉付近まで来て、更なる荘厳(そうごん)さに圧倒されていたのか。それともレルゼアから聞かされ続けた仔細な蘊蓄(うんちく)に面食らってしまったのか。


 恐らくは単に後者であろう。



 そしていざ大聖堂の中に踏み入ると、今度は自然と前者の嘆息が漏れる。


 フローマ大聖堂の構造としては、先ず一番外側が白い巨柱による吹き晒しの(きょう)(ろう)、そして建物のすぐ内側はそれを随分と小さくしたような穹窿(ヴォールト)の細い内回廊となっていた。


 そして中央の礼拝堂に至っては神殿の八割以上を占め、最奥には大理石で(かたど)られた巨大な聖母神の像が、優しい表情で、悠然と佇んでいた。



 その像は、膝までで(およ)そ大人四人分の背丈程はあろうか。


 全体としては、ティニーに乗って飛行していた時の半分の高さにもなる。



 ただそれでも人の世界(テリス)を形作った原初の神としては、まだ本来の大きさに比べ、小さい方なのかもしれない。


 礼拝堂と内回廊を繋ぐ扉の手前からでも、それは顕然(けんぜん)とした存在感を放っており、余りの美しさに、礼拝に訪れた人々を惹き付けて止まなかった。


 目を凝らすと、石造りとは思えない程(たお)やかな衣服の端々には、何かしら古代文字(ルーン)(おぼ)しきものが刻まれている。


 この聖堂に対して何かしら結界の中核ような役割を果たしているようだった。



「――――あれが……フローマ様…………」


 リテュエッタは信徒と同じく祈るように囁く。


 見上げる〝それ〟は慈悲深く、柔和で、伏し目がちな面持ちだった。


(…………何だか、大人になったロレアさんみたい)


 隣に立つレルゼアも恐らく同じ事を考えていた。


 ――もう少しだけ。遠くからでも心が洗われるようなその佇まいに()()れていたかったのだけれど。


 後ろ髪を引かれる思いで彼等二人は(きびす)を返し、礼拝堂を取り囲む中回廊左側の奥へと向かった。




 * * *



 玄関や廊下より一段と白い漆喰(しっくい)の扉に入ると、まるでそこは医療の神ディリジア神殿にある処置室のようだった。


 全く同じ機能を有していたので、寧ろそれ自身ともいって良いのかもしれない。



 中に待ちかまえていたのは初老のベリズン枢機卿と、銀の手の巫女ロレア、そして付き人と思われる者が数名。


「ようこそ、お待ちしておりました。お客人。えぇと……」


「――――レルゼア様と、リテュエッタ様」


 最初口火を切ったのはベリズン枢機卿の方で、両の手を(おお)(ぎょう)に広げて(うやうや)しく歓待の辞を述べる。


 少し詰まったところを、傍らに立つロレアが(そつ)なくフォローした。



 男はこの中で明らかに序列が高く、幾つもの金刺繍が所狭しと(ちりば)められた朱色の法衣(ローブ)(まと)っており、(きら)びやかながらも、(しゃ)()で嫌味な印象は全く受けない。


 また当人もこの法衣(ローブ)に勝るとも劣らず威風堂々としつつ、為政者特有の(おご)りや威圧感のようなものは鳴りを潜め、二人の胡乱(うろん)な客人の事を丁重に出迎え入れていてくれていた。



 かの見知った聖女の方は、一昨日の夜に出逢った時よりもほんの少し凜とした表情を(たた)えている。


 彼女の身を包む白の祭服も、先日や周囲の女性神官らよりほんの少しだけ飾り縫いの多いものとなっており、ただそれだけで、まるで別人のように儚く、尊く見えた。


 そしてこれが――オルティア内でよく知られる銀の手の巫女、〝小聖女ロレア様〟本来のお姿だった。



「今日はお忙しいところお呼び立てしてしまい、大変申し訳ございません」


 聖女はそう言って軽く会釈する。


 実際に呼び立てたのはレルゼアの方だったのだが、それを滑り出しとしてベリズン枢機卿は、


「重ね重ね恐縮ですが、(わたくし)めは、これで」


 彫りの深い(がん)()から客人らを一瞥(いちべつ)し、再び(うやうや)しく(こうべ)を垂れる。


 そしてそのまま付き人らを引き連れ、手狭な小部屋を後にしていった。



 古老ばかりの枢機卿の中、突出して若かった彼は、殆ど引退状態となった司教レドラスに代わり、手ずから聖女の責務に係る辣腕(らつわん)を奮っている。


 彼女を〝銀の手の巫女〟と呼び始めたのも実はこの人物で、白く銀色めいた指が黒の(けが)れを取り込むさまを(もっ)て、そう名付けたのだという。


 そして昨日、この聖女の方から非常に珍しく、恐らく初めての事として、〝客人を招きたい〟という申し出があったため、体裁上ここまで出張らざるを得なかったようだ。


 ロレアは当初彼等二人と自分だけでの面談を願い出たのだが、流石にそこまでは許容できなかったようで、女性神官を一人を付け置く事となった。


 結果として聖女とその女性神官、客人二人の計四人がこの室内に残されていた。



 銀の手の巫女たる少女は軽く溜め息を()き、ようやく弱々しく微笑む。


「……ふー、堅苦しくてごめんなさい」


 彼女は一昨日と部屋に着いてからの中間位、どちらかと言えば一昨日の夜に少し近い(ほぐ)れた表情を見せる。



「あのね、この御方(・・・・)はリゼル。いつも私のお勤め――治癒の儀式を手伝ってくれてるの」


 腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた深く美しい藍色の髪。


 ロレアと同じくらいにほぼ見掛けない色をした彼女に対し、ロレアなりの冗談を言うと、未だ枢機卿が傍らにあるかのような堅い表情で、(ぎん)ずるようにそれを受け流した。



「この御方、とは随分と(おそ)れ多い事ですね。(わたくし)リゼルの事は、どうぞお気になさらずに」


 それを聞いたロレアは負けじと、


「――――だって、私より六つも年上で、〝大先輩〟なんだもん」


 (わざ)と甘えたように口を尖らせると、連られてリゼルもようやく小さな微笑みを(こぼ)す。



「そもそも私よりずっと目上の御方に、いつもそのような言葉遣いはなさらないでしょう?」


 彼女は丁度顔の下くらいの桃色(きら)めく聖女様の頭を優しく撫で付ける。


 それだけで彼女らの気易い関係が見て取れた。



 最初は少しだけ年の離れた姉妹程度に感じられたものの、()()く見ると仲の良い母子のようにも見えてくる。


 まだうら若く、(しと)やかな彼女に対しては大変失礼な話かもしれないが。



 心地良さそうに撫でられていた少女は、改めて客人らの方へと向き直ると、自慢げに告げた。


「実は先日の〝ジゼル〟という名前、実は咄嗟にリゼル先輩(・・)(もじ)って付けたものなんです」


 そうだったんだ!と少し楽しそうなリテュエッタ。


 成る程、と余り興味の無さげなレルゼア。



 変装時の偽名については、本人を除けば養祖父のレドラス、それからこの女性神官位しか預かり知らない事だった。


 そもそも〝咄嗟に使い出した〟のはもう三年も前の話で、二人はその言葉の綾に気付く事はない。


 裏を返せば、そうした内緒話がするすると出てきてしまう程に気心の知れた仲だったから、今日の付き人はロレアの方から指名したとのだという。


 そしてこの小聖女曰く、女性神官の中ではロレアの次に大聖堂での生活が長く、また当時から見た目が殆ど変わっていないらしい。



 〝それは私が老け顔という事なのでしょうか?〟と、今度は母の方が子を困らせている。


 実際その自虐は正反対で、ロレアやリテュエッタらと余り変わらない程瑞々(みずみず)しい面立ちだった。




「――ではそろそろ本題を。(わたくし)リゼルは、こうして耳を塞いでおりますので」


 彼女はロレアの元から少し離れ、後ろを向いて本当に両耳に手で蓋をする。


 しかしあの程度なら恐らく筒抜けで、〝全て聞かなかった事にする〟という意思表示なのだろう。



 大聖堂に籠もり切りの聖女様と、そもそもどうやって知り合ったのかさえ伏せた状態。


 更には長年一緒に過ごしているにも(かか)わらず、その彼女が恐らく初めて見る何処ぞの馬の骨とも知れない客人とのやり取りについて、この女性神官は一体どうやってあの男に報告するつもりなのだろう。


 レルゼアはその事が酷く気に掛かっていたが、考えても(せん)()き事と、今は些細な疑念を頭の片隅へと追い遣る事とした。

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