非日常
エレベータが止まりドアが開く。58階だ。
「皆さんは各々で割り当てられた仕事についてください。業務上僕が一番時間掛かるんですけど先に帰らないで下さいね」
「帰らねぇよ」
下らない冗談を言いながら俺は自分の作業スペースに向かう。
いつもなら計器チェックは一番楽な作業なのだが、今日だけは違う。ここが炉心周りということもあって、計器の数が尋常ではなく、また要求される作業精度も段違いだ。
「いっつも楽してるからなぁ、今日くらい頑張りますか。」
自分を励まし作業を開始する。配給されたデータパッドを参照しながら計器を調整していく。
そういえば、どうしてこんなにも計器が狂うのだろうか。俺が計器チェックを行うのは久しぶりだが、俺以外だって誰かが定期的に行っているはずだ。ならその短期間で計器を不調に追いやるような物質を扱っていることになる。正直機械を狂わせるものなんて磁気くらいしか思いつかない。
などという無駄なことを考えながら作業を進める。
どれくらい作業しただろうか。
俺がその計器の調整を完了した瞬間だった。
けたたましい程のサイレンが鳴り響いた。
最初は俺が計器の調整をしくじったのだと思った。しかし、俺が今まで触っていた計器は何も音を発していない。
周りを見渡すと、避難勧告用の誘導灯が煌々と光っている。要するに異常事態だ。
俺は作業に使っていた工具を放り出しデータパッドを掴んだ。最悪これだけ確保できていればいいだろう。そう考えて誘導灯の指し示す方へ走り出そうとした。
でも、俺はそうしなかった。なぜか。
人がいるのだ。さっきまでは確実にいなかったはずの人影が誘導灯の先にいる。
ここで作業しているのは基本的に俺一人のはずで、ここは炉心に最も近いフロアなのだ。侵入者だろうか、そう身構えた次の瞬間、ピピピピと腰につけた端末が明滅した。それはこのフロアが危険な状態にあることを示すアラームだった。
視界が歪んだ。気持ち悪い……ひどい吐き気がする。
「ゲェェエ……‼」
ボタボタとさっき飲んだゼリーを撒き散らしながら、床にうずくまった。段々と視界が端から暗くなっていく。
俺の意識は深い水底に沈んだ。