2章 生誕祭、婚約解禁、マジで萎え 004
私は五人の貴族達に囲まれる。私もそれなりに背は高い方なのだが、流石に男性の比ではない。
ズズいと寄られると、まぁ控えめに言っても何かしらの圧を感じるよね。
隣のネーナはそれこそ、女性の標準よりもやや小さいぐらいなのだから。その圧たるや、恐怖に感じてもおかしくないだろう。
困惑している私をよそに、五人の貴族達はここぞとばかりにアピールタイム。
自分語りを始める者、とにかく色々な部位を褒めまくる者(おいっ!)、ただただ筋肉を動かす者(帰れっ!)と、三者三様だ。
私の年齢を精神的に鑑みれば相手は、貴族の生まれといえど若い男子。軽くあしらうのは難しくないはずなのだが。何故かそれができない。
身体が、巻きばね装置の切れかけた機械人形みたいに、ギギギと、言う事を聞いてくれないのだ。
やはり未成熟な肉体に、心が引っ張られてしまっているのか。
えぇーい、仕方がない。
「あ、ははは……オホン。ネーナ、少しお粉はどうでしょう?」
お粉、と言った途端にネーナはすぐさま対応。
「畏まりました。コホン……ええぇ、王女殿下は少しお直しの時間と致します。貴族のご子息様におかれましては、しばらくの間、食事にご歓談のほど。ひらにご容赦願います」
ドレス姿は置いておくとしても、完璧なお辞儀を、間髪入れず。五人の貴族へ向けるネーナ。
そこには有無を言わせない何かを込める。
流石は王女そば付きの侍女、私は鼻が高いですよ。
お粉とは、平たく言えばトイレに行きたい意思表示の、婉曲表現である。過去に一回『お花を摘みに行く』、と表現しても伝わらなかったのを思い出す。
キャロライン先生に、『お花を摘むならば、下々の者に行かせます』と言われたっけなぁ。
「あ、え? あぁ……」
侯爵家、伯爵家の子息達には、この表現の意味は分かったのだろう。思い出した感は否めないが、それなりの教育は受けている様だ。
子爵家、男爵家の、ワンコと筋肉は見事にキョトン顔で首を傾げた。
まぁ、そりゃ教わらなかったら分からないよね。貴族といえど、位によって情操教育は様々なのである。
そんな感じで、私とネーナはそそくさと、会場を後にするのだが。それを引き留めようとするワンコと筋肉に、侯爵家が演技臭く手を広げ、止めに入る姿を目の端で捉えてしまう。
なんか得意げに『やれやれ、分かってるだろう? 彼女達を行かせてあげたまえ』、みたいなドヤ顔でワンコと筋肉を制するのだ。
いや、お前もそのドヤ顔で大仰に振る舞ってる時点で、失格だからなっ!
……
…
私とネーナは、王宮の王族専用のお手洗いへと到着する。
「ふぃぃ、シンドいー」と、着くなり私はドレスのインナーコルセットを両手でつまみ。下ズレしてしまった分を、再び胸部あたりへとグリグリ戻す。
それから洗面器の端に手を置き、どっと項垂れる。桶に張られた水が、静かに波紋を広げ、私の顔をぐにゃりと映す。
「あぁっ……! シルヴィもしかして。あの場を離れたい為だけに、ここに来たぁ?」
「あ……バレたぁ?」
「うわっ、バレたじゃないよぉ。これ、キャロライン先生に見つかったら、私が怒られちゃうじゃないっ」
「ごめんごめん、ネーナ。なんだかもう、辛くてぇ……」
「もうっ」、ネーナは頬を膨らませ、腰に両手を当ててズイッと近寄る。が、しかし。
「まぁ、なんとなく分かるけどさぁ……」
と、それとなく同意を示してくれるのだ。
「なんというか……貴族の方達って。なんていうか、ヘンだよね。ふふっ……」
「ネーナ、分かってくれるぅ?」
「うん、まぁね。そりゃあ、私も物心ついた時から、王宮に出入りしてるしねぇ」
へへっとはにかみ、栗色の髪が揺れる。私はネーナの言葉に、うんうんと頷き洗面台に腰掛けた。
「でもねシルヴィ。ヘン、って言ったけど。それは、私達みたいな庶民と比較すればでさ。貴族の方々は、特別な教育とかしきたりで。私たちとはそもそも住む世界が違うってだけで。まぁ、実はそんなに驚きはないんだよぉ」
意外なネーナの言葉に、私は固唾を飲む。
ヘンはヘンだけど、それはもう、そういうもんだって事……かな?
「ふふ、それよりも実は一番、ヘン、なのは……シルヴィ。シルヴィニア王女殿下の方なんだよ? 知ってた?」
「えっ!?」
耳を疑うネーナの発言に、私の心臓はバクバクと音を立てる。
そんな私の表情をどう受け取ったかは分からないが、ネーナは慌てた様に。「ち、違う、違うシルヴィ。これは褒めてるんだからね。褒めてるのっ」と、手をバタバタ宙に泳がせた。
「褒めてる、の?」
「うん、そうっ。そうだよっ、ほんと。その……ごめん言い方が悪かったね。えぇえーと、そうだなぁ。
ーーシルヴィはさ、なんというか。貴族や王族の方々が持つ、雰囲気……って言うのかな。そうゆう上に立つ人達、独特の空気感が全くなくてさ」
アセアセしながらも、言葉を選んで喋るネーナ。雰囲気、空気感、それは確かに私には無いだろう。だって、元はただの庶民だもん。
「その〜、さ。悪い意味じゃないからね。誤解しないでねシルヴィ。その、シルヴィはさ、とってもとっつきやすいというか、なんか……王女様なのにほんとに、街で同い年の子と話すような感じで、いつも接してくれるから。ほんとに、なんか不思議なの私。
ーーうぅぅ、なんて言ったらいいか……」
ネーナは手をバタつかせて、かなり早口で捲し立てる様に喋る。
ここである問いかけが、私の頭によぎった。そしてそれを、彼女に聞いてみたくなってしまったのだ。どうしようもなく。
「……ネーナは私の事、友達と思ってくれて……る?」
「えっ!? う、うぅ。そのっ、王女と侍女じゃ、と、と、友達……って、とても公では言えないんだけど……」
「だけど?」
「う、その……う、あ、その」
ネーナの頬は若干、桃色に紅潮し。ドレスのスカート部分を握って、モジモジとしだす。
少しの間を取って、ネーナは静かに頷いた。
コクリと、伏し目がちに。
頷いてくれたのだ。
「うわぁぁ〜、ネーナに嫌われてたらどうしようかと思ったぁぁぁっ」
思わずネーナに抱きついてしまった。
「わ、ちょっ、シルヴィ! そんなっ、私が貴方を嫌うワケないよぉ」
「ありがとぉぉっ、ネェ〜ナァ〜っ。私は親友だと思ってるぅ〜」
「しっ、親友っ!? シルヴィ……ありがと。ふふ、もうっ。これだから、鉄球王女様はみんなに好かれてるのよぉ」
最後の方の言葉は尻窄みに弱まっていって、よく聞き取れなかった。なので「えっ?」、と聞き返す。
「いいえ〜、なんでも〜」、なんてネーナは返すの。
教えてって聞くけど、また今度。なんて言われて、私は少し唇を尖らした。その不貞腐れた様な表情が面白かったのか、ネーナは吹き出してクスクス笑うので、つられて私も笑ってしまった。
良かったぁ。ネーナに嫌われてなくて……
と、そこでズゥゥンと建物が揺れた。一拍あとに、晴天を突き破る霹靂かの様な悲鳴が、王宮中に響き渡る。
『きゃあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーーっ!!』
「何っ!?」
「きゃっ!?」
声の方向からすると……生誕祭の会場の方からか。
私とネーナは顔を見合わせ。王族専用のお手洗い場から、二人して廊下へと出る。
今居る場所は、会場からはそんなに離れてはいない。
「多分、大広間の方だよね?」
「そうだと思うけど……シルヴィ、私なんか嫌な予感がする」
「ネーナ、取り敢えず行ってみよう」
響いた悲鳴には、明らかに不穏なモノが込められていた。
私は、ドレスの裾を持ち上げ、走る。
「待って、シルヴィ!」
慣れないドレス姿のネーナは、走るのも一苦労。一歩目で、私との差が開いてしまう。
「ネーナは待っててぇ! 様子次第で、衛兵さんの所に連絡をっ!」
「わ、分かった。シルヴィ! お願いだから無茶しないでよっ」
もうすでに数メートルも離れてしまったネーナに、親指を上げてサインを送る。
私はもう一度裾をたくし上げ、もっと速度を出して走った。自分で言うのもなんなのだが、運動神経は抜群だったりするのだ、私は。(密やかに自慢を入れる。王女としては、運動神経などと言うモノは使う時など無いらしい。キャロライン先生談)。
しかし、あの悲鳴。まさかの暴漢だろうか。いや、ここは王宮のほぼど真ん中なのだ。そんな人物の出現など、およそ考えられない。
なら、酔っ払った貴族のおじ様が、コケて窓に突撃して血塗れとか? いや、もしかして……
一瞬よぎった考えは、あまりに怖すぎる。
暗殺。毒殺っ!?
王国の重要人物が、今宵は一堂に会す。それを隠れ蓑に……
いや、まさかのクーデター!? 不甲斐ない私に天誅的な、なっ!?
グルグル巡る思考で、目が回りそうになりながら。
私は会場の扉を開けた。