7.ワタクシ、サンガクガ苦手ナンデス(迫真)
「ハンスさんのお店ってスタング領にあるんですか?」
ハンスさん、若夫婦の旦那さんの名前で、茶色の髪に純朴そうな面持ちの青年である。
両親が王都で商会を開いており、そこで数年修行して経験を積み、独り立ちしたそうだ。
「ええ、錬金術が盛んな場所なので、そこに目を付けました」
「この人、最初は錬金術師になりたかったんですよ」
そう答えたのは、奥さんのアンネさんだ。
アンネさんは深い緑色のロングヘアで、ポニーテールにしている。純朴そうなハンスさんと比べて、アンネさんは明るく美人な容姿をしている。
どうして、こんな素朴な男に、こんな美人が嫁ぐのか俺には分からない。
「僻みですか?」
「妬みだ」
そのアンネさんのお腹は膨らんでおり、その中には二人の愛の結晶が宿っている。
「どうして錬金術師にならなかったんですか? やっぱり難しいとか?」
「ええ、恥ずかしながら僕には才能が無かったようで断念しました。一応、ポーションは作れるんですが、それ以上の物がどうしても作れなくて……」
はははっと笑うハンスさん。
笑って誤魔化しているようだが、未練があるように見える。
現実を見て夢を諦めたのだろうが、それでも完全には捨て切れないと言った所だろうか。
どちらにしろ、俺にはどうにも出来ない話だ。
「ですが、こっちの方は才能があるようでして、上手くやらせてもらっています」
そう言って、馬車の荷台にある積荷に視線を向けた。
そのには、大量の資材が積まれており、スタング領に住む錬金術師に下ろす為の物なのだとか。
錬金術を齧っていたこともあり、それに対する目利きはかなりのものらしい。
「もう直ぐ家族も増えますし、今更、夢を追いかけたりしませんよ」
その言葉は、俺達に対するものではなく、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「あの、お二人はスタング領へは、何しに行かれるんですか? お二人ともお若いですけど」
何だかワクワクした様子のアンネさんが尋ねて来る。一体何を期待しているのだろう。
「えっと、こい、サンのお姉さんがスタング領に嫁い」
「観光です」
「……は?」
「スタング領へは観光に行っています」
まさかの回答に驚く俺。
いやいや、さっきと言ってる内容違うじゃんとツッコミたいが、アンネさんが良い所ですよと言って笑顔を振り撒いており、言い出せなかった。
どういう事だと、視線でサンに問い掛けると、黙っていろこの野郎と返された。
こいつは性格が悪すぎじゃなかろうか。
「違います。後で説明しますと送ったのです」
どうやら、俺の電波が途切れていたようだ。てか、そんなんで通じるかい。
アイコンタクトで意思が通じ合うなんて、そんなの夢物語である。
「ところで、タダシさんとサンさんはどう言ったご関係なんです?」
傍目からしたら当然の疑問だった。
俺達は一見、貴族のサンとそれに仕える俺のような構図だが、実際はタメ口どころか、サンが俺に敬語を使っている。
これでは、俺という人間が社会的にどういう立ち位置なのか分からないのである。
だから、サンとは事前に打ち合わせをしていた。
「はい、タダシは私の家庭教師です」
嘘つけと若夫婦の二人から無言のツッコミが入る。
やっぱ厳しいっすよサンさん。
俺の思いはサンには届かず、いや届いているが無視して更に言葉を続ける。
「私、こう見えて算学が苦手でして、お父様に無理を言って家庭教師を雇ってもらったんです」
いけしゃあしゃあと嘘を重ねるが、その声は落ち着いており、恥ずかしそうな演技もあり、サンの言葉には人を信用させる力があった。
人はそれを詐欺師と呼ぶが、ここで損する人はいないのでセーフだろう。
「タダシさんって凄いお方だったんですね」
尊敬の眼差しが俺の心を抉る。
誰も損はしなかった。だが、俺の心は確かに傷付いた。罪悪感、羞恥心、この二つが俺を苦しませる。
「あはは、ソウデモ、ナイデスヨ」
俺は彼らの目を見れなかった。
その後も会話は続き、日が暮れる前に中間地点の町に到着することが出来た。
途中からの移動が馬車に乗れたというのもあり、徒歩で移動していた時と比べて疲れは少ない。
ただ、めっちゃ尻と腰が痛いだけだ。
「サンさ〜ん、この痛みは何の痛み? もしかして力の覚醒の前兆?」
「馬車の振動で痛めただけです。あと、覚醒したいならもう一度死ぬしかないですね」
「辛辣過ぎて辛い」
今は町で宿を取り休んでいる。
夕食をハンスさん達とご一緒する約束をしているが、これではとてもではないが動けない。
「回復魔法ぷりーず」
「それでは、私のやる気も無くなってしまいますよ」
「サンさん、どうぞ私めに回復魔法の施しをお願い申し上げます。はは〜っ」
「寝そべって、はは〜と言われるとバカにされてる気がしますね。ですが、まあいいでしょう。ハンスさんとの約束の時間も近付いてますので、今回は大目に見ましょう」
「あざーす」
サンが手を翳すと俺の体が淡く光り、腰と尻から痛みが引いて行った。
何となく分かってはいたが、サンに何かをしてもらう時は、必ずお願いをしないといけない。
モンスターを倒す時も、助けてもらう時も、誰かを助ける時もそうだ。必ず俺が頭を下げないといけない。
「殆ど下げてませんけどね」
「気持ちの問題だから気にすんな」
どうしてお願いしないとしてくれないのか、サンが肉体を手に入れた頃に尋ねた事があるのだが、
「私を自己と認識させない為の配慮です」
と言われた。
どういう事だと聞くと、サンという存在は俺の一部ではあるが、サンに秘められたチートは完全に貰い物なので、俺とは別の物として考え、頼るにしても何かしらの制約があった方が良いとの判断らしい。
俺が貰ったチートなのに、お願いしないといけないなんて、おかしくないか?
てか、どうしてお前が決めてんだよ。俺の一部なら、俺の言うこと聞かんかい!
なんて抗議すると、
「このチートは天に帰すことも可能ですが?」
完全にチートを人質に取られた状態になってしまった。
俺は俺の一部に完全に敗北したのだ。
「黄昏れてないで、食堂に向かいましょう。ハンスさん達がお待ちですよ」
俺の気持ちを知ってか、知って無視しているのか、扉を開けて先に行けと促した。
ハンスさん達との食事を終えて、明日の以降の予定を聞くと、スタング領まで乗せて行ってくれるという。
あざーすとお礼を言うと、サンから頭を叩かれたが、感謝の気持ちは伝わったのか笑顔で応じてくれた。
公衆浴場で汚れを落として、あとは宿で寝るだけとなり、部屋に戻ったのだが。
「魔女、覚悟っ!!」
部屋に入ると、褐色の少女がサンに向かって短刀を振り下ろした。