6.車軸?しゃじくとはつまり馬車のしゃじくと言う事だ
サンが受肉して二日後、ひたすらに道を進んで国境に辿り着いた。
歩きっぱなしで、足が痛くて仕方がない。
途中でサンに背負ってもらったが、流石に人がいる所だと恥ずかしいので、痛みを我慢して地面に降り立つ。
「お礼は無いのですか?」
「サンさん、この度は誠にありがとうございました!」
ここまで、おんぶしてくれたサンにお礼を言うと、子鹿の足取りで遠くに見える関門に向かう。
そして、もう直ぐで到着という所でサンがある提案して来た。
「回復魔法掛けましょうか?」
「もっと早く言ってくんないかな!?」
回復魔法の存在を忘れていた俺も悪いが、サンも敢えてギリギリまで言わない。ここまでの道中で、コイツの性格は大体分かった。
俺のこと、ご主人様と呼ぶわりに、まったく敬っていない。寧ろ揶揄って楽しんでいる節まである。てか、それしかない。というか明言していた通りで、割と泣けて来る。
道中の食事も上手く、汚れを落とす魔法なんかで便利な奴だなぁと思っていたが、ちょいちょい罠を仕掛けて来るのでタチが悪い。
俺の一部と言うには、少しばかり性格悪くないかと思ってしまう。
「これも、ご主人様の中に眠る被虐性の表れです」
「優しさだけを出してくれても良いんだよ」
サンから回復魔法を受けて、元に戻った足で関所に並ぶ。それほど人が多い訳ではないが、検閲に時間が掛かっているのか歩は遅い。
「なあ、暇だから何かして遊ぼうぜ」
「また急ですね。良いですけど、エッチなのは嫌ですよ」
「誰もそんなこと言ってねーよ! てか、俺だって嫌だわ!」
サンの見た目はミルローズ嬢のものというのもあり、かなり良い。列に並んでいる人達からも注目を集めており、人を惹きつけるだけの容姿ではある。
しかし、俺はどうしても、こいつを異性として見れない。
サンを女だと意識するのに、もの凄く抵抗を感じるのだ。
「それはそうでしょう」
「あの、ナチュラルに心読むの止めてもらっていいっすか?」
「それは不可能です。勝手にご主人様の思考が流れて来るので、止めようがありません」
「俺のプライバシーが死んでる!?」
「そんな事はどうでも良いので、忘れて下さい。ご主人様が私に異性を感じないのは、元が一つだったからです。私は神の手により作り出された存在ですが、その大元はご主人様になります。ですから、ご主人様が私を見て発情するという事は、ご主人様がご主人様を見て発情するのと同義なのです。つまりは、ご主人様は変態という事です」
「つまりじゃねーよ!? 興奮もしてないし、発情もしてねーよ!!」
遠回しに人を変態と罵るサン。
それにブチ切れて反論するが、まるで自分の言っている事が正しいと、俺が俺を見て興奮する変態だと決め付けている。
「違うのですか?」
「ちげーよ!お前が俺なら、分かって言ってんだろうが!?」
「……そろそろ順番が回って来そうですね。どうです? 暇は潰せましたか?」
「……ああ、時間と一緒に体力も消耗したがな」
並んだ列を見ると、残り僅かとなっており、前の馬車が行くと俺達の番が回って来る。
関所に立っている衛兵は、ここが国の玄関口と認識しているのか、しっかりと職務を遂行していた。
「次、前へ!」
呼ばれた馬車が前に出ると、二人の衛兵が馬車の中を検める。幌の中には積荷が積まれており、蓋を開けて確認している。
「こちらがリストと商業許可証になります」
馬車の持ち主である若夫婦は、どうやら商人のようで、積荷の種類が記載されているリストを渡し、顔写真の付いたカードを差し出していた。
兵士に入国する目的を尋ねられると、スタング領という場所にある自分の店に帰ると答えていた。
「間違いないようだな、通行料に銀貨十枚納めよ。次、前へ!」
馬車が門を通り、俺達の順番が回って来る。すると、俺達の、サンの方を見てほうっと声を漏らした。
衛兵は一度咳払いをすると、先程と変わらない対応を始めた。
「お前達は何用でマギロニカ王国に来た?」
マギロニカ王国とは、俺達が入国しようとしている国の名前だ。サンから聞いた話だと、魔法と科学が共存している国らしく、周辺国では一番発展しているらしい。
それでも、使っている移動手段が馬車なので、文明レベルは現代日本と比べるまでもないだろう。
「目的ですか? 観光です」
「違います。スタング領に嫁いだ姉を尋ねて来ました。こちらが通行証になります」
俺が衛兵の問い掛けに適当に答えると、サンが速攻で否定する。そして、鞄から取り出した用紙を一枚、衛兵に差し出した。
それを手に取った衛兵は、通行証に目を通すと疑いの目でこちらを見た。
「ラスタンドル侯爵家……馬車はどうなされました? 従者は他に居られないのですか?」
「道中、盗賊とモンスターに襲われ、命からがら逃げて参りました。馬車と従者はその時に……。 このような姿で恐縮ではありますが、わたくしミルローズ・ラスタンドルは、末席ながらラスタンドル侯爵家に名を連ねる者にございます」
悲壮な表情で同情を誘うサンは、嘘も交えつつ事情を説明する。最後に力強く名乗り、礼をする姿に衛兵達は飲み込まれ、疑いの目を向ける者はいなくなっていた。
かく言う俺も圧倒されて動けなかった。
サンの立ち振る舞いはそれほど洗練されていたのだ。
「なあ、さっきのもチートの中に含まれてるのか?」
「いえ、先程のは神様から頂いたものとは関係ありません」
関所を通過した俺達は、マギロニカ王国に無事入国していた。元々エアールブ大公国とマギロニカ王国は同盟国らしいので、そんなに関所は厳しくないようだが、勝手が分からずヒヤヒヤしていた。
結局はサンを、ミルローズ嬢として押し通すことで、てか体はミルローズ嬢の物なので、問題なく通行できたわけである。
「じゃあ、さっきの礼儀は何なんだよ? 俺はあんなの出来ないぞ」
「先程のものは、ミルローズ嬢の記憶から引っ張り出したものです。 流石は、とでも言いましょうか、王族に嫁ぐ為の教育の賜物のようです」
「じゃあ、さっきのはミルローズさんの技術なのか……、俺も出来るようになるかな?」
「さあ、十年も練習すれば出来るんじゃないですか?」
サンの適当な返答を聞いて、俺には無理そうだなと諦めた。十年とはミルローズ嬢がそれだけの期間、訓練を積んで来たから出た言葉なのだろう。
俺にそんな努力は出来ない。
だからチートを欲したのだから。
「いえ、ミルローズ嬢は一ヶ月で出来るようになったようですよ」
「……さいですか」
まるで、お前には才能ないから諦めろと言われているようで、少しだけ悲しくなった。
それからしばらく歩いていると、商人の馬車が立ち往生していた。
その商人は関所のときに、俺達の前にいた若夫婦だった。
二人は馬車の車輪の方を見ており、どうにも困ったという様子だ。
このまま無視して通り過ぎても良いのだが、俺のテンプレセンサーが反応してしまい、ここで助ければ、後でお助けキャラになってくれるのではないかと確信に近い迷推理をしてしまう。
「迷って自覚はあるんですね」
「……人間、助け合わなくちゃな」
「打算まみれの言葉ですけど、無視するよりはマシですね」
サンの言葉を無視して、困っている人の元へ駆けつける。そして声のトーン落とし目で、ヒーローっぽく話し掛ける。
「やあ、どうなさいました? 何かお困りのようですが?」
「あの、貴方は?」
「これは申し遅れました。人助けが趣味の直志と申します」
サンに負けず劣らずの礼をして、若夫婦を圧倒する。
その思惑は成功したのか、若夫婦は頬が引き攣っていた。
「ただ引いてるだけですよ」
だまらっしゃい。
「えっと、タダシさん。助けてもらえるお気持ちは嬉しいんですけど、車軸が壊れてしまって、どうにもならないんです」
「車軸、しゃじく?……なるほど」
「分かってませんね、車輪を取り付けている骨の部分になります。これが壊れると、馬車の運行は不可能になります」
「そうか、つまり車軸を治せば良いんだな」
俺の言葉に若夫婦は驚き、なるほどと納得した表情だ。
「呆れてるだけですよ。この場合、近くの町まで行き、代わりの馬車を用意するのが一般的です。ただ、その伝手があればの話ですが」
それを聞いた若夫婦は首を振り、馬車を借りる当てがないと言う。馬車は財産だ。面識も無く、信用のない人に貸す人物はいない。
それは世界が変わっても同じ事だった。
「じゃあ、やっぱり治すしかないじゃん」
「ですから……」
「サンなら出来るだろ」
俺がそう言うと、サンは虚を突かれたように口をつぐんだ。
「……お願いして頂ければ」
「じゃあお願い、この馬車の車軸を治してくれ」
「姿勢がなっていませんが、よろしいでしょう。少々魔法を使いますので離れていて下さい」
それだけ言うと、サンは魔法で馬車を浮かせて修理に取り掛かる。
その光景に若夫婦は驚いており、斯くいう俺も驚いていた。
折れたはずの鉄製の軸は、一度分解され鉄の塊となり、高熱を放ちながら元の形の軸へと戻って行く。
言葉にするのは簡単だが、見ている側からすれば理解不能で、何をやっているのか説明求む状態だ。
「知りたいですか? 実演付きで説明すると一時間くらい掛かりますよ」
「いやいい。説明されても忘れる自信があるし、この人達も待ってるだろう」
一つ頷いたサンは、車軸に向かって指を振ると、複雑な幾何学模様が刻まれていき、これで終わりですと一言呟いて馬車をそっと降ろした。
そして、どうぞと若夫婦へ手を差し伸べると、ハッとしたのか若夫婦の旦那さんが我に返る。
「あ、ありがとうございます!! まさか錬金術師の方だとはつゆ知らず、是非お礼をさせて下さい!」
その姿は、感謝しているようだが、若干怯えているようにも見えた。きっとサンが怖いに違いない。
「間違ってはいませんが、違いますからね。恐れているのは、私と言うより錬金術師の方です」
「どうして錬金術師が怖がられるんだ? ただの職業だろ?」
「理由はその料金にあります。錬金術は専門職なので、それを口実に高額な料金を請求する輩が大勢いるんです。ですので、安心して下さい。私は錬金術師ではありませんから」
前半は俺に向けて、後半は若夫婦を安心させるように言葉を紡ぐ。
その声音は優しいものであり、その声を聞いた若夫婦は安心した様子だが、それとは別の疑問が浮かんだようである。
「錬金術ではないとなると、今のは一体……」
じゃあ今のは何だったのかと、分からなくなったようだ。自分の知識と照らし合わせると、今の現象の説明が付かないのだろう。
しかし、その疑問にサンが答える。
「ああ、錬金術師ではありませんが、錬金術は使えるんです。高額請求するつもりはないので安心して下さい」
「そ、そうですか」
困惑した様子だが、一応納得はしたのだろう。
ここで一旦会話が途切れたので、俺がしゃしゃり出る。
「あのー、お礼がしたいってことですが、それは如何ほどで?」
手を錐揉みしながら、二人の間に割って入る。
錬金術師だからと言って、何もお礼をせずに行くつもりじゃないよなぁと若夫婦に視線を送ると、今度はあからさまに頬が引き攣っていた。
「え、ええ、それはもう! 是非、うちの店に来て下さい」
旦那さんに代わって奥さんが答える。
どうやら、お店に招待してくれて、何か商品をタダで貰えるようだ。
「誰もそんなこと言ってませんよ。捏造は止めて下さい」
どうやらダメなようである。
その後、若夫婦こと、ハンス夫妻の馬車に同乗させてもらい、街へと向かうことになった。