5.不遇なミルローズ(嘘)
あの後、俺たちは馬車から物資を拝借すると、その場を後にした。
俺の腰には剣を携え、胸当てと籠手を装備している。これは、死んだ盗賊が使っていた物ではあるが、サン曰くかなりいい物なのだそうだ。
兜も欲しかったのだが、転がった兜には、ある物がハマったままになっていたので断念する。
馬車を使えたら、そのまま使用したかったのだが、盗賊の仕業か馬が切り離されており、ただの箱だけが取り残された状態だった。馬車には装飾品が多数あしらわれており、価値の高い宝石も使われているらしい。
それを全て回収するのは時間が掛かるので、お高めのやつだけくり抜いておいた。勿論、サンが。
「なあ、その体の元の持ち主の意識は、サンの中で眠っているのか?」
森を抜けて、開けた場所に辿り着くと、俺はサン尋ねた。
まったく関わりのない女の子だが、体を勝手に使っている以上、そこら辺の事情は知っておきたい。
女の子は死んだと言っていたが、実は意識があり、こちらを見ている可能性もある。
「いえ、この少女の魂は天へと召されています。あるのは、少女の記憶だけになります」
「本当に亡くなってるんだな、その娘の親族に会ったらなんて言おうかなぁ」
「その心配は無さそうですよ。半ば勘当される形で、実家を追放されたようですので」
「なぬ? そこらへん詳しく」
少女の名前はミルローズ・ラスタンドル。
エアールブ大公国のラスタンドル侯爵家の次女として生を受けた。
ラスタンドル侯爵家は、大公国の中でも一二を争う大貴族であり、広い領土と小国並みの軍隊を保有していた。
大公家は、ラスタンドル侯爵家との繋がりをより強いものとする為、大公は第二王子とミルローズとの婚姻を申し出る。それは、ラスタンドル侯爵としても願ったり叶ったりの申し出で、二つ返事で了承した。
これで、ラスタンドル侯爵家は百年の安泰は約束されたようなものだった。
そう思っていた。
ミルローズが16歳を迎えた次の日に、学園でパーティが開催された。
引っ込み思案で、良く言えば大人しい性格のミルローズは、侯爵家の人間として少々物足りない少女だった。しかし、ミルローズの持つ容姿と魅力的な体は男達の視線を集めてしまい、こういう人の集まる場所を苦手としていた。
だから婚約者である第二王子を探した。
彼が居れば、男達の不躾な視線から守ってくれるとそう信じて。
「ミルローズ、貴様には失望したぞ」
「あの、殿下、なにを……」
その愛しの王子様の元に行くと、投げかけられたのは失望と軽蔑の眼差しだった。
何故、そんな目を向けられるのか分からず、狼狽えていると、第二王子は言葉を続けた。
「お前は、我が国の聖女であるリリーナを害そうとしたな? それだけではない、日頃から虐めを繰り返していたらしいではないか!」
「えっ、あっ、そん、そんな、ことは」
「狼狽えているという事は、やはり事実であったか。 証拠があるとは言え、私は貴女を信じたかった」
「お、お待ち、下さい」
声が出ない。否定したくても、言葉が出てくれない。
ミルローズは、大勢の前で喋るのを苦手としていた。王族に嫁ぐ者がそれでは不安はあるが、教養と知性はそれを補って余りあるものであった。
しかし、それもこの場では役には立たない。
婚約者である第二王子の背後には、国教であるミンス教会の聖女が立っている。
聖女は怯えた表情でミルローズを見ており、目が合うと第二王子の影に隠れてしまった。
「安心しろリリーナ、俺が必ず守ってやる」
「……殿下」
第二王子と聖女は見つめ合い、まるで恋人のような雰囲気を醸し出している。
この場が衆人環視である事を忘れて、二人の世界に入っているようだ。
「王子、抜け駆けは無しって話だったでしょ。俺達だって、リリーナを守る為に集まったんだ。王子様だからって勝手は許しませんよ」
「そうだよねー。僕だってリリーナを愛しているんだからさぁ、抜け駆けするようなら、王子様でも容赦しないよ」
「物騒な事を言うな、殿下は少々戯れていただけだ」
「そんな事、一番嫉妬深い男が言っても説得力ないね」
「貴様っ!」
その第二王子と聖女の間に割って入ったのは、この国の将来を担うとされている貴族家の子息達。
仲は決して良いとは言えないが、同じ目的でここに集まった者達だ。
その目的は聖女を守る事、そして、その隣に立つ事を最終目標としていた。
「……みんな、ありがとう」
聖女は感動したのか、涙を流して顔を手で覆っている。口元がニヤけたように見えるのは、きっと照明のイタズラに違いない。
「わ、私、は、そんな、こと!やって……ません」
ミルローズは必死に反論する。
声はつっかえ、尻すぼみになりながらも頑張って勇気を出して声を出したのだ。
「止めろ、見苦しい。先ほども言ったが、証拠は全て出揃っている。ミルローズ嬢、貴女は罪を償わなくてはならない!」
しかし、その勇気も無駄に終わってしまう。
「聖女という、人類の至宝を亡き者にしようとした罪。本来ならば、その命で持って償うのが常だが、侯爵からの陳情により私との婚約破棄、並びに国外追放とする!」
「そ、そんな……」
余りの出来事に、足元が崩壊していくのを感じる。これまで必死に身に付けて来た王宮での作法に、来賓に対する礼の尽くし方。寝る間も惜しんで勉強し、常に学園の成績トップを維持し続けて来た。それもこれも、第二王子の隣に立つ者として、相応しくあろうとしたからだ。
それが、全部全部全部、否定されてしまった。
ミルローズは今、悪い夢でも見ているのではないかと現実逃避していた。
だがそれも、第二王子が連れて来た兵士に拘束されて、現実に引き戻される。
無言で手を取られ、力尽くで外に連れ出される。その拘束した手は強く、少女の柔肌にアザが出来ていた。
そして、会場の外に待機していた馬車に押し込まれて、父の待つ邸宅へと向かう。
そこで待っていた父、ラスタンドル侯爵は淡々と、まるで罪人に刑を言い渡す裁判官のように、今後は姉の嫁いだ隣国へ向かうように指示される。
「彼方には手紙を出している。くれぐれも迷惑をかけぬようにな」
待って下さい!
そう口に出来たらどんなに良かっただろうか。気の弱いミルローズでは、臆病者のミルローズでは、恐怖の対象である父に逆らえるはずがなく、ただお辞儀をして部屋を後にするしかなかった。
それから2日後、身支度を整えたミルローズは隣国へと旅立つ。
護衛は父が用意してくれた者達で、信頼はともかく、腕は立つようだ。
しかし、それから一週間後、盗賊に扮した兵士に襲われ、森から出て来たモンスターに襲われて、ミルローズは昇天する事になる。
「……まさか、そんな不遇な人生を歩んでいたなんて!? 許せん!!」
「知らない娘の為に、よくそんなに怒れますね」
「当たり前だろ!こんなに可愛い娘を冤罪で嵌めたんだぞ!しかも死んじゃって……くっ! 敵は絶対取ってやるからな!」
「冤罪ではありませんよ」
「……え?」
「ですから、冤罪ではありませんよ」
「何が?」
「聖女への暗殺未遂です」
「ん? でも、証拠を捏造って言ってなかった?」
「はい、証拠は聖女による捏造ですけど、暗殺未遂があったのは事実です。それを暗殺ギルドに依頼したのも、ミルローズ嬢です」
「待って待ってまって、頭が追いつかない!? じゃあ、何かい? その娘が、内気で虫も殺さなそうな娘が、天使のように美しい娘が人殺しを依頼したってのかい!?」
「ええ、先程からそう……」
「ウッソだー!!俺を騙そうったってそうは行かないぜ。気弱な性格だって言ってたじゃん!幾ら何でも行動がマッチしてないって!!」
「ご主人様」
「……何だよ」
「私が嘘言っているように見えます?」
そう言ってサンは、俺を真っ直ぐに見つめて来る。その瞳は揶揄うような色をしており、人を信じさせようとする意志を感じなかった。
「うん、嘘言ってる人の目してる」
「……それはミルローズ嬢の瞳が原因ですね」
「人のせいにするんじゃない! で、本当に暗殺を依頼したのか?」
「事実です。しかも、暗殺に失敗したのは聖女に対してだけで、第二目標の教王を亡き者にしています」
「おいおいおい!?ガチでやべー奴やん!」
「ええ、それに暗殺ギルドは用が無くなると同時に、国の騎士に潰させるという徹底ぶりです。大人しく見えて、影では色々と動き回っていたようです」
「コワッ!マジで怖いって! もう、自業自得じゃん! ザマァチャンス違うじゃん! テンプレの斜め上行ってんじゃねーよ!!」
もう、ここまで聞くと、寧ろ死んで正解だったんじゃないかと思ってしまう。動機がどうあれ、何人もの命を奪っているのだ。同情なんて、欠片も出来なくなってしまった。