30.はうあ!?
台座の中央に刺さった一本の剣。
柄部分は長く、両手剣なのが伺える。
鍔はシンプルな十字だが、ミスリル銀特有の魔力による輝きを放っており、普通の剣でないと分かる。
刀身の中央には魔法の効果がある魔術式が刻まれており、それは複雑で解読するのが困難な代物だった。
またその剣からは神聖な雰囲気が感じられ、おいそれと近付ける物ではなかった。
もしも、最初にその剣を見ていれば心が奪われただろう。だが、光に照らされ過ぎたせいで、どうにも胡散臭く見えてしまっていた。
「あれどうする? 何だか厄介な気配がするんですけど」
「帰りましょう。見なかったことにするのが一番です」
神聖という名の厄介な気配を放っており、アルミーが警戒してサンが肯定した。
「あの剣抜かないんですか? 地面の崩落も不自然でしたし、導かれたような気もするんですけど」
「じゃあ、マイが貰いなさいよ。私たち要らないから」
「え゛っ? 私は剣士じゃないんでちょっと……サンさんはどうですか? 帯刀してますし」
「私も剣よりも魔法派なので、必要ないです。ライオネルさんとルークさんはどうですか?」
サンの問い掛けに顔を見合わせる男二人。
どうにもその顔は渋く、何とも言えない表情をしている。
「貰って良いのなら欲しいんですけど……俺じゃ、あの剣を抜けないような気がするんです」
「同じく」
二人とも同意見らしく、心惹かれる物はあっても手を出してはいけないものだと認識したようだ。
「やはりここは、見なかったことにして帰りましょう。エリナちゃんも待たせていますので、長居は無用です」
サンの提案に皆が頷く。
まったく無駄な時間過ごしたぜと言わんばかりに、神殿から出て行こうとする一行。
その様子に焦った者が、魔力のパスを強制的に伸ばした。
その魔力パスが向かう先は、最後尾を歩く金髪縦ロールのサン。
しかし、サンはしっかりとその気配を察知しており、平手でピシッと弾いてしまう。
何だとぉ⁉︎ という驚く気配がパスから発せられる。それでも諦めないのか、魔力パスは何度もサンにアタックして、その度にピシピシと弾かれてしまう。
いくら弾かれても諦めないパスの対応を面倒になってきたサンは、大元を破壊するかと考え出す。
大元。つまり、台座に刺さった神聖っぽい剣。
あれを破壊しようと準備を始める。
右手に魔力を込め、武器破壊の拳を作り上げる。
この技はどんな武器でも破壊する業。
ミスリルだろうがオリハルコンだろうがアダマンタイトだろうが、聖剣だろうと魔剣だろうと神剣だろうと破壊する拳。
さあ、武器を破壊しようとパスをピシリと叩くと、瞬時に距離を詰めるため動こうとして、出来なかった。
「サンさん、どうしたんですか?」
何故ならライオネルが、動きを止めているサンに近付いて来ていたから。今し方、弾いたパスがライオネルの方に向かって行ったからだ。
「あっ」
そう言うよりも早く、魔力パスがライオネルに繋がってしまった。
当のライオネルは「どうしたんですか?」と良く分かっていない様子だ。
これはまずいと、早く破壊しなければと動き出そうとするサン。だが、それよりも早くにライオネルが反応した。
「だ、誰だ!?」
突然、周囲をキョロキョロと見回して狼狽え出したのだ。耳を塞いだりしており、やがて台座に刺さっている剣に目が止まった。
「俺に語りかけて来るのはあなたですか?」
剣に向かって呟くライオネル。
側から見たら、完全にやべー奴である。
若干、距離を取りたいお年頃のライオネルは、何かを呟きながら台座に向かって歩き出す。
魔王、復活、危機、滅亡……などの不穏なキーワードを口ずさんでおり、サンはさっさと帰りたい気分になった。
「ライオネルどうしちゃったの?」
「私たちとは違う、どこか遠くに行く準備を始めたようです」
「へ?」
ライオネルを心配するアルミーだが、嫌な予感しかしないサンとしては、このまま遠くへ行ってくれないかなぁと思っていたりする。
また、心配しているのはマイやルークも同じで、何が起こるんだと見守っている様子だ。
(あなた達は巻き込まれるの確定ですね)
これからもマイとルークは、ライオネルと共に行動するだろう。その中で数々の困難に直面して、幾多の死線を潜り抜けて成長していく。時には、仲間を失うこともあるかも知れない。それすらも乗り越えて、いずれは歴史に名を残す人物になるはずである。
(頑張って)
サンは同情しつつもエールを送った。
そうこうしているうちに、ライオネルが剣の元にたどり着く。そして、剣の柄を掴み、一気に引き抜いた。
ピカーッと輝く剣。
その輝きは、まるで聖剣のようである。
試しにあの剣が何なのかミルローズの記憶を探ってみると、聖剣エルテスミスがヒットした。
かつて存在していた魔王を討った聖剣であり、選ばれた者しか使えない伝説の剣。
相変わらずピカーッと照らす輝きが、何だか不吉な物のように思えてきたのだった。
⭐︎
「はうあ!?」
「……どうしたの?」
「なんか、フラグが折れた気がする」
「そうなんだ」
何だか冷たい対応をするメアリちゃん。
いつもなら驚いてくれるのに、まるでノーリアクションだ。
今も色鉛筆でお絵描きしており、目線すらこっちを向けてくれない。
なんだか寂しい。
唯一、まとも?に相手してくれるのはメアリちゃんだけだったのに、それすらも無くなってしまうのか。
そう思っていると、絵が完成したのか掲げて俺に見せて来る。
「それはなに?」
「タダシお兄ちゃんが切腹してる絵」
どうやら、以前に腹を掻っ捌いたときの光景らしい。
更にメアリちゃんは画用紙を捲る。
「それはなに?」
「タダシお兄ちゃんが「はうあ!?」てなってるときの顔」
そこには、縦長の顔に目と口をカッと開いている劇画タッチの俺の顔が描かれていた。
「メアリちゃんって、絵上手だね」
「うん、将来は絵で食べていくつもりだから」
「凄いね、もう将来のこと考えてるんだね」
「このくらい普通だよ、タダシお兄ちゃんもでしょ?」
「え? ええ、えーあーまあ、そうかな、そうだったような気がするなー。あはは、昔のことだからさー忘れちゃったなー」
最近の子は、八歳という幼い頃から将来を見据えているものなのだろうか?
マジで最近の子進んでんなーと思いながら「はうあ!?」となっている絵を貰った。
いつか、メアリちゃんが有名な画家になったら、しっかりと高値で売ろうと心に決めた。
次の日の夕方、サンがメアリちゃんを迎えに来た。




