29.哀れなヘルディオン
それは体長20mはありそうな二足歩行の大型モンスターだった。
青白い体色に筋骨隆々の肉体。
右手には巨大な鉄棍を持ち、左手には何も持っていないが、特殊な文様が刻まれていた。身体には腰蓑のみを身に付けており、上半身は肌だ。
そして頭部には一つの口と一つの大きな目。そして二本のツノが生えていた。
サイクロプス。
L+ランクのモンスターで、個体によってはドラゴンと同じFランクに位置されるモンスターでもある。
それはつまり、その一体で国を滅ぼせるだけの力を持っていることを意味していた。
そんな災害のようなモンスターが、木々を倒しながら進んで行く。
「また厄介なモンスターが現れましたね」
その姿を認めたサンは、サイクロプスを厄介な存在だと認識した。
「テストにはちょうど良いですが、アルミー達を巻き込む訳にはいきません。ですので、手早く終わらせてもらいます」
サンが動くと同時に、サイクロプスもサンの存在を認識する。
迫るサンを見たサイクロプスは、その大きな体からは考えられないような速さで鉄棍を振り下ろす。
ゴオォォッ‼︎とまるで爆発したかのような音と衝撃が辺りを襲い、木々を玩具のように吹き飛ばしてしまう。
サイクロプスの目が動く。
その目が追っていたのは、高速で移動するサン。
サンは鉄棍を軽々と避け、腕を伝い顔の位置まで辿り着く。そして、
「これはテストですので、気にしないで下さい」
誰に向かって言っているのか分からない言葉を吐き、サンは拳でサイクロプスを打ち抜く。
ドゴッ!とサイクロプスの顔面は殴り付けられ、その巨体が数歩後退りさせてしまった。
「やはり、まだ強化が足りていませんね」
サンは今し方殴り付けた右腕を見る。
そこには、あらぬ方向に曲がりくねった右腕があり、それがサイクロプスを殴り付けた代償だと教えてくれる。
しかし、その支払った代償も次の瞬間には元通りに回復する。
その様子を見ていたサイクロプスは、空中に浮遊するサンに向かって左手を伸ばす。
「GAAAaaaaーーー!!!」
殴られても声を発さなかったサイクロプスが、殺意を漲らせて左腕の文様を発動させた。
それは黒い閃光だった。
恐ろしいほどの破壊力を持った閃光は、サン含めその先にある森を抉り取り消滅させて行く。
その閃光に飲み込まれたら、秒と待たずに消滅するだろう。だが、黒い閃光の中から声が届く。
「やはり普通のサイクロプスではありませんね?」
凛とした声がすると、黒い閃光が割れる。
その中心に浮かんでいるのは、無傷のサン。無傷どころか、服に汚れすら付いていない。
そのサンの手には刀が握られており、切先をサイクロプスに向けていた。
「どなたかに差し向けられたのかと思いましたが、貴方を使役するのは不可能ですね。自然発生したにしては、その魔術式の説明が付かない。封印が解かれた?」
サンはミルローズの記憶を探る。
その中に、このサイクロプスの特徴と合致するモンスターが過去にいたと記されていた。
それは、三つの国を滅ぼした伝説のサイクロプス。
魔王に抗い狂ったサイクロプス。
サイクロプスの中でも特に強力な個体であり、それに目を付けた魔王に改造された伝説のモンスターである。狂いながらも魔王に抗い、狂った中で人の国を滅ぼした凶悪なサイクロプス。
名をヘルディオンという。
最終的に、かつての勇者が封印したとされているが、まさかここだったとはと驚くばかりだ。
「ヘルディオン、この地に封印されていたのですね。目指す場所は、人の住む土地。貴方は未だに狂っているのですね」
サンは悲しげに呟き、ヘルディオンを見つめる。
ヘルディオンは確かに人の国を滅ぼした。だが、その前には魔王軍に深刻なダメージを与えており、もっと前では大人しく生きているモンスターでしかなかったのだ。
それが、封印が必要なほどの凶悪な化け物に作り変えられてしまっている。
だから、
「ここで、終わらせて差し上げましょう」
刀を構えて魔力を溜める。
傭兵のワトリがやっていたよりも強力に、刀へと魔力を込めて行く。
その量は余りにも膨大で、狂ったヘルディオンでも後退りしてしまうほどだった。
サンはチラリと地上を見る。
そこには、こちらに走って来るアルミー達の姿があり、これ以上長引かせると巻き込む恐れがあると判断した。
そして崖の上を見る。
そこには、こちらを警戒している森の主の姿が見える。下手に介入を許せば、この地域に混乱を巻き起こす可能性がある。
だから一気に終わらせる事にした。
ヘルディオンが、またしても消滅の閃光を放とうと左腕を上げる。
同時に左腕が飛んだ。
「GUO?」
ヘルディオンの左腕があった場所には、刀を振り抜いたサンの姿があった。
ならばと、今度は鉄棍で叩き落とそうと持ち上げる。
同時に右腕が飛んだ。
何が起こっているのか理解する前に、ヘルディオンの首が飛ぶ。そして、足胴体と切り分けられた。
落下しながらも一箇所に集められるヘルディオンの肉体。
切り離されても未だに意識のあったヘルディオン。その一つ目が最後に見た光景は、煉獄を彷彿とさせる青い炎だった。
燃え上がる青い炎。
伝説で語られるほどの遥か昔に現れた最恐のモンスターを焼く。青い炎は魔法耐性のあるヘルディオンの身体を容赦なく焼き、やがて骨も残さずに燃やし尽くした。
こうして、この国の危機は人知れず滅ぼされた。
ふう、と息を吐き出したサンは、刀を鞘に収める。
まさか、これほどのモンスターが現れるとは思ってもいなかった。もしも、ミルローズの肉体の強化を終えていれば、予め見ておくことが出来たが、今更の話だろう。
「サーーーーンーーッ!!!」
飛びついて来たアルミーをキャッチして、一回転した後に下に降ろす。
「もう! 心配したんだよ! 急に居なくなったかと思ったら、めちゃくちゃになっちゃうんだもん。サンなら大丈夫って分かってたけどさぁ、最初に言ってよ〜」
「ごめんなさい、アルミー。緊急事態だったので、先行しました。アレに合わせるのは、余りにも危険だったもので」
あのヘルディオンはそれだけ危険だった。
あの消滅の光は、物質を分解する類の魔法だ。耐性のない者が擦りでもすれば、そこから存在が消滅してしまう。
もしものことを考えて一人でやったのだが、それが返って心配させたのだろう。
サンは「すいません」と言いながらアルミーの頭を撫でた。
「はあ、はあ、はあ、サンさん大丈夫ですか!?」
そうこうしていると、ライオネルが到着する。続いてルークとマイも到着するが、三名とも走って来たのか息も絶えだえだ。
「ええ、だいじょ「大丈夫に決まってるでしょ! サンを何だと思ってるのよ!」
一番心配して駆けつけたお前が何言ってんだと誰もが思ったが、誰もそれを口にしなかった。
何故ならアルミーの目が真っ赤だったから。よほど心配したのだと理解したから。
「心配おかけしました」
そう言ってサンは、ライオネル達にも頭を下げる。心配を掛けたのだ。謝罪くらいしておかなければならないだろう。
そう配慮したのだが、ライオネル達は「頭を上げ下さい!」と驚いた様子だった。
「サンさんが先に行ったのは、俺たちを巻き込まないためですよね? 流石に俺でも分かります。だから、謝るのはやめてください」
気まずそうにしているライオネルを見て、頭を上げる。ルークやマイも苦笑しており、その通りだと言っているようだった。
それを見たサンも苦笑して、忠告する。
「そこの地盤、緩んでいますよ」
「え?」
そう言うと同時に地面が割れた。
「きゃー!?」と悲鳴を上げながら落下する五人。
全員を救い地上に留まるのは簡単だった。だがサンは、何かに呼ばれているような気がして、敢えて全員で落ちたのである。
浮遊の魔法を掛けて、皆の落下速度を緩める。下が真っ暗なせいもあり終わりが見えず、恐怖からマイがひっと声を上げる。
「光よ」そうサンが唱えると、多くの小さな光源が生まれて穴の中を照らして行く。それはまるで夜空に浮かぶ星々のようで、恐怖から美しい物を見る感動へとマイの心は変わった。
ゆっくりと落下して行くと、真下が地底湖だと気付き、浮遊魔法で誘導して陸地まで移動する。
「これは、一体?」
疑問の声を漏らしたのはライオネルだった。降りた場所には、神殿が建っており扉が自動で開いたのだ。
「中に入れと言うことでしょうか?」
マイがサンの顔を見ながら言うのは、このパーティの決定権がサンにあるからだ。ここからの指示をお願いしますという意味でもあるのだろう。
「行きましょう。どうやら歓迎されているみたいです」
「歓迎?」
歩き出したサンに続いて、アルミーやライオネル達も歩いていく。
神殿内に入ると、サンの魔法で明るく照らされているのもあるが、元から光源があったのもあり神殿内が一際明るく照らされていた。
だからだろう。最初、中央の台座に剣が突き刺さっているのに目がいかなかったのは。
サンは「ああ、失礼」と言って光源を消した。すると台座の中央だけが明るく照らされており、他は薄っすらとしたものに変化した。
おかげで、あの剣は何だろうと誰も言い出せず。神聖っぽいが、何だかなー的な空気になってしまった。
その神聖っぽい剣から、サンに向かって何かが伸びる。
⭐︎
「はうあ!?」
「にゃ!? な、なに!?」
俺の驚きの声に、お絵描きしていたメアリちゃんが驚いて転がってしまう。
「なんか、今、重要なフラグが建った気がする」
ビビッと背中に豆電球程度の電流が走った。
これは間違いない!
何か重要なフラグにちがいない!
「どこだ? どこにある!?」
俺は辺りを見回すが、それらしき物は見つからない。すぐ側にあるという感覚はあるのだが、見当たらない。
「ここか? どこだ? もしかしてここかー!」
そう言いながら道場の襖を開けて行くが何も見当たらない。
多くの襖を開けていき、最後にファンシーにデコレーションされた扉のみとなった。
「じゃあここだー!」
ならばここだろうと勢い良く開ける。
だが、そこには、大量のぬいぐるみに埋もれて幸せそうにしているウリルルの姿があるだけだった。
「はゎー」となっているウリルル。
何とも可愛らしい姿だが、よほど幸せなのか俺に気付いていないようだった。
そっとしておこう。
俺はそう思いそっと扉を閉めた。




