22.良い拾い物をしましたね
ワトリという男は、東方にあるジャジールという国出身である。
神影流という道場の家に生まれ落ち、優秀な兄と天才の弟に挟まれて育った。
当時のワトリは、二人に負けないように必死に竹刀を振り実力を付けていたが、どうしても二人には勝てなかった。
努力のワトリ。その呼び名が定着してしまったが、それは決して馬鹿にしたものではなく、尊敬の念から道場内で呼ばれていた呼び名だ。
決して折れない心を持ち、二人に喰らい着こうと必死に足掻く姿は、他の門下生から多くの指示を集めていた。
だが、それはあくまで周りの反応である。
そう呼ばれた当の本人は、そうは思っていなかった。
『お前では追いつけない』『凡人ではここまで』『秀才と天才に挟まれた凡才』
その昔、認められる前に言われた言葉である。
嫉妬からの言葉だったが、それが妙に耳にこびり付いて離れなかった。
そして、それはワトリのコンプレックスに拍車をかけ、道場から飛び出すきっかけを与える。
「平凡なお前では、剣では生きていけんよ」
神影流師範である父からの言葉だった。
それは、これまで必死に鍛えてきたワトリを否定する言葉であり、向かうべき道を見失わせるのに十分な効果があった。
その日の夜。ワトリは家宝である妖刀「獅子勒」を持って道場を飛び出した。
剣で生きていけないと言われて、はいそうですかとか受けいれられるほど、ワトリは聞き分けの良い男ではない。
そう言われたのなら、そんな事はないと証明してやる。その思いを抱えて、戦場を求める傭兵へと転身したのだ。
結論から言うと、父の言葉は正しかった。
冒険者で言うところのM+程度の実力では、戦場で目立った功績は上げられず、命を守るだけで精一杯だった。
死んでもおかしくはない場面が何度も訪れ、ギリギリの所で生き残って来た。
いや、もしも妖刀「獅子勒」がなければ最初の戦場で死んでいただろう。
妖刀「獅子勒」の能力は、自身の能力を一時的に引き上げるものと、所有者を魔法から守るというものだった。
M+程度の力しかないワトリを、冒険者の中でも一握りしかいないLランクへと実力を昇華させる。そんな妖刀を持って、戦場を渡り歩いていた。
幾つもの戦場を経験し、時には傭兵団にも所属し、次の戦場を求める『戦場の渡り鳥』いつしかワトリはそう呼ばれるようになっていた。
そんな渡り鳥が戦の無いスタング領を訪れたのは、乗る船を間違えたのが原因だった。本来なら、戦の多い小国家群に向かう予定だったのだ。
間違えてしまったのなら仕方ないと開き直り『久しぶりの平和な国だ、偶にはゆっくりして行こう』そう思い直して、バカンスを楽しんでいた。
それでも数日間滞在したら出発する予定だったのだが、ワトリの存在を知った有力者の孫から仕事の依頼が入る。
内容は暴力を受けた報復という下らないものだったが、料金も高かったので軽い気持ちで受けてしまった。
失敗した。
ワトリがそれを悟ったのは、金髪縦ロールの少女と対峙したときだった。
戦場に長く居ると、相手の実力がある程度理解できるようになる。それは、戦場で生き残るために必要な技能であり、勝てない相手と戦わないようにする術でもあった。
だが、この少女を前にしてその術が反応しない。実力がわからない。勝てるのか、負けるのか、一切想像が付かないのだ。
異様の塊。ワトリがサンという少女を前にして感じたものだ。
こういう存在をワトリは一度だけ、感じたことがある。
それは『戦神』という異名を持つ者を前にしたときだった。まったく実力を測ることが出来なかったのだ。
たった一人で戦況を変える化け物、戦神。
この少女からは、それと同様のモノを感じ取っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
少女を前にして、呼吸が荒くなる。
褐色の少女もそれなりの実力で、妖刀がなければ危なかったというのに、それ以上の化け物が現れた。
「おっおい! 早くそいつをどうにかしろ⁉︎」
「黙ってろ⁉︎ くそっ! なあ、あんた、俺はこの件から手を引く。賠償金も払う。だから見逃してはくれないか?」
背後からせっつく依頼主に苛立ちながらも、少女と交渉をする。
これしか生き残る道はない。幾つもの戦場を渡り歩いた男が、そう判断したのだ。
「ふ、ふざけるな! 裏切りは許さないぞ!」
「ああ、許さなくて結構だ。だから黙ってろ!」
ワトリの剣幕にたじろぐ男達。
歴戦の戦士の迫力にはそれだけの効果があり、ギルド長の孫達は何も言えなくなってしまった。
「なあ、何だったらコイツらの命も差し出そう。だから頼む、見逃してくれ」
少女への懇願は、傍目から見れば滑稽に見えただろう。だが、それで命が繋がるのなら、安いものだった。
「そうですね、私も戦いは好みませんので構いませんよ。ただ、その刀を頂けたら、とは条件が付きますが」
サンが指差すのは、ワトリが持つ妖刀「獅子勒」。それはワトリにとって長年を共にした相棒であり、傭兵として命綱のような武器だった。
もしも、同様の武器を手に入れるならば、金貨百万枚は下らず、貴族の屋敷が三つは建つほどの価値ある物だった。
「それは出来ない。頼む、他の物で手を打ってはくれないか? 俺はこいつを失う訳にはいかないんだ」
必死の願いだが、それに配慮する必要はサン達にはない。寧ろ、問答が面倒だと始末して奪うことも可能なのだ。
「申し訳ありませんが、それは出来ません。私にとって、それよりも価値ある物を持っているようには見えないのです。私達の命を狙って来た以上、こちらから慈悲を与る必要はないんですよ」
「それでも、そこを頼む。これが、俺の命なんだ」
必死の懇願。その願いが届いたのか、サンは微笑みを浮かべ、一歩前に出た。
「では、その命を終わらせましょう」
サン宣言に反応して、ワトリは帯刀する。
そしてありったけの魔力を注ぎ、その妖刀を強化していく。
妖刀「獅子勒」の能力は、その鞘にも存在している。帯刀した状態で魔力を込めると、居合いとして放つ一刀が強化される上、神速の太刀となって敵を断つのだ。
「おおあぁぁぁーーーーっ!!!!」
全力の一刀。全てを、命を賭けた一刀。これまでの人生を賭けた一刀は、ワトリの最高の業となり放たれる。
その神速の太刀は、サンを襲う。
〝取った!〟
まるで死亡フラグのような確信を持ち振り抜いた一刀は、何の感触も得ることはなかった。
「は?」
「見事な太刀です。ですが、それだけです」
ワトリの背中に柔らかい掌が添えられる。その手は汚れ仕事などしたことはなく、普段からペン以上の重さを持ってこなかった手である。
その手から強烈な衝撃が放たれ、ワトリを貫通する。
「かはっ⁉︎」と息を吐き出すと、ワトリの意識は闇へと沈んで行った。
⭐︎
「良い物を拾いましたね」
意識を失ったワトリの手から刀を取り、鞘も拝借して帯刀する。
妖刀から僅かな抵抗を感じるが、その程度でどうにか出来るサンではない。膨大な量の魔力を流し込み、妖刀に宿っていた意識を崩壊させる。
これで無色透明な状態となり、その隠されていた力も使うことが出来る。
「ねえ、サン、殺したの?」
「殺していませんよ。この方は依頼を受けただけですし、それほど悪人にも見えませんでしたから」
「うん」
安堵した様子のアルミーを見て、人を見抜く目の異常さに気付く。
『正義の暗殺者』という子供の夢を、非凡な才能で追い続けていたアルミーだが、ここに来てそれは天職だったのではないかと思うようになっていた。
アルミーの目は悪人を見抜く。
それは魔眼と呼ばれる物ではなく、五感と直感で本能的に読み取っているのだ。
正に正義の味方。悪を許さず、悪を憎み、悪を挫く。
錬金術師ギルド会長の孫を見た時の判断も、あながち間違いではなかった。
好き勝手に行動して、多くの人に迷惑を掛けている。その上、集まって来た者も似たような者で、更に拍車が掛かった状態だった。
だからあの時、間髪入れずに殴り掛かったのだろう。
もしかしたら、今回の襲撃に参加した者の中でも、アルミーに切られた者は悪人だったかも知れない。それを調べるのも面白そうだが、それよりも今は……。
「少し、お話をしましょうか?」
ボンクラの孫達に話を聞く方が先決である。




