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21.その刀、とても魅力的ですね

 剣を正眼に構えると、右足を踏み込み両手を内側に絞りながら剣を正面に突き出す。

 びっと空気を突く音を口で鳴らし、刺突の成功を確信する。


「もっと腰を入れて下さいね、腕だけでは力が乗りませんから」


 耳元で癒しボイスが鳴り、屁っ放り腰になっていた体に手が添えられて、姿勢を正しいものにしてくれる。


「はい〜」と情けない声がこの体から漏れ出るが、それはきっと俺じゃない。邪なサイドの天吹直志の物だろう。


 背中にふっくらした物が接触する。


 こっこれはまさか⁉︎


 背後に回ったウリルルが、背中の位置を修正してくれてるに違いない。その証拠に、隣から「良い感じですよ〜」と癒しボイスが届くのだ。


「ん? 隣?」


 右を見ると、銀髪爆乳エルフの僧侶ウリルルが手を叩いて褒めている。


 じゃあ、背後のは?


 そっと振り向くと「まあ、こんなところだろ」と髭もじゃのドワーフのドリーが、髭を俺に押し付けていた。


「ああ〜」


「なんだ? どうしたんだ、そんなに落ち込んで?」


「なんでもないです。いや、うん、いろいろ拗らせちゃってるなって自分で気付いただけです」


 DTとか。


「よく分からんが、この体勢になるよう意識して、もう一度やってみろ」


 剣を構えて、ドリーが言う通りに意識して、体を動かす。

 下半身を意識して右足を踏み込み、腰が引かないように体勢に注意して剣を突き出す。

 さっきとは違う感触。

 ビッ!と空気を突くような音が鳴り、わざわざ口で言わなくても良いようになっていた。


「おお〜」


 これまでにない感触に、感嘆の息が口から漏れる。

 何だか、鍛えている気がする。

 三分とかふざけたことを抜かした自覚はあるが、まさかこんな短時間で成果を実感できるとは思わなかった。


「まあ、三分ならこんなもんだろ。これでゴブリンくらいなら倒せるんじゃないか?」


「おおー、俺の才能が今、花開くのか……」


「それはない。タダシに剣の才能は無い」


 俺の希望は、残酷な髭もじゃ野郎のせいで途絶えた。かに思えたが、流石にそれはないと俺は断言できる。

 何せ俺にはチートが宿っているはずなのだ。神様がくれたチートがあるはずなんだ。

 たがらさあ、頼むよサン。

 悲しい目で首を横に振らないでくれよ……。


「いやいや! マジで⁉︎ そんなはずないじゃん! 少し剣を見ただけだろう!」


 必死に否定する。俺が俺を信じなくて、誰が俺を信じてくれると言うのだろう。俺は俺を見捨てない。何故なら、俺はオレツエーがしたいから。オレオレ言ってゲシュタルト崩壊しそうだが、とにかく自分を信じて足掻くしかないのだ。


「なんだ、負けん気だけはあるじゃないか。どうする、まだやって行くか?」


「やったらー‼︎」


「おし! よく言った。ウリルル、鍛えてやれ」


「はい、お父さん!」


「お父さん?」


 銀髪の爆乳美少女エルフの僧侶ウリルルが、ドワーフのドリーをお父さんと呼んだ。

 この二人に血縁関係があるのだろうか?

 だとしたら、この子の母親はどんな人なんだろう?


「あっ、実は私、養子なんです」


「えっと、その、変なこと聞いてごめん」


 ウリルルが申し訳なさそうにしている。

 はっきり言って失敗した。これは俺でも分かる。これは話題に出しちゃダメなやつだと。流石に他人の過去の詮索とか、そういうのをやる趣味は無い。というより、マナー違反だ。


「珍しくまともな事を言っていますね」


「やかましい」


 安定のサンさんからの合いの手が入り、少しだけ気まずくなった空気が和らいだ。


 それはそれとして、ウリルルが指導してくれるのだろうか。何故だろう、可愛いくて胸の大きい子なのに全然嬉しくないのは。寧ろ、嫌な予感がビンビン立っているのは何でだろう……。


「先ずは、素振り一万回から始めましょうか」


 優しいはずの癒しボイスが、地獄の使者からの誘いのように感じた。




⭐︎




 直志を道場に預けて一週間が経過した。

 元々の予定では無理のない範囲で、適度に続けていけたらなと計画していたのだが、ドリーが「この性根が腐りかけた奴を徹底的に叩き直してやる」と進言してくれて、じゃお願いしますと丸投げしたのだ。


 サンは道場で扱かれているであろう、直志の様子を伺う。

 元は同じ存在なだけあり、現在進行形でどのような状態なのか知るのは簡単だった。


 道場の中には直志とウリルルのみがおり、剣をウリルルに打ち込んでは簡単に防がれて、拳で反撃を受けている。

「ぐぺっ⁉︎」と悲鳴を上げて倒れる直志だが、ウリルルの回復魔法によって秒で回復されて立たされる。可能なら、そのまま寝ていたいだろうが、倒れてたら容赦ない追撃が来るので即座に立ち上がるのだ。


「ふふっ」


 必死に足掻いている直志を見て、サンの口から笑いが漏れる。もう少し、直志の様子を見て楽しみたかったが、邪魔者が入ったので諦めるしかなかった。


「何笑っていやがる!?」


 場所は森の中。いつも通り、薬草採取に勤しもうとしていたら、以前、アルミーに倒された男達が武装した者達を引き連れて現れたのだ。


 総勢二十名ほどおり、大半がランクM−が精々で、Mランクが数名、唯一ひとりだけM+がいるくらいだ。


「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ! この前の事、忘れてないよなーっ⁉︎」


 お互い、あの日の出来事は忘れた方が良かったのだが、きっと彼には通じないのだろう。

 そこそこ顔の整った彼は、錬金術師ギルド会長の孫に当たる人物だ。

 ここスタング領では、錬金術師ギルドは最も力を持った組織であり、その会長の血縁者というだけで、かなり優遇された生活を送っている。

 彼も例に漏れず恵まれた生活を送っていたようだが、周りに悪意を持った者が集まって来て、道を誤ったようだ。


 それが、ハンスの一件を調べて行くうちに判明した事の一つである。

 問題の大元は他にあり、ある意味、彼も被害者なのかも知れない。

 だから、一度だけチャンスを上げようと思った。


「先日のことは謝罪致します。どうか、お見逃し下さい」


 今にも飛び掛からんばかりのアルミーを制して、謝罪する。


「ふざけるな! こっちは大恥かいたんだぞ! この落とし前は、きっちり付けさせてもらう!」


 しかし、会長の孫は頭に血が上っているらしく、冷静な判断を出来る状況ではなかった。せめて、サンという人物を調べておけば、襲うという報復に出ることはなかっただろう。


「そうですか、残念です。アルミー、好きに動いて良いですよ。援護はしますので」


「うん!」


 正義の暗殺者が動き出す。

 二刀の短刀を持ち疾走する。その姿勢は地面を這うように低く、緩急を付けた動きは早々に捉えられるものではない。

 ましてやアルミーの実力のランクはM+。ここにいる者で、対抗出来るのは一人しかいなかった。


「ふっ」と短く息を吐くとアルミーの姿が一瞬ブレて、武装した男の腕に短刀が突き刺さる。

「なっ!?」と声を上げる男だが、顔面にアルミーの膝が入り鼻を潰される。


 ぐらつく男の体に足の裏を向けると、近くの不成者に向かって蹴り飛ばした。

 空中で一回転して着地。

 そこを狙って振るわれた剣を、回転した勢いを落とさずに掻い潜り、空振った腕を短刀が切り裂く。


「ぐがっ!?」

「こいつ速いぞ!」

「囲んでつぶっ⁉︎ 消えた!?」


 アルミーを視認していたはずが、男達の目の前から突如として姿が消える。

 直後に連続して悲鳴が上がり、深い傷を負った者が戦意を喪失していく。

 誰もがアルミーの姿を捉えられずにいるが、この場で唯一の同格の男が攻撃を防いで見せた。


「チッ、アサシンか。好き勝手やりやがって!」


 黒髪のぼさぼさの頭の三十代の男は、力任せに刀を振り抜きアルミーを後退させる。

 小袖に袴、その上に胸当てや肩当て、手甲を身に付けており、直志がその姿を見れば「侍、だとぉ」と慄いていただろう。


 侍の男の名前はワトリ。戦場を求めて放浪する傭兵である。

 眼光が鋭く、その目はアルミーの動きを捉えており、危険性も一番理解している者である。


 また、アルミーもワトリの実力を理解して警戒する。警戒して、危険性を理解して、即座に仕掛けた。

 無鉄砲で立ち向かうわけではない。この程度なら大丈夫と確信があり、止まる理由にならなかったのだ。


「華炎」


 アルミーが呟くと、二本の短刀に炎が宿る。

 二本の赤い光が線としてなり、ワトリに襲いかかる。


 短刀と刀が激しく打ち合い、ギンギンギンッと連続した剣戟の音が鳴り響く。

 赤い炎が花弁のようにワトリの周囲を舞い、その量は刀が交わるほど増えていく。

 余りにも派手で激しい戦いに、誰もが二人の戦いに注目してしまう。


 やがて、炎の花弁がワタリを埋め尽くすと、アルミーは大きく後退する。そして、


「焔華」


 炎の花弁がワタリへと殺到し、骨も残さない火力の魔法となり発動する。

 カッと赤く光ると、高火力の火柱が昇る。

 一点集中の高火力魔法。アルミーの必殺技であり、これまでにも強力なモンスターを討伐して来た魔法である。


 これを食らって生き残った者はいない。

 何故なら、いま初めて人に向かって使った魔法だから。

 明らかにオーバーキルな威力だが、アルミーは構えを解かない。何故なら、ワトリから送られて来る殺気が無くなっていないのだ。


 今も激しく燃え上がる火柱に、線が走る。

 その線は魔力を断つ太刀の痕跡であり、魔法を霧散させる太刀だった。


「くそが! 俺の一張羅が台無しになっちまっただろうが!」


 火柱の中から現れたワトリの姿は、袴や小袖がところどころ焦げている程度で、体は無傷だった。

 怒りに顔を染めたワトリは、今度はこちらの番と瞬歩で移動し、アルミーに激しく斬りかかる。


「くっ!?」


 真っ向からの振り下ろしから始まり、避けた先を逆袈裟斬りが追う。避けきれずに短刀で受けて、手を上に跳ね上げられる。


 横一文字の太刀。それをアルミーは残った短刀で受けるが、これまでにない力で吹き飛ばされて地面を転がった。

 即座に受け身を取り立ち上がるアルミーだが、そこにはワトリが詰めて来ており、致死の太刀が振り下ろされようとしていた。


 しかし、その太刀が振り下ろされることはない。

 何故なら、アルミーは一人ではないからだ。


 風の刃が走り、刀を振り上げたワトリを襲う。

「チッ」と舌打ちをしたワトリは、アルミーを諦めて大きく後退する。


「おい、お前ら! その女を抑えろ! こいつを始末したら直ぐにそっちに……なっ⁉︎」

 

 反応が無いのを訝しんだワトリが振り返ると、そこには倒れた同業者の姿があった。

 立っているのは、雇い主のギルド長の孫とそのお友達だけ。他の者達はすでにやられていたのだ。


「ば、バカな……」


 恐れ慄くワトリだが、構えを解くことはなく隙は無い。


 誰がいつの間にこんなことを……。そう考えるが、その答えは一つしか思い浮かばなかった。


「これを、お前がやったのか」


 焦ったようにワトリはサンに問い掛ける。

 しかし、返って来たのは肯定でも否定でもない別の言葉だった。


「その刀、とても魅力的ですね」


 優しい微笑みを浮かべる金髪縦ロールの少女が、圧倒的な暴力を持って動き出した。

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