20.普段怒らない奴が怒るとめちゃくちゃ怖いって話
「タダシ、お茶淹れたよ」
「……」
「あっお菓子もあるみたい、置いとくね」
「…………」
「あれってヴァロミナクが作った壺なんだって、凄いよねー」
「………………」
「えっと、タダシって凄くカッコいいよね! きっと沢山の女の子が放っておかないよ!」
「……………………」
「えーと、んーと……だからゴメンって! 良い加減、機嫌直してよ!」
「…………………………」
俺は今、猛烈に怒っている。理由は言わなくても分かるだろう。何も悪くないのに、暴力を振るわれたのである。
ただジャンケンしようとしただけなのに、ぶん殴られたのだ。しかも二回も。
これが怒らずにいられようか。
俺はお茶を一気に飲み干し、少しでも怒りを鎮めようと心掛ける。
そして、空になったコップをアルミーに向ける。しかし、その意図が分からないのか、アルミーがお茶を注ことはなかった。
「ねえ、謝ってるんだから、もう良いでしょう?」
「……まったくなってない」
「な、何が?」
「謝り方だよ! 人を殴っておいてそれで良いと思ってるのか⁉︎ もっと謝罪の仕方があるだろうが!」
その言葉にハッとした様子のアルミーは、そうかと手をポンッと打った。そして、無い胸の前で両手を組み、ウルウルした目で下から覗き込むように近付いて来る。
「タダシ君、その、ごめんね。わざとじゃないんだよ、本当だよ信じて。だから許して、ね? おねがい」
最後に星が飛びそうなウィンクをするアルミー。
そんなアルミーに対して。
「けっ」
「なぬっ⁉︎」
下らないものを見せられたと最悪な気分になった。
アルミーは「私の可愛いが通じない、だとぉ⁉︎」などと慄いているが、舐めてんのか。それで許して欲しいなら、胸をもっと成長させてから来い!
「何だとこのやろう⁉︎」
「あっ、やっべ口に出てた」
心の中で罵っていたつもりが、口にしていたようだ。
「ムキー!」と叫ぶアルミーだが、殴り掛かって来ることはない。既に俺を二回も殴っており、流石に反省したのだろう。
「今のは許して上げる。これでチャラで良いでしょ?」
「はぁ? バカ言ってんじゃねーよ、今ので一発分だ。あと一発分残ってんだよ」
こいつは計算も出来んのかと呆れてしまう。それに、あの強烈な痛みと事実を告げただけでチャラだとか、舐めてんのかと言いたい。
「土下座だ。土下座して、「タダシ様ごめんなさい」って言えば許してやるよ」
土下座をするアルミーの姿を思い浮かべただけで、ひひっと笑いが漏れてしまう。
今こそ上下関係を教えておくべきだ。年上の俺が上で、年下のお前は敬語を使えと、今こそ教育すべきなのだ。
そう思っていたのだが、アルミーは「どげざ?」と首を捻っていた。
んん? これはもしやと思い「アルミーは土下座を知らないのか」と尋ねると「知らない、どうやるの?」と聞いて来た。
はあ、これだから異世界は遅れてるんだよ。
俺はアルミーにいいかよく見てろよと宣言して、両膝を畳に付ける。そして正座をして手を突き額を畳に付けるようにお辞儀をする。そして、誠心誠意込めて謝罪した。
「タダシ様、ごめんなさいでした!」
今の俺は、きっと百点満点の土下座をしているに違いない。土下座自体、初めてやったのだが、どうにもしっくり来ているから不思議だ。
どうだ。これが土下座だと顔を上げてアルミーを見ると「うわ〜」とドン引きしていた。
いやいや⁉︎ ドン引きしてんじゃねーよ! 今からお前がやるんだよ!
「こほん。分かったか? これが土・下・座⭐︎だ。さあやれ」
完璧な土下座を披露して満足した俺は、アルミーに告げた。今度はお前がやるんだと、その身を床に這いつくばらせろと畳を指差して命令する。
「無理無理無理無理っ⁉︎ なに今の⁉︎ 人ってあんなに小さくなるの? あんなの出来ないよ! タダシくらいじゃないと無理だよ⁉︎」
「おい、俺を褒めたって許してやらないからな。さっさとやれ」
「誰も褒めていませんよ。それと、もういいでしょう。ドリーさんとウリルルさんも困っています」
横で俺たちの様子を見ていたサンからツッコミが入る。
今いるのは、バルドロス道場に併設されているドリー達の家。平屋二階建ての一階にある客室である。その客室は日本人の俺からすると、とても馴染みがある畳が使用されていた。畳を撫でると、ツルツルとした感触が心地良く横になってみたい衝動に駆られる。
客室には部屋の中央にテーブルが置かれており、人数分の座布団も用意されていた。またテーブルの上には、ウリルルが準備してくれたお茶やお菓子があった。
それからテーブルの反対側には、ドワーフのドリーと銀髪爆乳エルフのウリルルが並んで座っており、困った表情を浮かべている。
「なんと言うか、立派な土下座だったぞ」
「そうだろう、俺も会心の出来だと思っていたんだよ」
髭もじゃのドリーは分かる男のようで、俺の土下座にいたく感銘を受けたようである。
やはり、同じ男として通じるものがあるのだろう。
「呆れているだけです。土下座の話はもういいので、これからの話をしましょう」
「これからの話?」
「直志はここに何しに来たのか覚えてないんですか?」
「…………土下座を披露しにじゃ」
「頭のネジが飛び過ぎて、作り直す必要がありそうですね」
辛辣なお言葉をサンさんから頂いた。
なんだよ、幾ら何でも言い過ぎじゃないか、少し忘れてしまっただけなのに。
「剣を習いに、このバルドロス道場に来たのです。そして、こちらのドリー・バルドロス様が、バルドロス流武器術の師範であらせられます」
「えっ? 腰痛持ちのドリーさんが師範?」
髭もじゃのドワーフのドリーが師範と聞いて困惑する。道場で師範というのは、そこのトップに当たる。そのような重要なポストに、腰痛持ちでドラゴンを倒したとホラを吹いていたドリーが付いているという事実に驚いてしまう。
まさか、力尽くでここを奪ったのだろうか。役所の力を使って、無理やりここを乗っ取った可能性もある。
「腰痛は関係ないだろうが、それに何か変なこと考えておらんか? めちゃくちゃ失礼な顔しとるが……」
「そんなことないよ。 だけど、ドリーさんは武器扱えるのか? サンドイッチの入った籠も持てなかったのに」
あの時のドリーは、マジで力が無さそうだった。あっちへふらふら〜こっちへふらふら〜と頼りない足取りで運んでいたのだ。そのドリーが武器なんて使えば、腰が砕けて逆くの字になるんじゃないだろうか。
それはそれで見てみたい気もするが、一応、表面上は心配しておく。
「安心しろ。あの時は、昔の古傷と腰痛のダブルパンチに襲われただけだ。どちらか片方なら、全盛期の半分くらいの実力は発揮できる」
「凄いのかよく分からん説明だなぁ」
ドリーがドラゴンを倒したとサンは言っていたが、俄には信じ難い。
ドラゴンってのはあれだ。ファンタジーでいうところのボス的な奴だ。お姫様攫って、世界を支配しようとしたり、人に友好的で良いパートナーだったり、ただの狩られて素材になるだけの存在だったりと、多種多様な使われ方をしている。
「…………もしかして、ドラゴンって弱いのか?」
やっていたゲームや物語を思い出すと、とても強いとは思えなくなってしまうから不思議だ。
でも、腰痛のドリーが倒した程度なら、楽勝のような気がする。
「そんな訳ないでしょ、一体のドラゴンに国が滅ぼされたことだってあるのよ。そんなことも知らないの?」
バッカねーとアルミーが勝ち誇ったように宣う。
ふむ、この世界のドラゴンは、やはり最強らしい。そのドラゴンを倒したとなると、相当どころか化け物級の強さだ。そんな方に師事して頂けるのなら是非お願いしたい。
俺はアルミーの頬を抓りながら、ドリーさんにお願いする。
「是非、俺を強くして下さい! 三分で!」
「最後がなければ、少しはマシだったんですけどね」
「ひふぁい⁉︎ ひふぁい⁉︎ ふぁなふぃてっ!」
アルミーの頬を抓っていた手が叩き落とされる。下に落ちるとき、アルミーの体に当たりそうになるが、スカッとして空振ってしまった。
別に狙った訳じゃないからどうでも良いのだが、何故か無性に悲しくなってしまった。
これが、ミルローズ嬢の肉体ならば、ウリルルの半分もあればアルミーも救われただろうに。
「タダシ、あんた今エッチな目で見たでしょ⁉︎」
「惜しい⁉︎ そうじゃないんだよなぁ」
違うんだよアルミー、憐れんでるんだよ。
そんな俺達の掛け合いに業を煮やしたのか、サンの額に血管が浮き上がっていた。
「いい加減にしましょうか。流石に話が進まないので、次に余計な発言をすると、腹に風穴開けますよ」
「はい、サン!」
「いえすまむ!」
俺とアルミーは正座をして背筋をピンッとして、サンに誓った。
普段怒らない奴が怒るとマジで怖いよな。それが自分より強いと恐怖しかない。
「ドリーさん、ウリルルさん、失礼しました。頭のネジが心許ないですが、直志を道場で鍛えてはもらえないでしょうか?」
サンの言葉に、ドリーさんは腕を組んで考えていた。見た目は普通のドワーフ。普通のドワーフがどんなんなのか知らないが、俺の中ではドリーさんが基準となるので、普通のドワーフだ。
「入門するのは構わん。元々、門を叩いた者を追い返したりはしないからな。だが、分からんのだが、具体的にどれくらい強くなりたいんだ? 三分でとか言っていたが、それには限界があるぞ」
まさか、真面目に話を聞いていてくれるとは思わなかった。何気に冗談です。なんて言える空気感ではなくなっており、最強を目指してますとか言ったら死ぬまで扱かれそうだ。
だから、ここは無難に……。
「俺のライバル。ゴブリンを倒せるくらいには強くなりたいです!」
俺の力強い宣言に、ドリーとウリルルは唖然としており、酷く驚いている様子だった。
そして、正気を取り戻したドリーが言う。
「それなら三分だな」
どうやら俺の望みは叶うらしい。




