2.誰もチートは肉体に宿るとは言ってない
「はっ!?」
目を覚ますと、そこは木の下だった。
そこは知らない天井じゃないのかとツッコミたかったが、残念な事に一人で言っても虚しいだけである。
俺は起き上がると、木に手を付いて頭を抑える。別に苦悩しているフリとかではない、ただの立ちくらみだ。
暫くすると立ちくらみも治り、周囲を見渡した。
俺が居る木から100メートルも歩けば、道らしき物が伸びているのが見える。
よしそこまで行こうと思い、歩き出そうとして重要な事に気が付いた。
「俺、全裸やん」
まさか生まれた姿で異世界に放り出しますかね、神様よう。確かに異世界では生まれたばかりかも知れないが、このままだと露出狂として逮捕されてしまう。
いや、ここは異世界だったな。
もしかしたら全裸がスタンダードな世界の可能性もある。服を着ている方が恥ずかしい的な世界観とか。
『そんな訳ないでしょう、早く服を着て下さい。木の根元に置いてありますから』
「誰だ!?」
急に近くから声が聞こえて来たので、驚き周囲を見渡す。しかし、そこには誰もおらず、上空に太陽が二つあるだけだった。
「なんだ、気のせいか」
『いえいえ、気の所為ではありませんよ。私はここにいますよ』
声は上から聞こえてきており、空を見上げても大きな鳥が飛んでいるだけだった。
何だろう、鳥を見ると不安な気持ちになるのは。
『それはトラウマですね。転生前に襲われた恐怖が、心に刻まれたようです』
「また聞こえた⁉︎ どこだ! どこに居る!? 姿を見せろ卑怯者!?」
『ですから、ここに居ますよ。ご主人様の上に、さっきから太陽と思ってる。そう、それが私です』
「お、おお、太陽が喋ってる」
『……驚きの割には、反応がたんぱくですね』
二つの太陽のうち、一つが俺に向かって話しかけて来る。もしかして、この声の主は神様の一人なのかも知れない。
一応拝んでおこうと、土下座してへへ〜と頭を下げておく。
『何やってんです? 私は神様ではありませんよ』
「じゃあ何なんです? 貴方様は天にまします方ではないのですか?」
『違いますよ、強いて言うならご主人様の一部です』
「一部?」
『はい、一部です。神様が、ご主人様に入りきれなかった力を固めて作り出したのが私です』
ふむふむと太陽の一つの説明を聞くと、神様は俺にチートを与えようとしたようだが、これ以上力を注入すると、俺の魂が破裂しそうだったので、俺のサポート役として太陽を作り出したそうだ。
「そうか、じゃあ頭を下げなくて良いんだな?」
『頭を下げる発想が出て来るあたり、ご主人様がサラリーマンになったら大成しそうですね』
「褒めるなよ、照れるだろ」
『……褒めてないですよ。それはもういいので、早く服を着て下さい。モンスターがご主人様をロックオンして急降下してますから』
「へ?」
俺の一部だと言う太陽から視線を外し、背後を見てみると、先程の大きな鳥が俺に向かって急降下して来ていた。
「うおおぉぉーー!!」
絶叫して木の影に隠れると、鳥が通過すると同時に、木の上半分がへし折れた。
バキバキと折れる木は、俺の方に倒れて来るので、急いでその場から退避する。
大きな鳥を見ると、旋回してまた向かって来ようとしている。このままでは、俺は鳥の餌になってしまうだろう。早く逃げなくてはと、ほんのちょっとだけ考えるが、いや待てよと踏み止まった。
「俺、チート貰ってるんだよな。ならそのチートで倒せる筈だ。そうだ、これはゲームで言う所のチュートリアル的なやつじゃないのか? チートを初披露する為の、物語の導入部分だ。きっとそうだ!」
俺は手を掲げて、大きな鳥のモンスターに向かって叫ぶ。
「ファイアボール!!」
俺の呪文が辺りに響き渡り、巨大な火球が発射され……る事はなかった。
手を掲げた状態で固まる俺は、困惑する。
おかしいな、神様に願ったチートの一つに無限の魔力があった筈だ。だから魔法も使えるのは当たり前で、ここで格好良くモンスターを倒す流れのはず。
もしかしたら、魔法のチョイスを間違えたのかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。望んだチートの一つに全属性魔法の適正なんてのも考えてたが、幾ら神様でもチートガン積みは難しかったのだろう。
俺は気を取り直して詠唱する。
「ウィンドカッター! アイスランス! ウォーターボール! ロックバレット! 何でも良いからなんか出ろぉ!!」
赤面して絶叫するが、手から何も出て来ない。これだけ叫んでも、出るのは唾だけだ。
おかしい、まさか俺に魔法の適正は無いのだろうか? まさか肉体言語で語り合えとでも言うのか?
まさか魔法チートではなく、肉体チートの方だったとは思いもしなかった。
俺は腰を落として拳を握る。
残念ながら、俺に格闘技経験は無い。しかし、あの神様の自信満々な言葉を信じるのならば、この一撃であの鳥は爆散するはずである。
「すぅ〜、はぁ〜、だりゃーっ!!」
突き出された拳は、音を置き去りにして振り抜かれ、拳から拳圧が飛び出し、鳥を殺さんと迫る……事は無かった。
何も起きない。
そう、何も起きないのだ。
……おかしい、チートを貰ったはずだ。もしかして蹴りの方か? はたまた武器を使って無双する系の方か?
『何やってるんです?』
「見れば分かるだろ、あの鳥を倒そうとしてるんだ」
俺の一部だと言う太陽は、トンチンカンな事を言い出す。ここであの鳥を倒さないと、チュートリアルが終わらないのだ。チュートリアルが終わらないと、物語が進まない。全世界共通の常識だ。
『どこの世界の常識か知りませんけど、逃げないと死にますよ』
「んな馬鹿な、チートを持った俺に敵はいない。俺ツエー物語はここから始まるんだ」
『全裸で言われても説得力ありませんね。今はご主人様の奇行に警戒して襲って来ませんが、モンスターがその気になれば、一瞬でミンチにされますよ」
「んなアホな。因みに逃げたとして、逃げ切れる可能性はあるのか?」
『0.1%の確率で逃げ切れます』
「死亡確定じゃねーか! 逃げるなんて選択肢は無しだ!」
『逃げなかった場合は100%死にますよ』
「……もしもの話をするが、もしかして、俺にチートは備わってないのか?」
『それは大丈夫です。しっかりとチートは備わっています。ですが、ご主人様の肉体だけでは、あのモンスターに勝てないというだけの話です』
「じゃあ、どうすれば良いんだ?」
『逃げて下さい。若しくは、私に頭を下げてお願いして下さい』
「は?」
『私に助けて下さいとお願いするんです。さすれば、たちまちにあのモンスターを倒して見せましょう』
「何を言って…」
『さあ、どうします? モンスターは、もう待つ気はないようですよ。このまま、何も出来ずに死にますか? この世界で何もせずに死にますか? さあどうします? 時間は待ってはくれませんよ』
太陽がどうするのかと問う。
そんなの決まっているだろう、俺はテンプレートに染まった世界で俺ツエーがしたいのだ。ここで頭を下げてしまえば、俺の目標が遠ざかってしまうではないか。
退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で行くべきだ。
だから……。
「助けて下さい! 俺はまだ死にたくないんです!」
その思いも命あっての物種である。
テイオウ様の精神は、生き延びた先で抱くとしよう。
『良いでしょう、ピカッと倒して見せましょう』
次の瞬間、ピカッと輝き、落雷がモンスターを貫いた。
雷に貫かれたモンスターは、勢いを失って大地に落ちる。風に乗って漂う匂いは、何だか食欲を唆るものだった。