19.その拳は世界を狙える拳
その僧侶の格好をした長耳の銀髪の美少女は、無骨なメイスを持ち道場の門、つまり俺たちを睨んでいた。
「きさんまらが道場破りかおんどりゃー⁉︎ 飯時間なんだよこっちはよぉー‼︎」
メイスを片手で振り回し、こちらに向けて怒気の籠った言葉を投げ掛けてくる。
だが、ちっとも怖くない。見た目が美少女だからとかではなく、その声が癒しボイスで人を心地良くさせるのだ。
あと、飯の邪魔してすまんと謝っておく。
「やってやんぞこのヤロー⁉︎ かかって来いやー‼︎」
声を荒げると同時にぶんぶんとメイスを振り回して、それと一緒に色んな部位が激しく動き回っていた。
「なんか凄いの出て来たな」
色んな意味で。
「なに呑気にしてるんですか、彼方は私達を道場破りだと勘違いしているんですよ、早く否定と謝罪をして下さい」
「そうだぞアルミー、謝罪しろ」
「タダシでしょ、早く頭下げて来てよ」
ムムムッと睨み合う俺たち。どちらが謝るのか、ここはジャンケンで決めるしかないな。
そう結論に達したのはアルミーも同じようで、グーを作ってニヤリと笑った。
「俺はパーを出す」
「なぬ⁉︎ これは……心理戦⁉︎」
これは読み合いだ。俺が宣言した事で、アルミーはいろいろと考えを巡らせているに違いない。
ジャンケンには必勝法があるのを俺は知っている。だが、その方法を俺は知らない。必勝法というのがあるのを、漫画で読んで知っているだけだ。
読んだ記憶はある。でも内容までは思い出せない。だから、確かパーって宣言してたよなぁという軽いノリで真似てやっているだけだ。
ただこれで、アルミーがグーを出せば俺の勝ちだ。謝罪するのはアルミーで確定である。
考え過ぎたのか、目をぐるぐるさせているアルミーを見て勝利を確信する。そして、俺はジャンケンをコールした。
「ジャン、ケン、ポぶべらっ!?」
衝撃が頬を貫く、そして明滅する視界。
何が起こった?
まさか、銀髪の美少女が俺たちの勝負に割り込んで来たのだろうか?
横から殴って来るとは卑怯な⁉︎ 癒しボイスで相手を油断させるのが彼方の手段だったのだろう。何とも恐ろしい美少女だ。
ジンジンと痛む頬を押さえながら、起き上がると、グーを突き出しているアルミーの姿があった。
「お前かい⁉︎」
「今のなんちゃって心理戦で頭が混乱したんでしょう。考え過ぎたのか、頭から湯気が出ていますよ」
プスプスと音を立てているアルミーの頭。もしかしたら、色んな頭の回路がダメになっているかも知れない。
今後は、アルミーに心理戦を仕掛けるのは辞めておこう。
「あのーあなた方は、道場破りに来られたんですよね?」
困惑した癒しボイスが、近くから流れて来る。声の主に目を向けると、僧侶の服を着た銀髪の長耳美少女が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「違いますよ、私達はバルドロス道場への加入希望者です」
「あっ、そうだったんですね。良かったぁ、道場破りだったらどうしようかと思いましたよぉ」
美少女はホッと胸を撫で下ろし、良かったぁと呟く。
幾ら凶悪なメイスを持っていても、暴力的な行いはきっと苦手なのだろう。服装も僧侶の物だし、神職に務めているのだから、きっと穏やかな性格なのだろう。
「弱いものイジメをしても、何も面白くないですもんね」
……んんっ? 何か聞き間違えたかな?
美少女の顔を見ると、ニッコリとスマイルを向けてくれる。
うん、きっと気のせいだって。だってほら、虫も殺しそうにない優しそうな顔してるじゃないか。
なのに何でだろう。俺の本能が早く逃げろと訴えかけて来るのは。
「貴方は弱そうですけど、そちらの方はそこそこですかね? でも、貴女が分からないですね、お強いんですか? 父に似たものを感じますし」
サンに向かって、まるで神に祈るように両手を組む銀髪の長耳美少女。
神職に就いているのなら、もしかしたらサンから神様に近い何かを感じ取ったのかも知れない。仮にもサンは、神様から与えられた力だ。神様パワーが備わっていてもおかしくない。
「あの、貴女は一体?」
「あっ、ああ⁉︎ し、失礼しました! 私、ウリルルと申します。バルドロス流武器術の師範代を仰せつかっております」
「これは、ご丁寧にありがとうございます。私はサンと申します。頭から湯気を出しているのがアルミー、無様に倒れているのが直志です」
「俺の紹介だけ悪意がないか?」
「気のせいです」
さっさと立って下さいとサンに手招きされて、渋々立ち上がる。三半規管が少しだけ揺れているが、生まれたての子鹿のようにしっかりとその足で地面を踏み締めて見せる。
「良いの貰っちゃいましたね」
「ああ、世界を狙える拳だった」
アルミーはきっと、3階級制覇するほどのプロボクサーになるだろう。
だから、俺の顔を見てハッとするのはよしてくれ。更に殴ろうとするのは辞めてくれません? 俺、死んじゃうよ。
どうやらアルミーはまだ混乱しているようで、俺の顔が視界に入った瞬間に動き出し、拳を構えて殴ろうとしてくる。
はっきり言って命の危機である。
幾ら俺にゴブリンを倒す力があっても、プロボクサー並みの拳を受けて命が残るとは思えない。
ゆっくりと進む世界で、横目でサンを見ると焦った様子で……て言うのは嘘で、いつも通りのすまし顔で佇んでいた。まるで俺を助ける気は無いようだ。
まったく、どういうつもりなのだろうか。ご主人様である俺が危険なのに、見ているだけって。どうなってんだよ。この世界、俺に厳しすぎないか? ただチート貰って、テンプレ展開が楽しみたいだけなのに、そんな出来事は一切ない。
つーか、結構考えれるもんだな。これが走馬灯ってやつか? ん? 何だろう、サンが指差して前を向けと言っている。
「あのー、大丈夫ですか?」
前を見ると、アルミーの拳を受け止めている巨にゅじゃなくて、ウリルルが居た。
どうやら俺を助けてくれたようだ。ここは、しっかりとお礼を言わなくてはいけないだろう。
「あ、ありがとう。助かったよ」
俺の感謝の言葉に、ウリルルは微笑むと。
「弱者を助けるのが、私の役目ですから」
何処か、少しだけ心が傷付く言葉で答えてくれた。
いや、きっと気のせいだろう。この癒しボイスが悪意のこもった言葉を吐くはずがない。
「悪意はないでしょうが、直志のことを弱いとは思っているようですよ」
「Sharapu⁉︎ そこは掘り下げなくて良いんだよ!」
俺だってなぁ、男の子なんだぞ。弱いなんて言われたら傷付くわ!
ちくしょう〜。今に見てろよ、直ぐに強くなってやるからなぁ。
「その息です。頑張って行きましょう」
「あっ、すいません。今の無しで良いですか?」
そうだよ、ここレベルが無いんだよ。地道な訓練が必要なら、是非とも遠慮したい。
楽して強くなるをモットーに生きて行きたいのだ。
「…………」
「あれ? ツッコミ無しですか?」
それはそれで寂しいんですけど。
「いえ、相手にするのも面倒だなと思い無視しただけです」
「おい! そっちの方が傷付くわ!」
人間、嫌味言われるより、無視される方が傷付くんだよ。
「あっあの! そろそろこの子を正気に戻して頂けませんか⁉︎」
大声を上げて助けを求めるウリルルは、アルミーを羽交締めにして、その動きを封じていた。それなら問題ないだろうと思うのだが、アルミーの体がポキポキとなると関節が外れて、ウリルルの拘束から逃れてしまうのだ。それを追ってウリルルがキャッチ、また羽交締めにする。
どうやらこれを繰り返していたらしい。
「せめて敵意があればやっちゃえるのに⁉︎」
何気に物騒なことを言ってるなこの子。
このままじゃ、アルミーが殺されてしまうかも知れないので、サンに何とかしろと視線を送ると、私に任せなさい力強く頷いてくれた。
「ウリルルさん、アルミーを解放してくれ。こっちで何とかするから!」
俺がそう言うと、ウリルルも「分かりました!」と頷いてアルミーを解放した。
疾走するアルミー。伊達に暗殺者を目指しておらず、姿勢を低くして高速で迫って来る。俺に。
「ってぇ⁉︎ まだ諦めてなかったんかい⁉︎」
余りの執着ぶりに驚く俺だが、心配しなくて良い。何せ、我がチートであるサンが助けてくれるはずだから。
「あれ? サンさん?」
その当のサンは微動だにせず、こちらを見ているだけだった。
「直志を一発殴れば正気に戻りそうなので……」
「えっ!? ちょっ!?」
「ダッシャー!!」
アルミーの低空飛行からのアッパーカットが俺の顎を貫く。
「がはっ⁉︎」と致命傷っぽいダメージを負い、地面に倒れる俺。ぐるぐると回る視界の中で、もう二度とアルミーに心理戦を仕掛けないと決めた。
そんな事をしていると、もじゃもじゃな髭が視界に入る。
「お主ら何やっとるんだ?」
その髭の持ち主は、ドブさらいの監督をしていたドリーだった。




