18.直志は弱すぎるんです
「サンさーん! これは食べれますか?」
「食べてみても良いですが、三日間は腹痛に苦しみますので覚悟して下さい」
「サン〜珍しい植物見つけた」
「それはマヨリ草ですね、魔力の回復薬に使える薬草で高く買い取ってもらえます。お手柄ですよアルミー」
サンに褒められてえへへと照れるアルミー。
俺も、アルミーに「良くやったな」とお褒めの言葉を授けると、
「タダシはもっと頑張りなさいよね!」
などと、辛辣なお言葉をいただいた。
俺だって頑張っとるわい! ただ、どれが薬草なのか、理解出来てないだけだ。
現に今もこうして、植物の写真と薬草を見比べながら採取しているのだ。
写真あるのかだって?
あるよ、ポラロイドカメラっぽいのがあったんだから、そりゃあるよ。白黒だけどしっかりした写真がな。
錬金術師が作り出したらしく、高価ではあるが魔道写像機なる物が出回っているのだ。
もう、俺の知識チートは出来ないのかも知れない。塩もあれば砂糖もある、胡麻もあれば酢もありマヨネーズもある。ケチャップは流石に無かったが、代わりになるソースは存在している。
薬草を摘むぎながら思う「俺はこの世界でスゲーやツエーは出来るのか?」と、このままではネットの海から拾い上げた『異世界で使える知識』の使い道はなく、神様から貰ったチートも薬草採取くらいしか使い道はない。
せめて、俺をヨイショして気持ちよくしてくれたら良いのだが、どうにもその気配はない。
「ヨイショして上げましょうか? 直志君、よく頑張りましたね〜、えらいえらい!……どうですか?」
「馬鹿にされてるとしか思えん」
笑顔から真顔に変わる時の冷淡さといい、こいつは俺を馬鹿にするのに特化しているのではないかと疑ってしまう。
心を読んだ使い道が、俺を小馬鹿にする事だなんて悲しくなるな。
「結構集まったよ、もう十分じゃない?」
アルミーが籠いっぱいの薬草を見せて来る。確かに、これだけあれば良さそうだ。
「そうですね、少し早いですが昼食を食べてから帰りましょう」
「やっとか、ドブさらいより腰が痛くなるなこれ」
「ドブさらいの方が腰に来そうだけど、こっちの方がキツいの?」
「慣れの問題だと思う、しゃがんだ状態が思ったよりもキツかった」
「そんなもの?」とアルミーが聞くので「そんなもんだ」と返しておいた。
この感覚は、二つを経験した者にしか理解出来ないものだ。つまり特別な感覚というものになる。
「はっ⁉︎ まさかこれがきっかけで覚醒を」
「するわけありませんから、早く食事を済ませて下さい。午後からやることも出来ましたので」
「ん? まだ仕事するのか?」
「いえ、直志を鍛えようかと思います」
「え? なんで?」
「余りにも弱過ぎるので、せめて剣を振れるくらいにはしておこうかと思います」
森から帰還した俺は、その足で宿に向かう。今日は良く働いた。長時間しゃがんでいたせいで、腰も足も痛くなり早く休みたいのだ。
「だから今日は、中止でいいんじゃないですか?」
「ダメです。そう言って、いつまでもしないのはご自分でも分かっているでしょう」
サンに襟首を掴まれ、引き摺られて連れて行かれる。
「ちゃんと歩きなさいよ、皆んな見てるよ!」
周囲の視線を受けて、アルミーが恥ずかしそうにしている。正義の暗殺者なんて目指していたから、てっきりこういうのは平気だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「暗殺者は忍んでいるから良いの! 表に出たら恥ずかしいしダメでしょ」
というのが、顔を赤らめたアルミーのお言葉だった。
「分かったよ、自分で歩くから離してくれ」
仕方なく自分の足で歩こうと、サンにお願いして、俺を掴んでいた手を解放してもらう。
そして、反対側に駆け出し、逃走を開始した。
そして、一瞬で捕獲された。
「ちくしょーー!」
「どうして逃げられると思ったんですか? 直志の考えは筒抜けだというのに」
「人間、ダメだと分かっていても、やらなきゃいけない時がある!」
「そういうのは、それに似合った場面で使って下さい。今の直志では負け犬にしか見えません」
決死の逃亡は不発に終わり、再び引き摺られて連れて行かれる。
「辞めてよ、もう! もっと注目浴びちゃったじゃない!」
アルミーがキョロキョロと見渡しながら、非難して来る。冒険者ギルドで大暴れした奴とは思えない態度だ。
「あれくらいの人数なら良いの! こんな大勢に注目されるのが嫌なの!」
というのが、アルミーのお言葉だった。
人数の多い少ない関係なく、注目を浴びているのだから、その違いはなさそうにも思うが、アルミーの中では違うのだろう。
そうこうしている内に、目的地に到着する。
そこは日本家屋のような作りをしており、一般的に道場と言ったらこれだろうという建物だった。
看板には《バルドロス道場》と記載されており、まんま道場と表示されていた。
「バルドロス道場? ここで剣を習うのか?」
「そうです。何でも引退したFランク冒険者が師範を務めているらしいです。実際のところ、その実力は知りませんが、ギルドで聞いた話によると、過去にドラゴンと対峙した経験があるそうです」
「ドラゴン……」
なんだか最近、聞いたことのある話だな。
何処でだったか思い出せないが、つい最近なのは間違いない。
どこだったかなぁと思いながら、道場の門を潜る。
「たのもーっ!」
急に同情破りのようなアルミーが声を上げる。
「いきなりなんだよ、びっくりするわ⁉︎」
「うん、なんだか言わないといけない気がして」
「余り変なこと言わないで下さいね、勘違いされても困りますから」
「ごめんサン、次から気をつけるよ」
サンに注意されて、大人しく謝罪するアルミー。
まあ、たまには叫びたくなる事もあるだろう。事実、俺も「たのもー‼︎」と叫んでしまっている。
「どうれー!!!!」
すると、道場の方から変な返事が返って来た。どうれーってどういう意味だ?
「何の用かと尋ねる言葉です。因みに、道場破りに対して使用する言葉でもあります」
「へー、そうなんだー……アルミーお前やったな」
「私じゃなくてタダシでしょ⁉︎ 私が叫んだとき返答なかったし!」
「擦り付けんじゃねーよ⁉︎ 俺はアルミーに続いて言っただけで、流れ的に言わなきゃなって思っただけなんだよ!」
「どちらも言っているので同罪ですね。どうやら、道場の方が見えたようですね」
道場の奥の方から、ドタドタと激しい足音が響かせながら近付いて来る。その足音はかなりの重量を感じさせるものであり、きっと大男が現れるに違いない。
「道場破りは何処じゃー⁉︎⁉︎」
怒りに満ちた声を上げて現れたのは、さらさらとした銀髪に、僧侶の格好をした魅惑的な肉体を持つ長い耳の美少女だった。
俺は彼女を見て、何となく嫌な予感がした。




