17.この世界にレベルというものが
「あ〜やる気が起きね〜、俺の生き甲斐が無くなっちまったよぅ〜」
宿屋のベッドで横になって、朝からダラダラとしている。昨日でドブさらいの仕事が終了してしまい、朝から動く気にならないのだ。
「おはようございます。ぶつぶつ言ってないで起き上がって下さい、もう直ぐ朝食の時間ですよ」
すまし顔のサンが、ノックも無しに部屋に侵入して来る。俺のプライベートなんぞ、知ったことかという態度が透けて見える。
「直志には最初からプライベートなんて存在しませんから安心して下さい」
「俺の心が休まらない⁉︎」
まさか、四六時中監視されているとは思わなかった。以前、俺の考えが筒抜けだとは言っていたが、ここまでなんて……
余りのストレスで禿げ上がってしまいそうだ。
「何とも思ってないでしょうに。早く行きますよ、今日から私達と森に行くんですから」
まあ、そうなんだけどね。
最初は忌避感を抱いたが、俺の一部なんだから当たり前かと思うようになっていた。おかげで、便利な召使いのように使えるようになっていた。
言葉にしなくても、意思が通じる。そして俺の望むように動いてくれるのだ。
だから早く俺を抱えて食堂へ行け。
「窓から投げ落として差し上げましょうか? 地獄を見たくなかったら十秒で準備して下さい」
「イエスマム!」
目がマジだった。まるで、Gブリを見るかのようで、いつでもお前を56せるんだぞという気概が伝わって来る。
俺は急いで立ち上がり、部屋を出る。
行きましょうかサンさんと、俺の一部であるはずのサンに媚びへつらいながら食堂へ向かう。
「タダシ遅いのよ! サンに余計な手間取らせないでよ!」
食堂ではアルミーが席を取っており、腹が減ったのかテーブルに突っ伏していた。だが、俺達の姿を見るなり立ち上がって文句を言う。
何でコイツは朝から元気なんだろう?
俺は生き甲斐を失ったというのに。
怒るアルミーに「すまなかったな貧乳」と謝罪すると、ふんぬっ!とボディを頂いた。
「どうして余計なことを言うんです?」
「オエッ、弄らないのは、マナー違反だと思って」
「次言ったら風穴空けるからね!」
怒り心頭といった様子のアルミーだが、今のはフリだろうか? もっと弄れという欲しがりさんなのかも知れない。
「本当に殺されますよ」
「冗談だって、これ以上はマジで死ぬ」
腹にダメージを負いながらも朝食を摂ると、森に向かう準備をする。
本来なら、俺はまだ森での依頼を受けることは出来ない。だが、昨日までやっていたドブさらいの仕事ぶりが良かったようで、役所から名指しで好評を頂いた。そのおかげでサンの保護下という条件付きで、森への侵入が許されたのだ。
……俺の一部の筈なのに、本体の保護者になるっておかしくないだろうか?
「ぶつぶつ言ってないで行くわよ、モンスターに襲われても知らないからね」
「安心しろ、その時はアルミーに擦り付けるから」
「ガチクズ過ぎて引くんですけど。男として情けなくないの?」
「まったく情けなくない! 男女平等の世の中で、男だからとか女だからとか言ってる方が情けない! 男女関係なく、強い奴が対処すべきだと俺は思う!」
「えっ? あっ? そうなの? そうなのかな? なんか違うような、でもまともなこと言ってるような……」
「騙されちゃいけませんよ。直志は、弱い自分の行いを正当化しようとしているだけです。モンスタートレインは、最も忌むべき行いの一つですからね」
「そ、そうだよね! 男女平等とか言い出すから騙される所だった! この卑怯者!」
「酷いなぁ、俺は自分が弱いって自覚してるんだぜ。生き残るための戦略を立てるのは当たり前だろ?」
「最強を願っていた男の言葉ではないですね」
それは追々だ。
この身にチートがあるのは分かっている。サンも伸び代だけはあると言っていたので、努力すれば幾らでも強くなる筈だ。
だから今は、鍛えるときなのだ。
「努力か……」
それが嫌だからチートを願ったのにな、何でこんなことになったんだろう。サンじゃなくて、俺の体にチートを宿してくれたら良かったのに。
「体を破裂させたいんですか?」
「辞めときます。現状維持でお願いします」
分かってます。サンさんが俺に入り切れなかったチートだって。ちゃんと覚えております。
森の中を歩く。道は整備されており、三人並んでも問題ないくらいの道幅が確保されている。
この森には、モンスターが生息している。それなのに、どうして道が整備されているのだろうとサンに尋ねると「冒険者ギルドがこの道の整備依頼を定期的に出しているからです」なのだそうだ。
森はモンスターのテリトリーだ。その身を隠す場所が多くあり、奇襲を受けてはベテランの冒険者でもやられてしまう。だからこそ、道を整備して冒険者の生存率を向上させようとしたそうだ。
その狙いは当たっており、道が出来る前と比べて、冒険者の生存率は格段に向上したらしい。
「ゴブリンが来るよ」
先頭を行くアルミーが告げる。その言葉通り、横の草むらから一体のゴブリンが姿を現した。
濃い緑色の体色をしており、人の子供くらいの体格。ボロボロの腰布に右手には棍棒が装備されている。
モンスターの中でも最弱とされるモンスター。しかしそれはゲームの中の話で、実際はそれなりに強かったりする。
だが、戦いの練習相手にはピッタリだ。
「はい終わり」
「アルミーさーん!?」
俺の練習相手が瞬殺されてしまった。それなりに強いとか言ってたけど、どうやらそれは嘘のようだ。
やっぱゴブリンって弱いわ。
「いえ、アルミーが強いだけで、ゴブリンは油断して良い相手ではありません。今の直志ではギリギリ勝てるどうかです」
「え? でも、前に盗賊一人くらいなら倒せるって言ってなかった?」
「そこらの盗賊は、ゴブリンに負けてしますから」
「盗賊ってそんなに弱いの⁉︎」
「そりゃ弱いでしょ。盗賊なんて食い扶持に困った村人がなるもんだから、戦い方なんて殆ど知らないはずよ」
そうアルミーが教えてくれる。
つまり俺は、村人と同列か毛の生えた程度ということになる。これじゃあ、伸び代しかないのは当然じゃないですかー。いやだもう〜。
底辺からの成り上がりは王道だけど、時間が掛かり過ぎて好みではない。
もっとあっさりと、インスタントに強くなる方法はないんですか?
「とことん向上心がなくて潔いですね、一周回って清々しさすら感じます」
「努力、勉強、鍛錬、全て嫌いな言葉です」
「タダシがSマイナスなのも納得だわ」
うるさいぞ貧乳。なんて言ってやりたかったが、本当に風穴空けられそうなので止めておく。
「とにかく、次モンスターが現れたら俺が倒すから、二人は控えておいて」
俺の言葉に分かったわよと頷く二人。分かれば良いのだ。これから俺は、経験値を獲得して、レベルを上げて、ランクを上げ最強に至るのだ。目標は半年以内。
不可能ではない筈だ。何せここにはサンがいるのだから。
だから、少し助けてもらって良いですか?
「うわっ⁉︎ こなくそ! ぐあっ! おんりゃー‼︎ ぴぎゅあべ⁉︎ 」
ゴブリンを相手に必死に剣を振る。だが、当たらない、擦りもしない。ギギッと笑うゴブリンの顔面に突きを行うが、小石に躓いて転んでしまう。
おのれ、ゴブリンめ、足元に罠を仕掛けるとは……っ⁉︎
この策士のゴブリン。もしかしたら、ユニークモンスターなのかも知れない。若しくはゴブリンキングなる上位種の可能性すら見えて来た。
「ただのゴブリンですので、早く倒して下さい」
「マジでか⁉︎ 上位種じゃないの⁉︎」
「早くしてよ〜薬草採取できないじゃない」
ふぁ〜と欠伸しながら余裕ぶっこいてるアルミーが妬ましい。
ちくしょう〜と思いながらも、必死に剣を振り回し、最後はもつれるように倒れた。
そして、痛ててと立ち上がると、俺の剣がゴブリンに突き刺さっていた。
「やったどーーー‼︎」と勝鬨を上げる俺。確かな勝利を実感して、ゴブリンを倒した経験値が俺の中に流れ込む。
「あのー、さっきから経験値とか言ってますけど、ありませんからね、レベル」
「はっ? じゃあ、この体に流れ込んで来る感覚は?」
「気のせいです」
「じゃあ俺は、どうやったら強くなれるの?」
「鍛錬しかありません」
「あははっ、あはははっ! そんな、サンさん、冗談がうまいんだからぁ〜…………マジ?」
真剣な俺の問い掛けに、サンも真剣に頷く。
その隣で「レベルって何?」とアルミーが呑気にしているが、こんな貧乳娘のことなんて、この際どうでも良い。
「この世界はクソゲーかっ⁉︎」
「タダシの頭が、おめでた過ぎるだけです」
四つん這いになって絶望する俺。昨日に引き続き、今日もショックを受けるなんて思いもしなかった。
この世界はいつから俺の敵になったのだろう。ここは俺が主役の世界じゃないのか?
「馬鹿やってないで早く行きますよ、薬草の群生地まであと少しです」
落ち込む俺を無視してサンとアルミーは先に行く。もう相手にしてられないと思ったのかも知れない。
俺は立ち上がって空を見る。
その空はどこまでも青く、いつか襲ってきた鳥のモンスターが急降下して来るのが見えた。




