15.直志を頼って下さい
「それじゃあ行って来る!」
「……」
宿屋から出て行く直志を見送り、無言でお茶を啜る。
テンション高めに出発した直志は、あの日以来、ドブさらいの魅力に取り憑かれたようで、毎日のようにドブさらいの仕事に勤しんでいる。
「ねえ、良いの?もう一週間も同じ仕事してるよ?」
「今は放っておきましょう。収入も高額ですし、ドブさらいの仕事も、もう直ぐ終了するみたいなので問題ないでしょう」
心配するアルミーに安心させるように言うサン。
昨日、ギルドで確認すると、早ければ今日にでも仕事が終わるようだった。
本来なら、あと二週間の期間が想定されていたようだが、直志の働きにより予定よりかなり早く終了するらしいのだ。しかも評判が良く、こんな戦力になる人材(労働力)は滅多にいないと言われていた。
まさか、労働の喜びを覚えただけでなく、社畜の才能まで開花させてしまうとは思いもしなかった。
当初は、異世界を舐め腐っている主人の性根を叩き直そうとやらせた仕事だが、まったく別のベクトルの結果を生み出してしまった。
最初は頭を抱えたが、一時的なものだと思い諦めて、逆に良い傾向だと捉えるようにしていた。
「それで、私達はどうするの?今日も薬草採取?」
「いえ、今日は休みにしようと思います」
「本当!?やったー!」
主人のタダシに合わせて働いていたのだが、本来なら5日働けば2日間は休みにしようと思っていた。だから、寧ろ遅いくらいの休みなのだ。
喜ぶアルミーの姿を見ると、罪悪感が芽生えて来るサンだった。
「ねえねえ、どこに遊び行く?」
「? アルミーの好きな所に遊びに行ってもらって良いですよ、せっかくの休みですので」
「えー、一緒に遊ぼうよー。ひとりじゃつまんないじゃない」
「私は用事があるのですが……一緒に来ますか?」
「いく!」
元気よく返事をする赤髪の少女アルミー。
活発で大変よろしいのだが、これから行く場所は、年頃の女の子が行くには少々つまらない場所でもある。
サン達も宿を出ると、目的地に向かって歩き出す。
その目的地は商業地区にあり、スタング領に到着するまで共に過ごしたハンスの店だ。
店によると約束しておきながら、これまで足を向けていなかった。
別れ際に、仕事を依頼していたのだが、その返事がまだないので、その進捗状況の確認も込めて本日窺う次第だ。
「ねえ、あれ食べない?」
「先程、朝食を食べたばかりでしょう? もう、お腹空いたんですか?」
サンの隣を歩くアルミーは、いつか見たクレープ屋を指差してサンを誘う。
「違うよ、甘い物は別腹って言うでしょ? お腹は空いてないけど、心が甘い物を求めちゃってるんだよ」
「どの世界でも、甘い物の魅力は変わりませんね」
金髪の縦ロールを弄りながら、サンはクレープ屋に料金を支払う。注文したのは二つで、サンも食べる所存である。
肉体が欲しているのだ。ミルローズの肉体が、甘い物を食べたいと訴えかけて来るのだ。
「美味しいね!」と笑顔のアルミーに「そうですね」と軽く返すサン。二人とも見た目が良いのもあり、周囲の注目を掻っ攫ってしまう。
そんな視線なんか気にしない二人だが、そのせいで面倒な輩に目を付けられてしまった。
「やあ、お嬢さん方、俺たちと一緒に遊び行かない?」
チャラチャラとした風貌の男達から囲まれてしまったのだ。高身長で顔立ちも優れており、アクセサリーも多く身に付けているところから、それなりに地位の高い者達だと分かる。
更に言えば、護衛らしき人物も着いており、逆らえばどうなるか分かったものではない。事実、周囲から人が離れており、ここではそれなりに有名な厄介者なのだと推測できる。
これが、そこら辺のチンピラなら拳に物を言わせてノックアウトしたのだが、地位があるか特権階級の人物だとすると話が変わって来る。
「なあ、どうすんのよ。俺たちと行くの? 行かないの? 拒否権は無いけどなっ! ギャハハブベラッ⁉︎」
「サンに近寄るな害虫」
こんな時は話し合いが大切だ。どれだけ性欲に負けていたとしても、相手は同じ人間である。言語を介せば分かり合える筈だ。
そう、肉体言語もまた言語なのである。
「貴様! 俺たちにこんな事してグボッ⁉︎」
拳が鳩尾にめり込む。アルミーの細腕のどこにそんな力がと問いたくなるほどの衝撃が、男の体を貫いた。
「分かってんのか⁉︎ 俺たちは錬金術師ギルド会長のまブベッ⁉︎」
無言のアルミーは、無防備になった顔面に向かって飛び込み、頭を掴んで膝蹴りを叩き込んだ。
「おい護衛! 何してる⁉︎ 早く助けろ!」
必死に叫ぶ男は、背後にいるはずの護衛に目を向ける。すると、そこには縦ロールの金髪の美女が、護衛を片手で持ち上げて無力化していた。
これは夢か?
サン達に声を掛けた最後の男は、混乱していた。今回もこれまで同様、可愛い子を無理矢理引っ張って行くだけの暇つぶしだったはずだ。
少し遊んで、そして捨てる。それで終わるはずだったのに、一瞬でいつもの日常が消えてしまった。
おかしい。俺たちは錬金術師ギルドの会長や重役の血縁者で、孫に当たるんだぞ。そんな俺たちに危害を加えておいて、タダで済むと思うなよ。
そう吠えたいが、それはもう叶わない。
「グボバベッ⁉︎⁉︎」
褐色肌の少女の拳が、顔面に突き刺さり地面に叩き付けられたからだ。
名前も知らない彼らは、言葉を知らない人物に話しかけたせいで、彼女たちなりの言語で返されたのである。
ただそれだけの話である。
少しだけ補足すると、この出来事のおかげで治安が良くなったくらいだろう。
「ねえサン、コイツらどうするの? 嫌な予感がして潰しちゃったけど、問題なかったかな?」
「問題大有りです。ですが、やってしまったものは仕方ありません。そこら辺に寄せておきましょう」
一応、サンは話合おうとした。一応だが、相手の出方を伺おうともしていた。だが、アルミーの判断と行動が早過ぎて、後手に回ってしまったのだ。
こうなったら仕方ないと、一番強そうなのを無力化して、あとはアルミーが全員の意識を刈り取ってしまった。
まあ、何と言うか。
「不味いことになりそうですね」
そんな予感が、サンの胸中に渦巻いた。
錬金術師ギルドの名称が彼らの口から出て来ており、権力者関係の血縁者なのは明らかだ。
この周辺にいる人達も、関わらないようにと身を引いていたのが何よりの証拠だろう。
彼ら自身はチンピラと大差ない存在だとしても、この出来事が錬金術師ギルドの上層部に知られ、彼らを擁護する者がいれば、面倒くさいイベントが発生しそうである。
それこそ、直志が喜びそうなイベントが。
このスタング領では、錬金術師が幅を利かせている。王都以上に発展した都市と呼ばれるだけあり、今も様々な技術が開発されては発表されているのは、それだけ錬金術師を優遇しているからだ。
更にスタング伯爵が、錬金術師ギルドに補助金を出しており、ズブズブの関係だと思われる。
情報が足りなくて歯噛みする。
この肉体を一度捨てて、空へと上がれば事情を把握するのは容易いのだが、未だミルローズの肉体の強化が終わっておらず、一度でも離れると崩壊する恐れがあった。
仕方ないと彼らを裏道に放り込むと、ストリートチルドレンらしき子達が、いろんな物をむしり取って去って行った。
残ったのは全裸の男五人だけだった。
「なかなかの手際ね、私より上手いかも知れないわ」
アルミーが全裸にひん剥かれた男達を見て呟く。それは、ストリートチルドレンの服の剥ぎ取り方に付いての賞賛だった。はっきり言ってどうでも良かった。
「早く行きましょう。これ以上、変なのに絡まれても面倒ですので」
その言葉に頷いたアルミーは、サンの腕に絡み付く。その姿が猫みたいだなぁと、先ほどの暴力的な雰囲気が嘘のようだった。
※
「サンさん、申し訳ありません。トラブル続きでして、未だ連絡が取れてないんです」
ハンスが営んでいる店に到着して入店すると、そこには疲れた顔のハンスがカウンターで首を垂れていた。
何かあったのだろうと考えるのは簡単で、その理由も何となく察せれた。
「何も無いね」
アルミーは呟くと店内を見回した。
そう、店内に並んだ陳列棚の殆どが空なのだ。
ハンスと出会ったとき、あの馬車には一杯の積荷があった。その全てが錬金術で使用する素材であり、本来ならそう簡単に無くなるはずのない物たちだった。
もしかしたら、錬金術師が大量に購入して行った可能性もあるが、ハンスの様子を見る限りそれも無さそうだった。
「何があったんです? あの時の積荷はどこに……」
「あはは、全部持って行かれました」
疲れた様子で笑うハンスの顔には、剃っていないのか髭が生えており、実年齢よりだいぶ上に見えた。
「誰にですか?」
「錬金術師にです。エアールブ大公国から仕入れたと聞き付けたのか、協会の奴が急に現れて、奪って行ったんです」
「代金は……」
首を振り貰ってませんと言うハンス。
『後日支払うから待っていろ!』と太った錬金術師が自身の身分証を掲げ、錬金術師協会の会長のサインの入った書類を置いて行ったのだ。
後日、書類を持って錬金術師協会に掛け合うが、対応してもらえず追い出されたそうだ。
「あれから毎日行っていますが、いつも同じ言葉で追い返されます」
「なんと?」
「〝トプリンク一級錬金術師は、そんな物知らない〟だそうです」
「もしや騙されたのですか?」
「それはありません。渡された契約書には偽造不可能な彫刻もされた本物でした。それに、トプリンクという錬金術師の風貌は噂で聞いていましたが、その通りの姿をしていたそうです」
「それほど有名な方なのですか?」
「はい、何せ錬金術師協会の次期会長候補ですから」
「それほどの方が何故?」
「……これはあくまでも噂ですが、協会の会長が倒れたらしく、協会内で次期会長の座を巡り争っているそうです」
「それでも、店の物を勝手に持って行くのは許されないはずです。スタング伯爵へ掛け合えば、料金の回収は出来るのではないですか?」
「既に掛け合いました。ですが、個人間の取引というのもあり、直ぐには動いてくれないようです。それに気になることもあるんです」
「それは何ですか?」
「トプリンクという錬金術師ですが、噂では人格者という話でした。ですが、今回の行動は余りにも……」
噂と違いすぎる。そうハンスはこぼすが、今回の出来事から噂が独り歩きしているようにしか見えなかった。
頭を垂れたハンスを見て、サンはアンナが居ないのに気付く。身重の体だ。そうそう何処かに行けるはずもなく、前回の仕入れが終わると店を手伝いながらゆっくりすると言っていた。そのアンナの姿が見えない。
「ハンスさん、アンナさんは何処に?」
「奥で寝ています。実は、その対応をしたのがアンナだったんです。それで、ショックを受けてしまって」
「えっ、大丈夫なの!?」
「安静にしていれば問題はないそうです」
「そうですか……ハンスさん、もしも、どうにもならなければ、直志を頼って下さい」
「タダシさんですか?」
「はい、きっと解決してくれますよ」
ハンスはサンの言葉に疑問を持ったが、彼女がそう言うのならば間違いないだろうと、何故か納得してしまった。




