13.ランク制度は世界非共通
結論から言うと、自害には失敗した。
俺の思考が読めるサンが、短剣を手刀で砕いて防いだのだ。
「アホですか」
そう冷たく言い放つサンを無視して、俺は死なせてくれと膝を付いて絶望した。
そんな俺を見ていた冒険者達は、酒場から立ち上がると、まあこっち来いよと優しく連れて行ってくれた。
そして、勧められるままに席に座ると、人生いろいろあるさと慰めてくれる。
「俺、オレ、初めて告白したんです。それが男だったなんて、あんまりだ……」
「そうだよな、まだ若いもんな。でもこれから、沢山の出会いが待っているんだ。気ぃ落とすなよ」
「気にすんなって、ここにいる奴らは皆んなカーリーに声掛けたんだ。もう、俺達は仲間だ仲間」
「カーリーは多くの男を堕として来た猛者だ。あいつを倒そうなんて考えるなよ、男と知ってもカーリーのケツを狙っている奴は大勢いるからな」
「ひいっ⁉︎あ、アンタ、それ本当なのかい⁉︎」
「さっきの潔さは痺れたが、命を粗末にしちゃいけねーな。童貞の内は何がなんでも生きろよ!」
男達の慰めに、俺の心は癒やされた。
やはり、待つべきものは仲間である。
「バカやってないで行きますよ、そろそろ登録する窓口が閉まりそうです」
俺は今日出会った仲間との別れを惜しみながら席を立つ。また戻って来よう。こんなに心地よい場所は初めてだ。きっとここが、俺の第二の故郷なのだ。
「未だに現実が受け入れられないようですね。早くしないと、ギルド登録のイベントが先延ばしになっちゃいますよ」
「おっと、そうだった! 早く登録しに行こうぜ」
「第二の故郷はいいの?」
「ああ、大切な思い出はいつも胸の中にしまってあるからな」
「うわー」
「アルミー、相手するだけ無駄なので、聞き流して良いですよ。まともに相手していては、こちらの身が持ちません」
頬を引き攣らせて、盛大に引いているアルミー。その対処法を知っているサンが、優しく忠告していた。
この二人もいろいろ大変だなと思いながら、受付のお姉さんにギルドに登録したい旨を伝えた。
「お姉さん!ギルド登録!よろしく!」
「登録はあちらの窓口になります」
「はい、ありがとうございます」
カッコつけて緩急混じりに台詞を吐いたら、あっさりと流された。
少しだけ恥ずかしかった。
「うわ、顔真っ赤」
「今のは恥ずかしいですね。受付さんに冷静に対処されたのも余計に恥ずかしいです」
「う、うるさい!早く登録するぞ!」
地味に恥ずかしい思いをしながら、隣の受付に足を向けると、アルミーから背中を叩かれた。
振り向くと、アルミーがサンの手を取り接近していた。
「『是非、貴方様のお名前を教えて欲しい。この世に咲いた一輪の薔薇よ』ぷっ、あはははっ!」
「いい度胸だ胸無し妖怪。ここで決着を付けてやろう」
「なんだとぉ!誰が胸無しだ!その首切り落としてやる!」
「やめて下さい。いい加減にしないと、ギルドから追い出されてしまいます」
なぬっと受付の方を見ると、額に血管の浮いたお姉さんがいた。顔は笑顔なのに、強烈な怒気を発している。
怖い。ひたすらに怖い。
なので、俺とアルミーは動きを止めて、ごめんなさいと90度のお辞儀で謝罪する。
「ここまで長かったな」
「殆どタダシの所為ですけどね」
「それで、誰からやるの?」
新規登録する為の受付に移動すると、必要事項をこちらの書面に記入下さいと事務的に熟すお姉さん。
書き書きと記入していき、はいと提出すると、
「では、これよりあなた方の実力を鑑定します。お一人ずつこちらの水晶に手を置いて下さい」
キタコレッ!!
待ちに待った鑑定の儀である。
ここで俺の真の実力が顕となり、あれ〜俺なんかやっちゃいました〜を連発する冒険者生活が始まるに違いない。
「そんな日常、嫌過ぎません?」
「ぜんぜん」
寧ろ、ドンと来いよ!
「それで、どうするの?誰からやるの?」
「まあ、落ち着けって。ここはそうだなぁ、サンから行っと……」
いや、待てよ。
一度、冷静に考えてみよう。
これまで散々上げて落とされて来た。
「上げた事ありましたっけ?」
言っちゃなんだが、俺自身は弱い。サンというチートが付いているから勘違いしてしまうが、俺の体はそれほど強くはない、と思う。魔力がどれくらいあるか分からないが、そっちの方はきっと多いはずだ。
だから、水晶の鑑定で高い評価を受けるのは間違いない。もしかしたら、水晶のキャパを超えて破壊してしまうかも知れない。
じゃあ、大取りとして最後に受けるべきじゃないか?
いやいや、もし違ったら、ここまで期待させといて落とされる可能性は十分にあり得る。
それなら、最初に鑑定を受けて、ショックを小さくするべきじゃないだろうか。
だがそれだと、最高の結果を出した後の余韻に浸れなくなってしまう。
どうする?受付のお姉さんの視線が鋭くなっている。タイムリミットはもう直ぐだ。
「ねえ、さっきからなにブツブツ言ってんの?」
「そっとしてあげましょう、発作みたいなものですから」
仮に平凡な結果だったらどうだろう。
初心者冒険者がEランクやDランクの判定を受けて、最低ランクから冒険者を開始する。
それは冒険者として王道で、それはそれで自分の成長を感じられて良い。だが、である、中途半端に上位に食い込んだらどうなるだろう。
きっと全てが中途半端になるに違いない。
それだけは嫌だ。
待て、考えが逸れた。今は何番目に鑑定を受けるかだ。
最低な結果ならみんなから笑われるに違いない。最高の結果なら皆から崇められるに違いない。
受けるなら最初か最後だ。
どうする、どうする!?
「誰も受けないの?私が最初に行っていい?」
「待てアルミー」
「なによ?」
「俺が行く」
「はい?」
「俺が最初に鑑定を受ける。ここは俺に任せておけ」
ふっ、と笑みを浮かべて俺は決戦の地へと向かう。その姿は、さながら死地へ赴く戦士の様だっただろう。
ここから始まるのだ。
俺の輝かしい冒険者ライフが!
「お願いします」
「早くして下さい。終業時間が迫ってますので」
受付の言葉を無視して、俺は水晶に手を伸ばす。スーハースーハー呼吸を整え、いざ尋常に勝負!
「きええぇぇーー!!」
パチンと音が鳴り、水晶に触れる俺の手。
水晶から伝わるひんやりとした感触が、遂に触れたのだと教えてくれる。
少しすると、水晶が変化していく。
段々と黒いモヤのような物が浮かび、やがて黒一色に染まった。そして黒の中にはキラキラと光る星があり、まるで冬の夜空のように綺麗だった。
「こ、これは!?」
受付の驚く声が耳に届く。
声に反応して受付のお姉さんの顔を見ると、驚愕に染まっていた。
これはもしや!?
「え、Sランクです。いえ、S −ランクです!」
「っしゃあーーー!!」
キタコレ!!
ついに来た。俺の時代が。ここから始まるのだ。俺の物語が、俺の伝説が!
水晶を破れなかったのは不満だが、この際、我儘は言うまい。
俺の声がギルド内に響き渡り、S −ランクであると皆が知る事になる。
「お、おい、あいつSランクだってよ」
「マジかよ、やっべーな」
「マイナスが付いている。まだ救いはある、いや無いな」
「いやー、マジで存在するんだなS−ランクって」
などなど、既に俺を称える声が上がっている。
こんなに気持ちいいことはない。
「次の方どうぞ」
「あっじゃあ私が」
「おめでとうございます。M+ランクです」
「はい」
ん?何だろう、M+ランクって?聞き間違いかな?
「なあ、アルミー、今何ランクって言われたんだ?」
「なによ?聞いてなかったの?M+ランクよ。タダシよりもずっと上の」
「はあ?何言ってんだお前、頂点がスペシャルなSランクだろ?」
「はあ〜、何言ってんの?」
「何がだよ?」
どうにも会話が噛み合わない。
もしかしたら俺は、何か大切なものを見落としているのかも知れない。
「次の方どうぞ〜」
「はい」
う〜んと悩む俺を他所に、最後にサンが鑑定を行う。
すっと伸ばされた手は、その動作ひとつに気品が宿っており、受付もサンから目が離せなくなっていた。
そして、細く艶やかな手は、そっと水晶に触れた。
水晶から強烈な光が溢れ出し、ギルドを明るく照らす。
「目が!?目がー!!」
サンから目を離せなかった受付が、モロに光を直視してしまい、目を焼かれたようだ。
「これは失礼。どうでしょう、見えるようになりましたか?」
「あ、ありがとうございます!」
どうやらサンは、回復魔法を使い受付のお姉さんの目を治療したようだ。
さっきまで、早くしろやボケみたいな態度だった受付が、まるでサンをアイドルを見るような目に変わっていた。
「それで、私の鑑定結果はどうだったのでしょう?」
「あ?そうでした!はい、えーと、これは!? Fランクです!貴方様はFランクでございまする!」
語尾がおかしくなっているが、受付が驚いているのが良くわかる。
何だ、何で驚いている。Fランクだろう、一番下のランクじゃないか。一体どこに驚く要素がある。
ギルド内もそうだ。受付の驚きの声を聞いた冒険者が、口々に驚いている。
「お、おい、あの娘、Fランクだってよ」
「マジかよ、間違いじゃないのか?」
「伝説の再来か!?」
「いやー、本当に存在するんだなFランクって」
まるで、俺の時と同じくらいに盛り上がっている。いや、下手すればそれ以上か。てか、伝説の再来ってなんだ?そんなにランクが低いのか?
……ランク?
「あの〜、サンさん、ひとつお尋ねしたいのですが」
「どうしたんです、もみ手なんかして?」
「冒険者のランクって、どうなってるのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「……聞かない方が良いですよ」
「そんな言い方されたら、余計に気になるわ!? 良いから教えてくれ!」
「分かりました。そこまでの覚悟がおありなら」
「いや、そんな鬼気迫る表情せんでもいいやん。なんだか絶望しかないんだが」
聞かない方が良いかなぁと思い直していると、サンの説明が始まってしまった。
水晶は10段階の評価が可能なのだそうな、一番上からF、L、M、Sの順番でランク分けされており、L、M、Sの3つは+と−が付いて評価されるのだとか。
つまり俺は……。
「最低ランクです」
四つん這いになり絶望した。
どうやら、異世界には夢も希望も俺を慕ってくれる女の子もいないようだ。
「てか何だよS M Lって!マッ◯のサイズじゃねーんだよ!プラス五十円でLサイズです、じゃねーんだよ!じゃあ、百円払うからLランクにしてくれってんだよー!!」
「残念ながら、実力なので諦めて下さい。Sマイナスのタダシさん」
「何言ってるか分からないけど、何事も諦めが肝心だよ、Sマイナスのタダシ」
「これから強くなれば良いさ、Sマイナスの兄ちゃん」
「元気出せよSマイナスの兄ちゃん」
「人生いろいろだって、Sマイナス」
「もう就業時間過ぎたんでこっち見ないでもらえます。Sマイナスさん」
サンやアルミーから始まり、ギルドにいる冒険者から励ましの言葉を貰った。
そんな彼らのおかげで、殺意が溢れて仕方ない。もしも殺意で人を殺せるなら、ここにいる全員を殺している自信がある。それくらい、俺は彼らに感謝している。
「覚えてろよお前ら!絶対見返してやるからなー!!」
絶対にヤってやる。
そう心に誓い、俺はギルドから逃げ出した。




