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12.彼が私の初恋でした…

 領都アルマニアには、様々な種族の人達が集まる。

 人間に獣人、エルフにドワーフ、ホビットに鬼族、偶に巨人族も来るらしいのだが、領都の外れにある巨大な建物でひと時を過ごして去って行くらしい。


 正にファンタジーな世界だ。


 前回も言ったが、領都アルマニアは発展している。伯爵家が治める土地ではあるが、発展具合で言えば王都を凌ぐものなのだとか。

 街中を歩けば、人々が活発に活動しており、道を魔力で走る小型の魔道列車が進んで行く。決して速くはないが、それでも馬車よりは速く多くの人が利用している。


 この調子で行くと、近い将来、自動車のような乗り物が出来るのかも知れない。

 可能なら俺の手で発明したかったが、今回はこの世界の住人に譲ってやろう。


「そもそも、車の設計を知っているんですか?」


「ふふ、知る訳ないだろ」


 サンの呆れた視線を無視して俺達は歩く。

 目的地は、アルマニアの中でも東側にあり、繁華街を通り過ぎると、その先に見えて来るとハンスさんは言っていた。


「ねえねえ、あれ食べようよ!」


「パルプンクレープですか、良いですね。タダシも食べますか?」


「すんごい何か起こりそうな名前だな」


 繁華街には多くの飲食店が立ち並び、出店も変わらないくらいの数が並んでいる。

 この通りを歩く人達は様々だが、特に荒くれ者が多く見える。


 アルミーからパルプンクレープを受け取り、見た目は普通のイチゴシロップとホイップを使ったクレープ。

 めちゃくちゃ甘そうだなと思いながら、一口頬張ると衝撃を受けた。


「何これ!?甘っ!辛っ!?美味い!!」


 甘味と辛味の暴力に思わず美味いと叫んでしまう。

 その言葉に出店のおっさんは、せやろうせやろうと頷きドヤ顔だ。

 もの凄く負けた気分になるが、パルプンクレープを食べるのを抑えられない。もしかして、やばい薬物でも入っているのではないかと疑いたくなるほどだ。


「本当だ!?何これ何これ!?」


「癖になる辛味に、程良い甘さで落差を出して強いインパクトを出していますね。これは、ハマる人にはハマるでしょう」


 こんな風に買い食いをしつつ、俺達は目的地に向かう。

 そして到着した頃には、腹一杯で動ける状態ではなくなっていた。


「う、動けない、たす、け、て」


「死に際みたいな言い方すんなよな、まぎらわしい。まっ、動けないのは俺も一緒だけどな」


 まさか敵の術中にハマるとは、恐るべし、異世界の食文化!!


「その世界には世界なりの、地域には地域なりの特色に合った文化が育まれます。それは食も同じで、その地域に住む人々がより美味しい物を求めているものです。異世界から持ち込んだ物や知識が絶賛されるとは限りません。下手をすれば、その土地の文化を破壊しかねないんです。ですので、くれぐれも、サンドイッチとかホットドッグとか安直な物は出さないようにして下さいね」


「……はい」


 まだ何も言ってないし、思ってもいないが、この屋台で物を出すとなると既存に無い物をチョイスするだろう。それを阻止する為に、サンは忠告したのだろう。


 まったく馬鹿だなぁ、俺がそんなこと考えるわけ、


「既にタピオカドリンクを考えてますよね?」


「さあ、なんのことかなぁ〜」


 あータピオカミルクティー飲みたいなー。


 目的地である冒険者ギルドの目の前のベンチで、ぐったりして動けない俺とアルミー。

 俺達の倍は食べているはずなのに、平気そうなサン。その手にはドリンクがあり、チューチューと吸っている。


「お前、あれだけ食べたのによく平気だな?どこ行ったんだよあの量」


「よく言うでしょう、甘いものは別腹と」


「そんなん言ったら、アルミーはどうなんだよ?完全に終わってるぞ」


「う〜お腹痛い〜」


「まだまだ修行が足りないという事です。ですが、どうなさいます?この調子だと冒険者ギルドへの登録は厳しそうですけど」


「待て!このイベントを見逃すなんて事は出来ないっ!もう少し、もう少しで動けるようになるはずだ!!」


 ぐぎぎっと歯を食いしばって動こうとするが、膨れた腹が邪魔で起き上がれない。

 せっかくのギルド登録イベントだと言うのに、なんという体たらくか!?


「別にギルドは逃げませんから、明日でも良いんじゃないですか?」


「嫌だ!今日がいい!今日じゃないとダメなんだよ!?」


「何故です?」


「さっき可愛い子が入って行くのが見えたから」


「うわっ、最低ー」


 隣に座るアルミーから非難の声が上がるが、そんなんどうでもいい。

 やっぱりさ、そろそろさ、いい加減にさ、異世界に来たんだからさぁ、ハーレム要員欲しいじゃん。

 さっきギルドに入って行った紫色の髪のお姉さん、スッゲー美人だったんだ。


「本当に最低ですね」


 別になんと思われようと構わない、だから、


「サンさん、お願いですからこの状態を何とかして下さい」


 心の底からサンにお願いした。


「凄く他力本願で清々しいですね。しかし、時間も推してますので、用事は早く済ませてしまいましょう」


「おっ?おおー!?」


「お腹が痛くない!?」


 サンが手を振ると、あっという間に腹痛が治ってしまった。それに、つい先程まで膨れていた腹も引っ込んでいる。こんな凄い事が出来るなら、早く言って欲しいものである。


「残念ながら、そんな都合の良い魔法ではありません。栄養の吸収を高めて、腹に収まった分をエネルギーに変換したんです」


「……エネルギーって言うと、まさか!?」


 俺にはさっぱりだったが、サンの言葉を理解したアルミーは焦ったように体を触り出した。


「やだやだやだ!太ももが太くなってる!?お腹にも脂肪が付いてる!?二の腕も太くなってる!?いやーーー!!」


 突然の絶叫に驚く俺だが、確かに体が太くなった気はしないでもないが、そんなに気にする程ではない。アルミーは元々細いんだし、この程度で何を狼狽えているのやら。


 俺がため息を吐いて呆れた表情をしていたからか、アルミーは半泣きで俺を睨んで来た。


「男のタダシにはわからないでしょうね!女の子は体型維持は、それはもう大変な労力が必要なのよ!」


「大丈夫だって、アルミーは元々細かったんだし、胸にもしっかり肉付い……」


「あんた、それ以上言ったら殺すわよ」


 いつの間にかナイフが首元に添えられていた。

 俺を見るアルミーの眼光は鋭く、それはもうマジで殺すぞこの野郎と語っていた。

 両手を上げて降伏のポーズで主張する。冗談だと、今のは冗談だと、本当は思ってるけど冗談だと意思表示する。


「落ち着けって、冗談だからさ。それより早く登録しようぜ、このままじゃ日が暮れちゃうしさ」


「……ふん!」


 そっぽを向いてしまったアルミーは放っておいて、早く冒険者ギルドに行こう。

 きっと、この扉を開けると三下冒険者に絡まれて、舐めた態度を取られるのだ。それを華麗に圧倒して、ギルド内に強烈なインパクトを与えるに違いない。更に冒険者登録でSランクに認定されて、鮮烈な冒険者デビューを果たす!

 ここから始まるのだ。

 俺の最強無双冒険譚が!


「下らない妄想はその辺にして、早く扉を開けて下さい。後が支えてますよ」


「あっ、すんません」


 背後を見ると、人相の悪い三下冒険者が並んで待っていた。

 道端にペッと唾を吐き捨てるが、大人しく待っている辺り、真面目な人なのかも知れない。


 後ろに押される形で、冒険者ギルドの扉を開く。

 そして中に入ると、そこは想像していた通りの場所だった。


 入って正面には受付のカウンターがあり、向かって右側には依頼であろう用紙が張り出された掲示板がある。そして左側には、これぞ冒険者と言わんばかりの酒場が用意されていた。


「これだ。俺が求めていた場所は、これなんだ!」


 感動で打ちひしがれる俺。

 そう、これなのだ。もっと早くにここに来たかった。そうすれば、俺の望みは叶い満足した異世界生活を送れたに違いないのだから。

 そう思うと悔やまれるが、それもここから挽回して行けば良い。そうだ。そう考えたら、少しの遠回りも大した事ではない。


「……むっ!?これじゃダメだ」


 気持ちを切り替えていると、俺は決定的な見落としをしていた。

 酒場があそこにあっては、三下冒険者に絡まれないではないか。

 失敗した。

 まさかこんな初歩的な見落としをしていたとは。


「妄想が止まりませんね」


 サンが何か言っているが、この際、雑音は無視の方向で行こう。


「ねえサン、タダシは一体何してるの?」


「あれは厨二病という、治療不可能な病気の症状です。あの状態に入った人は面倒くさいので、そっとしておくのがマナーです」


「そんな病気を患ってたのね……タダシも大変な目に遭ってたのね」


「…………そうですね」


 アルミーの同情する反応に、スッと視線を逸らすサン。

 別に間違ってはいないのだが、なんだか罪悪感を抱いてしまった。


 そんな外野を無視して、俺は酒場に足を向ける。あそこには、柄の悪い奴らが沢山いる。きっと俺の望みを叶えてくれるはずだ。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 アルミーの制止を振り切り、俺は死地(酒場)へと足を向ける。

 アルコールの臭いが鼻につき、タバコの煙で咽そうになるが俺は力強く進む。

 多くの冒険者が笑いながら今日の成果を報告し合っており、なんだか楽しそうに見える。店員が料理を運ぶと、チップを渡してお礼を言う。思っていたより行儀が良いな。

 目の前に道を塞ぐ柄の悪い冒険者達が現れた。俺が接近すると、彼らはこう言った。


「おう、すまんな。前見てなかったわ」


 彼らは俺を素通りして仲間の元へと帰って行く。席に着いた彼らは、見た目に反して笑顔が可愛いかった。

 それを横目で見た俺は歩みを再開する。

 そして、何事もなく元の位置に戻った。


「おかしくない!?ここはさっ、絡んで来るところだろ!?なんで皆んな無視すんの!?」


「いえ、この場合、危ない奴が通ってるから絡まないでおこうという、あちら側の配慮なのでは」


「……そうか、俺の姿に恐れを成したってわけか」


「違いますが、似たようなものですね」


「くっ、ここの冒険者は腰抜けなのか!?」


「滅多なこと言わないでよ!誰かに聞かれたらどうすんのよ!」


 焦ったアルミーに叱られるが、既に遅かった。俺の言葉は、近くに居た冒険者に聞かれていたのだ。


「なあアンタ、今、なんて言ったんだい?アタイ達を腰抜けって言ったのかい?」


 そこに居たのは、紫色の髪を持つ美女。

 腰まで伸びた艶のある髪、切長のエメラルドの瞳、スッと伸びた鼻に、機嫌が悪いのかややへの字に曲がった唇。瓜実顔と今では使わなくなった言葉を思い出すような、バランスの取れた顔立ち。

 身長も俺と変わらない。

 体の突起は服装のせいで確認出来ないが、正に美女と呼ぶに相応しい人物である。


「聞いているのかい!?なんて言ったんだと聞いているんだよ!」


 この人物は、冒険者ギルドに入って行くのを見た人だ。

 この人だと思った。

 きっと俺のヒロインはこの人なのだと、一目見た瞬間に悟った。

 俺のハーレムのトップに立つ人。

 それだけのカリスマ性が、この人には宿っていた。


「……美しい」


「はぁ?」


 俺の言葉に訝しんでいるのか、眉を顰める。だが、その顔もまた美しい。

 間近で見るとなお美しい。

 美の女神が、人とは違う人種としてこの人を作ったのだと言われても、俺はきっと信じるだろう。

 俺は彼女の手を取り、顔をぐいっと近付ける。このまま、キッスしてしまいたいが、それは順序を経てからが良いだろう。


「ひぃ!なんだい!いきなり!?」


「私の名前は直志と申します。是非、貴女様のお名前を教えて欲しい。この世に咲いた一輪の薔薇よ」


 キリッとした顔で決める俺。


「サン、タダシどうしちゃったの!?いつもより十倍気持ち悪いんだけど!」


「これも厨二病のせいです。美しい方を見て、頭のネジが外れてしまったのでしょう」


「そんなに大変な病気だったの!?」


 外野がうるさいが無視だ無視。

 そんな事よりも、この方の名前の方が重要だ。


「ちょっと、顔が近い近い!カーリー!アタイの名前はカーリー!教えたんだから、はーなーせー!!」


「カーリー、なんと美しい名前だ。貴女にこそ相応しい。どうでしょう、これから一緒にお茶でも?もっと別の事でも構いませんよ?」


「じゃあ、離れてくれない!さっきより迫って来たんですけどーっ!?」


 ぐいぐいと迫って来る俺の顔を、必死の形相で引き離そうとするカーリー。

 だが、そんなものでは止まらない。寧ろ、嫌がられた分だけ燃えるというものだ。


「サン、流石に止めないと不味くない? あの人の貞操の危機だよ」


「アルミーが止めても良いのですよ?」


「無理、今のタダシには近付きたくない」


「それもそうですね。仕方ありません、彼もそろそろ限界そうなので止めましょう」


「彼?」


 抵抗するカーリーだが、段々と疲れて来たのか徐々に手から力が失われていく。

 中々に力を持っていたが、愛っの前ではその力さえ無力なのだ。


「何が愛ですか、そろそろ彼を解放して下さい。いい見せ物、というよりも賭けの対象にされてますよ」


「それでも良い!この人をモノに出来るなら俺はっ!? ……彼?」


「はい、外見は絶世の美女ですが、カーリーさんは男性です」


「……は?」


 サンの言葉に、脳が追い付かない。

 サンが何を言ったのか聞き取れたのだが、脳みそが理解するのを拒んでいる。そんな訳はないと、目の前の美しい顔が男なわけないと、目に涙を溜めて、庇護欲を駆り立てるような表情の人が男なわけないと、サンの言葉を否定するのだ。


 だが、だがである。

 俺とカーリーの同行を見守っていた酒場にいる冒険者達からは「かーっ!バレちまった!」やら「すげーな、あのお嬢ちゃん。カーリーを男だと見抜きやがったぞ!」などの声が上がっている。

 いやいや、そんな、まさか、


「え?本当に?」


「男性です。カーリーさんは紫水族という、この世で最も美しいと呼ばれる民族の方です」


 改めてカーリーを見る。

 相変わらず涙目で美しい顔だ。間近で見ると、なおそう思う。

 やっぱり女性だよ。そうだよ、絶対女性だって。

 そう必死に思い込もうとするが、カーリーから真実を突き付けられる。


「アタイ、男だよ」


「嘘だろオイ!?」


 俺のリアクションが面白かったのか、酒場から爆笑が上がる。

 どうやら、俺達を見て楽しんでいたようで、お金が渡されている所を見るに、賭けの対象になっていたのは本当のようだ。


 俺はカーリーから離れて、上から下によく見る。

 美しい……。違う、そうじゃない。美しいのは間違いないが、今はそうじゃない。

 マジで男なのか?

 これが?この人が?

 なあ、嘘だと言ってくれよ、Myブラザー。


「誰がブラザーですか。どんなに否定したくても、彼はれっきとした男です。そんな目でこちらを見られても、現実は変わりません」


 俺は一体どんな目をしているのだろう。

 誰かに襲われた人の目か、それとも捨てられた子犬のような目か。どちらにしろ、受け入れ難い現実である。

 サンから視線を外して、改めてカーリーを見ると、目が合った。


「アンタもしつこいな!アタイは男だっつってんだろ!」


 どうしてだろう、なんで世界はこんなに残酷なのだろうか。せっかく異世界転生したって言うのに、何一つ上手くいかない。これじゃあ、もう、生きてる意味がないじゃないか。


「よし、死のう」


 腰にある短剣を取り出して、俺は自分の腹に突き刺した。

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