歯車
何事もなく朝が来た。
僕は昨日魔女に会った。そして怖くて逃げ出した。あれは夢だったんじゃないかと思っている。思いたい。
しかし、起きてからずっと頭から離れてくれない。そのため、頭が冴えてくればくるほど、有耶無耶なままの方が怖くなった。逃げ出したのに、またあそこへと赴こうと考えてしまっている。
本来なら学校に向かう時間だ。制服に着替えた僕の足は、学校ではなく魔女の元へと歩み出した。
「また来たのかい」
夢じゃなかった。昨日と同じ湖のほとりに彼女はいた。
彼女の言葉につばを飲み込んでから答える。
「確認、したくて……」
「確認……?」
「昨日のことは全部夢だったんだじゃないかって。魔女なんて本当はいなかったんじゃないかって」
「そう……なら、確認は済んだだろう?」
つまらなそうに魔女は返す。
「魔女はいた。夢じゃなかった。わかったならさっさと学校にでも行きな。そして私のことなんて忘れることだね」
「で、でも……」
「これ以上は君にとっても良くない」
言葉に詰まる僕を制して魔女は言う。
「はぁ……たまにいるんだよ。君みたいな子が。光に集まる昆虫さながらとでも言えばいいのかな。魔女の魅了と言ったほうがわかりやすいか。いくら私が力をコントロールできるようになったと言っても受け手側に耐性がないと悪影響を与えかねないんだよ。世のため人のために頑張ったとしても、どこまで行っても私は人類にとって脅威なんだ」
彼女はどこか遠くを見つめていた。
「わかったならとっとと……」
言いかけて、彼女は距離があるにも関わらず、僕をその手で払い飛ばすような動作をした。
すると、僕の体は見えないなにかに払い飛ばされた。
「うわぁ」
思わず情けない言葉が出て、そのまま尻餅をつく。
そしてさっきまで僕が立っていたところに目をやると、そこには地面が大きくえぐられた跡が出来ていた。
「やめろ! この子は関係ないだろ!!」
どこかにいる誰かに向かって魔女は大声で叫ぶ。
何が起きているのかわかっていない僕は尻餅をついたまま、殺気立っている魔女を見て呆然としていた。
しばしの沈黙の後、魔女がもとの表情に戻る。
「大丈夫だったかい?」
「は、はい……」
彼女は、返事を返すのにいっぱいいっぱいな僕の手を引いて起こしてくれた。
引いてくれる手が柔らかくて思わずドキッとする。そんな僕の気持ちなんてつゆ知らず、彼女はなんだか神妙な面持ちで口にした。
「すまない、まずいことになったかもしれない……」
この時はわかなかった。
けれど、これはまずいなんてレベルじゃなかったと今になって思う。
こうして僕の人生の歯車は狂ってしまったのだ。




