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序章

 ――宛ら、津波の如く。恰も、雪崩のように。


 襲い掛かる、肉、肉、肉――正気を失った、男たちの大海原か。


 虚ろの眼の中にも、恍惚とした表情を浮かべながら。


 街路の辺り一帯へと存在していた男たちが、まるで女王を守る蜂のように――一斉に、雅志(まさむね)へと襲い掛かって来るのだから。



「あはっ――! 幾ら腕に自信が有ってもぉ、これだけの人数を一遍にやっつけるなんて出来ないでしょ?」



 心底、愉快とばかりに。己に靡くことの無かった雅志に向かって、男の真髄を腐らせるような甘い薫りを携える――件の派手な出で立ちの少女は、決定打とばかりに言い放っていた。


 が――しかし。彼女には恐らく、誤算があったのだろう。


 あくまで此方を。自身の繰る兵隊を四、五人叩きのめしただけの腕自慢とでも思っているのか。


 其れ故に。とてもではないが、常人であれば一度に対処不可能な人海戦術にて、一気に片を付けようとしているのだ。


 つまりは、既に――彼女は感情の赴くままに、己が魔性をひけらかしてしまっている。稚気に溢れた、駄々を捏ねる子供のように。


 雅志が、何も知らない。只の、いけ好かない不愛想な男だと思い込み。


 己も気を付けなばならないことであろうが、戦場において思い込みほど恐ろしいものは無い。


 相手がこうだと決めつけて突っ込んで仕舞えば、待っているのは大口を開けた蛇の如き――狡猾と奈落への先なのだから。


 ――両手を翳し、己が憑りつかれた魔性にて、周囲の外気を沸騰させるかのように。



「悉く――跪け、塵芥」



 いっそ――。荒れた舗装の街路ごと、地の底へと引き摺り込むが如く。


 雅志がそう零した後、四方八方から雪崩れ込む偽りの兵と化した男たちは――一人残らず、路上へと縫い付けられていた。


 それはまるで。羽根が捥がれた鳥が、星の重力に引き落とされてしまうが様に。少しだけ、似ている気がした。


 一瞬の内に、潰れるように。みちみち、と。汗臭く、頭のイカれた男たちの肉体が――老いも若きも、纏めて土地埃下へと沈み込む羽目に陥ったのだ。



「……えっ」


「リサーチ不足だな、お嬢さん(リトルレディ)。自分だけが特別なことなんて世の中には意外とほとんど無いし、何よりこの異常性は簡単に人目に曝すものじゃあ無い」



 彼女が男を問答無用で虜にし、意のままに操る様に。己もまた、引力を概念として引き起こしたのだ。


 なんてことは、当たり前に――彼女は、知る由も無かったのだろう。


 真っ当な人間から外れた、常世薫る魔性の咎。赦されざる、背徳の証。


 先程とは、打って変わって。まるで、被っていた仮面が剥がれたかのような――そんな感触を抱く、少女然とした呆ける声を一つ漏らし。


 彼女は、目の前の現実が信じ難いものであると言わんばかりに言葉を喪っているようであった。


 ――とは言え、雅志としても。この少女が、単なる女王気取りなどでは無く。己と同じ、人ならざる魔性に魅入られた逸脱者であるという事実を掴んだ以上、このまま見逃すわけにも往かなくなっていた。


 暫く続いた日照りの最中、思いもよらぬ形で降り注いだ天よりの恵みもさもあらん。


 形勢逆転。立場も反転。今度は、雅志の方こそが。件の少女より、手掛かりの欠片であろうとも搾り取らん――と。



「――問一。その人の理から外れた力を、お前は如何やって手に入れた」


「は、はぁっ……!? さっきまであたしに見向きもしなかったクセに、今度はいきなり何よぅ!」


「問二。その力は、『天界の塵(ヘヴンズダスト)』を摂取したか」


「ちょ、ちょっと! あたしの言ってるコト、ちゃんと聞こえてるわけぇ!?」


「問三。薬の入手経路、使用感、他に使った人間、関する先、魔性における諸々……。全て、此処で吐き出して往って――貰おう」


「くぅ――何なのよっ!」



 沈んだ肉塊の海を、睥睨するように佇んだまま。


 雅志は、目の前の少女へと――詰問したのであった。


 夜の帳を、辺りのけばけばしいネオンサインがいかがわし気に侵して逝く。


 土埃と。溝と。排ガスの混じった街路の臭いは、世の底であろうこの街を象徴するかのような有様か。


 何処にも往けず、何処にでもある。


 ――此れは、復讐と解明の物語なのだから。


        *


『ただ動機だけが、人々の行為の真価を決する』――ラ・ブリュイエール

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