6話「スーパーに買い物に来た」
「あ、ポテチ買おうよ。好きなんだよね」
「知ってるけど……買わないよ?」
「……綾人のケチ」
「はいはい。いいから戻してくる」
夕飯の材料がないので買い物に出た僕とくるみは、スーパーのお菓子コーナーでそんなやりとりをしていた。
というか、家には僕しかいないのにそんな大袋買ってどうするつもりなんだろう。くるみも含めたとしても食べきれないと思うんだけど。
というか、我が家の家計なんだけど。
「じゃあ、これは?」
「荷物増やしたくないから買わないよ」
「えー、甘いものなら許可出ると思ってたのに……」
そう文句を言うくるみを放置して、僕はお菓子コーナーを抜けて鮮魚コーナーへと向かう。
カートを押しながら安い魚がないか探す。
「そういえば、綾人は勉強してる?」
「勉強?」
「うん。ほら、試験近いし」
「そういえばそうだったような……今日は……ああ、そっか」
今日が何日か確認しようとスマホを取り出して、ふと今日が何日で、何の日だったか思い出す。
ならばと僕は、冷凍の鮭を二人分カゴに入れた後、刺身コーナーに行く。
「ねぇ、今日刺身にしようと思うんだけど、マグロと、他に何食べたい?」
「刺身? 好きだからいいけど、珍しいね?」
「お母さん好きだったらしいから」
「……そっか」
今日は、母の誕生日なのだ。とは言っても物心ついた時にはいなかったし、誕生日をあまり祝わない家だったので忘れてしまった年の方が多いのだが。
でもまぁ、思い出したときくらいは、父が言っていた母の好物にしてもいいだろう。僕はさっきまで忘れていたが父は覚えているだろうし、食卓の写真を送ってやれば喜ぶかもしれない。
「じゃあイカ。イカは外せない」
「ん。他には?」
「んー……そういえばずっと気になってたんだけど、これってさ」
そう言ってパックに入った『ビン長マグロ』を指さすくるみ。
「読み方どっちが正解なの? 『ビンナガマグロ』? それとも『ビンチョウマグロ』?」
「そりゃあ……ん? どっちが正解なんだ? くるみは普段どっち?」
「ビンチョウマグロって読んでたけど、この前テレビのアナウンサーがビンナガマグロって言ってた」
「じゃあビンナガマグロが正解なんじゃない?」
「でもバラエティでビンチョウマグロって言ってる市場の人いた気がする」
「じゃあビンチョウマグロじゃないのか……? もっとなにかわかりそうなエピソードないの?
……いや、調べればいいのか」
僕は文明の利器の検索ブラウザに『ビン長マグロ 読み方』と入れて検索をかける。
くるみも画面を見やすいようにわざと低い位置にスマホを持っていき、二人で覗き込む。
「ビンナガマグロが正解みたいだけど、まぁビンチョウマグロでも伝わるっぽいね」
「なるほど、勉強になった。今度学校で友達に知識マウントとろ」
「それでみんな正しい方で読んでて、間違ってたの自分だけ……みたいなオチだったらツラくならない?」
「……やっぱやめとく」
くるみは苦い顔をしながらそう言うと、近くにあった『ビンナガマグロ』の切り身をカゴに入れる。
これだけじゃたぶん足りないよな。くるみ結構食べるし。
「あとなんか欲しいのあったら入れていいよ?」
「さっきのポテチ……」
「欲しい刺身あったら入れていいよ?」
「えー、欲しい! わたしポテチのコンソメ味ほしいの!」
「ただこねる幼児の真似したってダメです」
「っ!? まさか、ポテチと引き換えにわたしの体をっ!?
……やぶさかではない」
「そこは嫌がれよ。そもそも僕要求してないし。むしろ普段から僕が要求されてる側だし」
「ほら、わたしのことめちゃくちゃにしていいから買って?」
「それくるみしか得してないよね?」
「このプリティーくるみちゃんの体に魅力がないと申すか!?」
「うん。この話いい加減終わろうか。主婦の人たち見てるから」
「あ……」
周りの目線に気づいたのだろう。顔を赤くして黙ってしまうくるみ。
恥ずかしがるくらいなら最初からしなければいいのに……
僕はため息を一つ吐くと、周りの視線を気にしないようにしながら買い物を続けた。
ちなみに、その後夕食の写真を父に送ったら、すぐに電話がかかってきて『綾人、お母さんのこと覚えててくれたんだなぁぁ!!!!』と泣かれた。