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56話「ほんっとしつこい!」



「おお、おかえり綾人」

「……あ、そうか。今日帰ってくる日だった」


 怠い体を無理に動かして帰宅すると、想定外の父の声が聞こえてきて少し驚く。


「どうした? 顔色悪いぞ」

「ちょっと体調崩しててね。痛み止めも切れちゃったし」

「……薬、飲み過ぎなんじゃないのか?」

「ちょっとしんどくて、飲まないとやってられなかった」


 痛み止めを使いすぎるのは良くないとわかっているものの、痛いのだから使わざるを得ない。

 もちろん、ちゃんと間隔を開けて服用しているのだけれど……まぁ、使いすぎという自覚はある。


「具合悪くて父さんの部屋掃除してないし、夕飯の用意もないよ」

「夕飯くらいたまには父さんが……出前でも取るか」

「作らないのかよ」


 最初から期待してないからいいけど、たまには料理くらいしてほしい。

 僕は一つ溜息を吐くと、一度寝室に戻って制服を脱ぎ着替えをしてからリビングに戻る。

 ソファーに深く腰掛け、父が流しているキャンプの動画をぼうっと眺めた。


「飲み物いるか?」

「あー、いる」

「麦茶でいいか?」

「うん──ありがと」


 コップに麦茶を注いで持ってきてくれた父に礼を言いながら受け取る。

 一口飲んでからローテーブルにそれを置くと、一息つく。


 そのまま、二人とも無言で動画を見ること30分。

 僕の具合がいい時はよく喋る父だけれど、こうしてダウンしている時は放っておいてくれるので助かっている。いつものテンションで話されるとキツいし。


「……なぁ、くるみちゃんと仲良くしてるのか?」

「急に何」


 聞きたくなかった名前が出てきて、思わず言葉に棘が滲む。

 お互いに視線は動画の焚き火から離れないまま、会話は進んでいく。


「いや、昨日電話があってな。今までの喧嘩とは違う気がするって」

「……余計なお世話だよ」

「あまり口出ししたくないとは思っているが……親としては心配なんだ。相談があるなら聞くぞ?」

「何もないから、放っておいてよ」

「でも──」

「ああもう! しつこいなぁ!」


 小野に絡まれ、寧々さんにも言われ、父にも心配される。

 僕もストレスが溜まっていたのだろう。思わず声を荒げてしまった。


「……いいから、ほっといてよ。これは僕の問題なんだ」

「でも、今までのお前ならくるみちゃんを泣かせたままにはしなかった。

 それに、こんなふうに父さんに叫んだこと、今までなかったじゃないか。

 父親として、放ってはおけない」

「ああそうかい」

「あのな、又聞きだが話の事情は大体向こうから聞いてるんだ。

 その上で聞くが、本当にそれでいいのか?」

「ほんっとしつこい!」


 それでいいと思ってるから、こうして行動に移してるわけで。そんな分かりきったことを何度も何度も聞かれたら、イライラするし嫌になる。


「っ! そう思うならこっちが心配しないよう父さんに相談してくれればいいだろ!?」

「はぁ!? 自分の都合のいい時ばっかり帰ってきて偉そうに!」


 プツン。

 自分の中の我慢の糸が切れる音がして、口から思っていたことが流れ出す。

 頭の中の冷静な自分がそれを止めようとするが、止まる気配はなかった。


「僕だってね、寂しいって思わないわけじゃないんだよ!? それでも父さんの好きなようにしさせてたのは、父さんが辛そうだったからだからね!?

 好きなことしててほしいってのももちろんあるけど、それ以上に──家に帰るたびに泣く人を、ずっと家に居させることなんて、できないじゃないか!」


 僕は、右手でソファーの座面を叩きながらそう言う。

 気づいていないとでも思ったのだろうか。

 この家に帰って二人の(・・・)寝室で寝るたびに、張り裂けそうなほど泣いていることに。

 僕の顔を見て、死んだ愛しい人の顔を思い出していることに。

 どうして、息子の僕が気づかないとでも思ったのか。


「そんなこと言うなら、死んだ人のことなんて吹っ切れてくれよ! 忘れてから言えよ!

 新しい恋でもなんでもして、好きに再婚して幸せになればいいじゃん!

 なんで自分から苦しみにいってるんだよ!

 父さんがそんなんだから、僕は──僕は」


 人として酷いことを言っている自覚はある。

 でも、もし父さんが吹っ切れてくれていたら。

 酒の肴にたまに思い出すくらいの思い出に昇華できていたなら。

 僕はくるみと付き合ってもいいかなって。その先に進んでもいいかなって、いつか死に別れてもいいかなって、そう思えただろうに。

 父さんがそんなに囚われ続けて、ずっと泣いてるから、そんなふうにくるみを泣かせたくないって思っちゃったんじゃないか。


「たくさん泣いたよ。くるみを傷つけた分際で、たくさん泣いたよ。くるみが泣いてるのを見て、僕も泣きそうだったよ。

 でも、僕は間違ってないって、そう思ってるからこうして我慢してるのに、なんで誰も褒めてくれないの?

 みんな『本当にそれでいいの?』って、何度も何度も何度も何度も聞いてきて、『いいよ』って答えたら失望して。

 ああ、わかってるよ。僕のエゴだってわかってるよ。でも──」


 わかってる。こうして僕は父に甘えてるんだ。

 友人にもくるみにも吐き出せない本音を思いっきりぶつけて、甘えてるんだ。

 そんなのわかってる。

 でも、一度漏れたらもう止まらない。


「父さんくらいには、『そうか』って、『それがお前の決めたことなら』って、言って欲しかった」


 褒めなくてもいいから。

 ただ、誰か一人でもいいから僕のエゴを認めて欲しかった。

 みんなくるみだけが傷ついたみたいに言って。そりゃあ、僕が加害者でくるみが被害者だから仕方ないのかもしれないけど、それでも、僕だって痛いものは痛いのだ。


「もう、いいよ。放っておいてよ。学業とか、生活とか。今まで通りにすれば心配することなんて何もないから、放っておいてよ」


 僕はそこまで言うと、ソファーから立って呆然とする父の横を通り抜けリビングから出る。

 足音を鳴らしながら廊下を歩き寝室に入ると、鍵をかけてベッドに倒れ込む。


「……あたまいたい」


 一人ぼやくと、目を閉じて眠りについた。



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