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53話「あれは、わたしが──」



 みんなに諭された当日──は頭の中が整理できてなかったから、翌日の放課後に勇気を振り絞って綾人を家の近くにある公園に呼び出した。

 いいって言ったんだけど、3人は近くにいてくれるらしくて、何かあったら慰めてくれるそうだ。

 ──ほんと、いい友人を持った。


 待つこと5分。綾人はベンチに座るわたしのことを見つけると、「待った?」と尋ねてきた。


「待ってないよ」

「ならよかった。ちょっと、コンビニでジュース買ってたからさ」


 綾人は横に座ると、炭酸の入ったジュースを一本わたしに手渡して、残った自分の分のジュースを飲む。


「話……あるんだったよね」

「うん。色々、聞いてほしいことがあるの」

「……わかった、聞くよ──って言いたいんだけど、ごめん。僕から話していい?」


 綾人は申し訳なさそうにそう言って、わたしのことを見てくる。

 ……その顔はずるい。


「いいよ。先にどうぞ」

「ありがとう。

 ……僕、色々考えたんだ」


 そう言うと、一口ジュースを飲んで言葉を切る。


「将来のこととか、自分がどうしたいかとか、どうするべきかとか。くるみとのこと、色々考えたよ」

「っ! あれは、わたしが──」

「言うつもりはなかったのはわかってるよ。でも、くるみの言ってることはだいたい正しいって思ったから。

 でね、いろいろ考えたんだよ。ほんと考えた。将来のことなんて考えるの嫌いなのにね。あれからずっと考えて、迷ってた。

 正直、ここに来るまで悩んでたけど、くるみの顔見たら決意できたよ」


 何故か、とても悪い予感がした。

 スッキリした様子の綾人の顔が、やけに遠く感じる。


「……ごめん。一昨日の告白、なかったことにさせて」

「え…………」

「僕、夏樹お兄ちゃんに似てるんだって。見た目も中身もそっくりって言われる。あと、お母さんにもそっくりって言われるかな。

 ──誰も言わないけど、たぶん、体質もそっくりなんだろうね」


 そう、自嘲するかのような笑いを浮かべる綾人に、何か言わなきゃと思うけれど何も思いつかなくて。


「くるみも知ってるだろうけど、僕は小さい頃からずっと体が弱くてさ。成長したらマシになるけど、何かのきっかけで一気に元以上に悪化して呆気なく死ぬ──ほんと、叔父も母も似てて笑えないよ。

 うん。たぶん僕もそうなるんだろうね。

 それが二十代のうちにくるのか、三十代になってからなのかはわからないけど、たぶん、本当に呆気なく死ぬんだと思う。


 ……僕は、くるみを置いていっちゃうから。だから、くるみとは付き合えない。

 好きだから。

 誰よりも何よりも好きだから、父さんとかあかりさんみたいに、いつまでも死んだ僕なんかに縛られてほしくない。

 くるみと一緒になったら、きっとくるみも二人みたいに、ずっと帰らないパートナーを待って過ごすことになるから。


 だから、くるみとは一緒になれない」


 綾人は、そう言うとまた一口ジュースを飲む。

 その仕草がやけにいつも通りで、余計に頭が混乱する。


「ほんとは、もっと早くこう言うべきだったんだろうね。

 でも、怖かったんだ。この事実を認めるのが。

 未来なんて考えたくなかった。

 死ぬのはそんなに怖くないよ。ただ、死ぬことで悲しんでくれる人がいるんだって、考えるのが怖かった」


 綾人はそこまで言うと、視線を落として一息つく。

 溜息をついた後、言葉を続けた。


「わかってるよ。こんなの、くるみは望んでないんだって。

 でも……嫌なんだよ。好きな人が将来苦しむってわかってるのに、一緒になろうとするのは、嫌なんだよ。

 これは、僕のエゴかもしれないけど。くるみはこんな僕の答えなんか望んでないのかもしれないけど」


 ──でも、僕はこう決めたんだ。


 そう言われたら、もうわたしは何も言えなかった。

 ただ、心が痛くて。

 体が張り裂けそうで。

 涙が止まらなくて。


 でも、そんなことよりも、


 いつもなら慰めてくれるあなたが、


 そばにいるのが当たり前だったあなたが、


 ただ一言、「ごめん」とだけ言って立ち去ったことが、


 それが何よりも悲しかった。



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