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23話「そういうことにしておいてあげる」


 くるみが帰った後、僕は1人きりの家で何をしているか。

 まあ気になる人もいないと思うけど……答えは動画視聴とゲームだ。

 ネットを探せば、ゲーム実況だったり、解説系の動画だったり、検証だったり。ありとあらゆるジャンルの動画が眠っている。それらを広く浅く観るのが僕の趣味だ。

 動画の影響でPCゲームがしたくなって、いろいろあった末にゲーミングPCを手に入れたりもした。キーボードでゲームするのもいいよね。


 閑話休題。

 僕は風呂から上がると、エアコンの効いたリビングでソファーに寝転がりながら、スマホでとある有名人の始めた生配信を観ている。

 歌手やイラストレーターなど、多岐にわたって活動する星空(ほしぞら)深夜(しんや)というアーティストが、知り合いのイラストレーターを無理やり引き摺り出して、急遽一緒にお絵描き配信を始めたのだ。

 仲の良さが伝わってくる内容にほのぼのしていると、ふと僕の耳が変な音を拾う。

 うちのマンションは防音がしっかりしているが、鍵の開く音はわりと聞こえる。

 ……今、この家の鍵開かなかったか?


 僕は配信を見ている画面を閉じて、恐る恐る玄関へ向かう……が、僕がリビングから廊下へ出ると、見慣れた顔があって拍子抜けしてしまう。


「くるみ……どうしたのそんな大荷物で」

「家出した」

「は?」

「だから、家出した」

「どうしてさ」

「ちょっとお母さんと喧嘩して……」

「家に戻って仲直りしてこいよ」

「い、や、だ」

「あのなぁ……はぁ、まぁいいけど」


 無理にでも追い返そうとも思ったが、まぁくるみにはくるみなりの理由があるのだろうし、今日のところは泊めてやることにした。

 ……あとでおばさんに連絡しとかなきゃ。


「で、なんでそんなに荷物多いの?」


 というのも、今くるみは中学の修学旅行で使っていたのと同じスーツケースを持っているのだ。

 普段泊まりに来る時にはそんなに大荷物じゃないので、どうしても気になった。


「あ、これ? 着替えと……学校で使う色々入ってる」

「ほわい?」

「ほら、しばらくここから通学するから、置きっぱなしだと困るでしょ?

 着替えは、こっちに置いてるの少ないから持ってきた」

「そんなに居る気なのか……」


 思ったよりもちゃんとした家出のようだ。計画性もある。

 ……いや、褒めてる場合じゃない。帰れよ。


「あのねくるみ、家出なんてするもんじゃないよ?」

「家族と過ごしてるとね、たまに家出したくなるようなこともあるの」

「そんなもんなの……かなぁ?」


 家出したくなる……僕にはよくわからないけど、思春期だしそういうこともある……のか?

 よくわからん。

 でもまぁ、くるみなりに考えているようだし、頭冷えたら帰るでしょ。幸いにも明日は土曜日だ。最悪日曜中に帰ってくれれば問題ない。

 平日にくるみが泊まっていくとなると、朝食とか弁当とか色々面倒が増えて嫌なので、何が何でも休日のうちに帰ってもらいたいのだ。

 ただでさえ朝弱いのに、時間のない朝に作業を増やされるとキツい。


「まぁいいや。夕飯は?」

「食べてきた」

「そりゃそうか。じゃあ、風呂さっき僕入ったばっかりだから、行ってきちゃいなよ。荷物預かっておくから」

「ありがと」


 くるみからスーツケースを受け取り、それをどこに置くか少し悩んで……寝室に置くことにした。リビングでもよかったけど、くるみの着替えとか考えると寝室の方がいい気がする。

 風呂場から漏れ聞こえるシャワーの音を聞きながら、僕はおばさんに「くるみは我が家にいます。とりあえず今日は家に泊めさせます」と送ってから、再び動画アプリを開いて配信を見始める。

 しばらくして、半袖パジャマ(水色の水玉模様のやつ)に身を包んだくるみが、リビングに入ってきた。風呂上がりだからか、その頬は赤く染まっている。


「上がった」

「うい〜」

「ゲームしよ」

「何したいの?」

「格闘系」

「おっけー」


 スマホを置いて、テレビとゲーム機の電源を付ける。

 いくつかあるソフトの中からくるみの希望通りのものを選び出し、ゲーム機に差し込む。

 コントローラーをくるみに渡して、並んでソファーに座り、ゲームを始めた。

 感覚を取り戻すためにとりあえず一戦して、ふと、くるみにまだ聞いてなかったことがあったことを思い出す。


「そういえば、なんでおばさんと喧嘩したの?」

「言わなきゃダメ?」

「どうしても嫌なら言わなくてもいいけど、話聞くくらいならできるよ?」

「……じゃあ話す」


 次の試合が始まったので、視線はそちらに向けながらも、くるみは家で起きたことを話し始めた。


 ……要約すると、進路についていろいろ言われたのが嫌だった、である。

 おばさんからすれば、どこの大学に行くのかとか、どんな分野に進むのかとか考えていないくるみが心配で仕方がないようだ。一方のくるみからしてみれば「もっとゆっくり考えさせろ」と言いたくなるらしく、そこの摩擦で喧嘩が起こったらしい。ちなみに、その場にはおじさんと樹くんもいたのだが、2人は何も言わなかったらしい。

 ……言わなかったというより、2人の喧嘩に巻き込まれるのが嫌で何も言わなかったんじゃなかろうか。


「ん? あぁ……」

「綾人? どうかした?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと通知来ただけ」


 通知を見るとおばさんからで、くるみをよろしくと書かれていた。

 僕はそれに陽気なキャラが「OK!」と叫んでいる写真を送って返答すると、ゲームに戻る。


「綾人は将来考えてるの?」

「んー、大雑把には」

「どんなの考えてるの?」

「大雑把に理系分野かな、くらい」

「ほとんど決めてないじゃん」

「他の人もそんなもんでしょ」

「決めてる子はもう決めてるらしいよ? そのために頑張ってうちの高校来たって人もいるし」

「そんな未来のこと考えてすごいなぁ……」


 僕はそんな計画性を持って生きられないや。行き当たりばったりでもどうにかなるし。


「あ、隙ありっ!」

「ちょ! 綾人それはひどい!」

「油断したくるみが悪い」


 即死コンボを決めた僕は、ふふんと得意げな顔になる……が、残機を一減らして復活したくるみの操るキャラクターに、タイミングよく打撃を加えられ、瀕死だった僕のキャラクターは死んでしまった。


「ぐぬぬ……」

「ま、こんなもんよ」


 残機を一つ使って復活する僕のキャラクター。これでお互いに残りの残機は一。いい勝負だ。


「ねぇ綾人」

「なに?」

「いまわたしが下着なにも着けてないって言ったらどうする?」

「はぁっ!? あ、しまった!」


 反射的にくるみの方を見たが、すぐにそれが罠だと気が付いて画面に視線を戻す……が、その時には時すでに遅し。僕のキャラクターは画面の外に吹き飛ばされていた。

 『2P WIN』の表示が大きく出た画面を見て、僕は深くため息をつく。


「はぁ…………卑怯すぎない!?」

「ふふん、釣られる方が悪い」

「この悪戯娘が……」

「あ、本当に着けてないよ?」

「信じるわけないじゃん」

「つまらん……でも、綾人すごいスピードでこっち見たよね。やっぱり興味あるんだぁ? へぇ?」


 ものすごーく楽しそうな笑みを浮かべながらそう揶揄ってくるくるみ。


「そんな変なこと言われたら誰だって反射的に見ちゃうでしょ!」

「そーいうことにしておいてあげる」

「っ!!! む、ムカつくっ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるくるみに、僕は自分の顔が真っ赤になるのを自覚しながらも、次は惑わされないという強い意志と共に再戦を申し込むのだった。


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