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17話「善処する」



 ……腕が重い。

 左腕に感じる重量と痺れで自然と目が覚める。

 ゆっくりと目を開けると、至近距離に目を閉じて僕の腕を枕にしているくるみの姿。

 時間を確認するためにスマホを見ようと、右手を動かそうとして、右手が拘束されていることに気がつく。

 僕の右手は抱えられているようで、ピクリとも動きそうにない。万全の状態なら抜け出せるかもしれないけど、寝起きで力が入らないから無理。

 ……まぁ、どうせ頭と体がちゃんと起きるまでもう少しかかるし、このままでもいいか。


 しばらくぼんやりとした頭を動かしながらくるみを見ていると、あることに気がつく。

 ……くるみ、起きてない?


「……起きてるよね?」

「むにゃむにゃ……」

「くるみ、寝てる時そんなこと言わないよ。もっとやばい音出してる」

「まじで!?」

「嘘。でもむにゃむにゃって言わないのは本当」

「よかったぁ……乙女の尊厳が失われるところだった」

「乙女の尊厳って……いやまぁ、いいけど」


 普段から変なことばっか言ってるくせに何を今更、と言おうと思ったが、藪蛇になりそうだったのでやめた。


「で、くるみさん。なんで僕の腕を抱えてるのかな?」

「うーん、なんとなく?」

「なんとなくって……まぁいいけど。今の時間わかる?」

「ちょっと待ってね〜」


 左手で僕の腕を抱えたまま、右手で自分のスマホを手に取る。


「9時半だよ〜」

「結構寝たなぁ……」

「触れ合ってるから安心して眠くなった……とか?」

「いや、たぶん頭痛で睡眠不足だったせ……い?

 くるみ?」

「……なんでそういうの黙ってるの!? 昨日わたしの膝で寝たのそのせいでしょ!?」

「いやでもほら、あの時にはだいぶ良くなってたから、言うこともないかなって。それに、くるみの膝で寝たら良くなったから……」

「次からは具合悪かったらちゃんと言ってね?」

「善処する」

「それしないやつ……」


 いや、だって割と具合悪いのデフォルトだし。よくあるし。いちいち言ってたらキリないし。

 本当にキツい時は言うけど、耐えられるレベルの時はわざわざ言わなくてもいいかなって。

 最悪、親戚の医師に処方してもらった痛み止めあるし……


「とにかく、我慢するの禁止。それで身体余計に悪くしたらどうするの?」

「うん、ごめん……」

「わかってるならよし。じゃあ今日の朝食はわたしが作ろう! 綾人の胃袋掴む!」

「え、作れるの?」

「……綾人も手伝ってくれる?」

「仕方ないなぁ」

「じゃ、早速作りに行こう」


 くるみはそう言うと、僕の腕を解放して上体を起こす。

 僕がベッドから降りると、くるみもそれに続いてベッドから降りる。


 二人揃ってキッチンへ行き、とりあえず冷蔵庫を開ける。


「うーん、何作ろうか」


 特に急いで食べなきゃいけないものもないので悩んでいると、くるみが牛乳を指差して、


「ホットケーキ焼こうよ」

「いいね。ホットケーキミックスあるし」

「そういえばホットケーキとパンケーキって何が違うの?」

「……気分?」

「さすがに違うってわたしにもわかる」


 んー、そう言われると気になる。

 くるみに材料を用意してもらってる間に、ネットで調べてみる。


「んー……諸説あるみたい」

「結論雑……」

「甘いのがホットケーキで甘くないのがパンケーキとか、厚さが違うとか……」

「なるほどね……よし、準備できた」

「ありがとう。じゃ、焼いてみよっか」


 あくまでも僕は手伝いなので、あまり手は出さずに口だけ出すようにする。

 慣れない手つきでホットケーキを焼くくるみを見て、どこか微笑ましい気持ちになる。

 料理する子どもを見守る親になった気分だ。


「ねぇ、綾人。これクルミ入れたら美味しいかな?」

「クルミ? どうして?」

「綾人に『くるみ(わたし)おいしかった?』って言いたいなぁって」

「……しばくよ?」

「こわーい!」

「ほらほら、火から注意を逸らさない。慣れてないんだから集中して」


 全然撤回。こんな我が子絶対に嫌だ。


 ともあれ、僕が口と少しの手を出したこともあって、無事にホットケーキは焼けた。

 もちろん、クルミは入れてない。


「メープルシロップないの?」

「一人暮らしでメープルシロップ使う機会なんて滅多にないから買ってないんだよ。悪くしちゃうしね」

「なるほど。なら蜂蜜でいいや。どこ?」

「ああ、僕持ってくからいいよ。くるみはホットケーキ運んじゃって」

「りょー」


 大きな皿に乗せたホットケーキをリビングのテーブルに持っていくくるみを見ながら、僕は上の棚から蜂蜜を取り出す。ちょっと高いところにあってくるみじゃ取れないので、くるみにはホットケーキの方を運んでもらった。


「じゃ、食べようか」

「うん。いただきまーす」

「いただきます」


 ホットケーキを小皿に取り分けて、そこに蜂蜜をかける。

 ナイフとフォークで切り分けて、一口食べる。

 うん、美味しい。


「ねぇ、綾人。あれやりたい」

「どれ?」

「店とかでたまにある、上にアイスクリーム乗ってるやつ」

「んー、バニラアイスあったかなぁ? ちょっと待っててね」


 席を立って、冷凍庫の中を確認する。

 お、この前熱出した時にくるみが買ってきてくれたバニラアイスが残ってる。そういえば、食べる前に良くなったから、後で食べようと思って放置してたんだ。

 僕は、小さいサイズのアイスクリームディッシャー(アイスを球状になるように取り分けるやつ)に蛇口から温かい水をかけて温めた後、それでバニラアイスを取り分ける。


「ほらくるみ、乗せてあげるから持ってきな〜」

「ありがと〜」

「よっと。どう? それっぽくない?」

「最高」


 満足いただけたようでよかった。

 残ったアイスクリームは、適当にスプーンで救って自分のホットケーキに乗せて食べる。

 くるみが買ってきたのがそんなに大きいアイスクリームじゃなかったから、1回分しか作れなかった。


「んー、美味しい」

「ならよかった」

「やっぱり、わたし料理の才能あるかも!」

「たしかに。あるかもね」

「……冗談だったんだけど。綾人いないとホットケーキ作れなかったし」

「慣れだよ慣れ。慣れればくるみだって料理できるようになるさ」

「……わたしが料理できるようになったら、綾人は嬉しい?」

「んー、僕の負担減るから嬉しいよ」

「ならやってみようかな。手伝ってくれる?」

「いいよ」

「やった!」


 嬉しそうに笑うくるみに、思わず僕の頬も緩んでしまう。

 ……ほんと、くるみの笑顔には勝てる気がしない。


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