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14話「雑になってない?」



「なんか最近、わたしの扱いが雑になってない?」


 放課後。いつものように家に遊びに来たくるみは、ソファーに腰掛けながら何の脈絡もなくそう言った。


「は?」


 カーペットに座ってソファーを背にスマホを触っていた僕は、意味が分からず怪訝な声が漏れる。

 くるみはそれすら不満だったようで、げし、と僕の体に蹴りを入れてきた。

 ……痛くはないけどプライドが傷つく。というか、僕のほうが下にいるのにそんな足上げたらスカートの中見えるぞ?

 まぁ、僕は紳士なので、目に入ったらちゃんと目は逸らすけど。


「最近、わたしが誘惑してもこっち見もしないじゃん」

「それはさ……」

「『はいはい、そうだね』みたいな雑な対応で済ませるじゃん!」

「う、うん………わかった。わかったから落ち着いて。そんなに僕を揺さぶるんじゃない。首とれるから」


 体が丈夫なわけではないし、あまり揺さぶられると酔うからやめてほしい。

 一応納得してくれたのか、手は肩に置いたままだが僕を前後に揺するのはやめてくれる。

 僕はその体勢のまま右後方にいるくるみの方を見ながら、弁明を試みる。


「ほら、なんというかさ……だんだんわかってきちゃ――ってギブギブ。苦しいから!」

「言い訳しない」

「ご、ごめんなさい……」


 首を後ろから絞められて、思わずくるみの腕をばんばんと叩いてそう言う。

 ……後頭部に若干柔らかさを感じることから、くるみも全くゼロというわけではないらしい。どことは言わないが。


「わかればよろしい。

 というわけで、今日から綾人の方にももう少し真面目になってもらうから」

「と、いいますと?」

「こういうこと。とうっ!」

「させるかっ!」

「きゃっ! ちょ、タンマ! そこくすぐったいから!」

「わかってやってるんだよこの!」


 飛び掛かってきたくるみに対して、カウンターで腹部にくすぐり攻撃を入れる。

 一度優位をとってしまえば、くるみはくすぐりループから抜け出せない。いくら僕が非力だと言っても一応男だ。女子のくるみを抑えておく程度のことはできる。


「ちょ、待って! ははっ! ちょ、ご、ごめんて!!」

「わかればよろしい」


 カーペットに転がってはぁはぁと息をするくるみの腹部から手を離し、僕はそう言う。

 騒いだせいか息が荒くて汗をかいているうえ、顔が赤くなっている。

 あんまり直視するのもどうかと思い、ふいっと目を逸らす。

 ――それが油断だった。次の瞬間には僕の脇腹に何かが当たる感覚がした。


「あははっ! ちょ、くるみ!!」

「油断したなっ!」

「ちょ、タンマ!」

「そういうのない」


 容赦なく僕のことをくすぐってくるくるみ。

 くそ、相手が男だったら突き飛ばしてるのにっ!

 僕たち幼馴染は二人揃ってくすぐりに弱いのだ。


「こんのっ!」


 僕は反撃しようと、必死に手を動かしてくるみの体に触れる。

 おそらく腹だろうとあたりを付けて、指を動かすが――


「んっ!? ちょ、待って! そこ――」

「あっ!?」


 明らかに先程くすぐった時とは違う感触に、一瞬脳がフリーズし――反射的に手を離した。

 いやまぁそれはそうで、腹のすぐ上には当然胸部が存在するわけで、碌に手元を見ずに腹を触ろうとすればそういうことも起こり得るわけで――


「ご、ごめん」

「う、うん……」


 僕に体重をかけて取り押さえるようにくすぐっていたくるみは、顔を真っ赤にしながらすす、と距離をとった。

 それを見て僕は、嫁入り前の女子に申し訳ないことをしてしまったと反省すると同時に――少し嗜虐心が湧いたというか、一つ思うところがあった。


「くるみって、いろいろ僕に言ってくるわりに、触られたり見られるのって普通に恥ずかしがるよね」

「そ、そんなことないしっ!」

「さすがにそれは無理がある。今の自分の反応を振り返ってみろ」

「……無理があった」


 意外にも大人しく認めるくるみ。

 何か思うところがあったのか、何かを考えるように口元に指を添えて暫く黙る。

 考え事をしているのに邪魔するのも悪いと思い、しばらく待っていると――


「じゃあ、今日から毎日綾人が触ればいい」

「なんでそうなった!?」

「ほら、わたし触られ慣れてないし。ほら、かもーん。くるみちゃんに好き放題触るチャンスだゾ?」


 そう明らかに作っている(・・・・・)声色と表情と無駄に二次元っぽい仕草を見せるくるみに、僕はゆっくりと手を伸ばして――その腹を触った。

 想定外だったのか、一瞬固まったくるみは、つい数分前の再現をすることになる。


「ちょ! あははっ! それだめぇ! くすぐったい! だ、誰も、くすぐれなんて、言ってない!」

「好き放題触るチャンスらしいからね」

「そういう意味じゃない!!」


 くるみは力ずくで僕の手を振り払うと、体を庇うように距離をとる。


「くっ、綾人が手を伸ばした瞬間は、『ついにきたか!?』って思ったのに、やっぱり綾人は綾人だったか……」

「なんか馬鹿にされてる気がするぞ? もう一回やっとくか?」

「返り討ちにしてくれる」

「お、言ったな?」

「言った。綾人なんてお母さんに比べたら恐れるに足らない」

「いや、あの人くすぐり効かない癖に人にやるのは上手いチートキャラだから。そりゃあの人と比べたら僕らなんて二人とも雑魚でしょ」

「……確かに。

 と、とにかく、覚悟っ!」


 その後、僕らは取っ組み合いのくすぐり合いを始め、しばらくしてリビングには息を切らした高校生の死体が二つ転がることになった。

 ――前にもこうなった気がするんだけど。


「二人とも並んで寝転がってるし、息も切らして――」

「それ二回目だから。同じネタは寒いだけだから」

「……人の胸も触れないヘタレなくせによく言う」

「人が少し胸触っちゃったくらいで顔真っ赤にするくるみには言われたくないね」

「もう一回やるか!?」

「やってやるよ二回戦!」


 そう言って僕らは、お互いに息を切らしたままくすぐり合い二回戦に突入するのだった。

 ――ちなみに、僕は笑いすぎて筋肉痛になって翌日苦しんだ。



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