2話(御神琉の朝2)
オレが恐る恐る、食堂の引き戸を引くと樹が冷たく言い放った。
「琉、はやくしろ」
そう言い終わるや否や樹は、オレの返事を聞かずに厨房へさっと引っ込んでしまう。オレは、緊張が抜けきらないまま戸を閉め、お膳のセットされた席へつく。
あの騒動から、樹とオレの仲は最悪なものとなったのは、言うまでもない。それ以前も樹と仲が良かったかと聞かれると疑問だが、少なくとも顔を見ただけで緊張するような、そんな関係ではなかった。
親同士は和解しているが、やはり少なからず、お互いに緊張しあっている。
「い、いただきます」
ひとまず、オレは味噌汁を啜り、同時に張り詰めた緊張を飲み込んだ。
「激怒してる略して、激オコだね」
背後から、妙に楽しそうな声で新兄が話しかけてきた。
そのノリの良さは、霊体になっても相変わらずで「以前と何が違う? 」と言われれば、触れないことと飲んだり食べたりトイレしたりしないということ。
そう、霊体の今、新兄は食事を取らなくても良い。しかし、新兄はオレの食事のときも毎度こうして着いて来てくれる。
弟が一人で食べているのが、可哀想だと思う、兄の優しさなのか、それとも単純に新兄、自身が寂しいからついてくるのか、おそらく両方なのだろうが、そこは深く追求しないことにした。
「今日は、初登校日だね」
突然、新兄がオレへ話を振る。
「あぁ、そうか」
オレは、米粒を飲み込むと、興味がなさそうに返事をした。
「なになに? 忘れてた? 普通、楽しみ過ぎて忘れないでしょ? 」
「そういう訳じゃないが……。つか、楽しみじゃない。怠い。寝たい」
初登校の緊張よりも樹と対面する緊張感の方が、今のオレには相当、堪える。そんなことを言いそうになり、オレは適当に返した。
「えぇ、可愛い子がいるかもじゃん? 思春期なんだから、もっと楽しんどかないと!」
オレは楽しそうにソワソワと宙を漂っている新兄を冷めた目で見ながら、冷奴をひとくち、口に運んだ。
「あれ? 琉に新くんだ。おはよう」
背後の引き戸が開けられると聞き覚えのある、キレイな声が飛んできた。
樹の一番上の姉、吉良 優樹だ。
オレの起こしてしまった事件のせいで、車椅子生活を余儀なくされているが、声は勿論、容姿も美人、名前にもあるように性格も優しい、さらに成績も良いという才色兼備。
そんな優樹の挨拶に真っ先に反応したのは、新兄だった。
「あ! 優樹姉さん。おはようございまーす」
「お、おはようございます。優樹さん」
新兄に続けてオレは、思はず、手に持っていた茶碗をお膳に戻し、軽く会釈をしながら、挨拶を返す。
正直、樹よりも彼女の方が、どんな顔をして会ったらいいのか、どんな表情をして会話していたのかさえ、オレは分からない。
オレが、あんな事件を起こさなければ、彼女が障害を抱えることは無かったのに、彼女を見るたびオレは今でもそう思ってしまう。
「なになに? 琉くんまた寝坊したの?」
「もう、そうなんですよ〜。琉のやつは、本当に朝に弱くって。毎日、樹くんにも迷惑かけるダメダメボーイですよねぇ。今日なんて樹くんも呆れちゃってですね」
クスリと微笑む優樹さんに新兄は、デレデレと朝の出来事を話し始めた。
「ふふ、樹はあー見えて、意外と気長に待てる子だから、ちょっと冷たく見えがちだけど、別に怒ってないと思うよ」
「いやぁ、吉良家の皆さんは優しいですねぇ。な! 琉」
「あ、あぁホントに」
楽しそうに話す二人の会話を聞きながらオレは、時が止まったような、置いて行かれているような、そんな心地がした。