1話(御神琉の朝)
何だか嫌な夢を見ていた気もしなくもないが、どんな夢だったのかは覚えていない。それよりも、眠気のほうが勝っていて、寝心地のいい布団の海へさらに漂り、睡魔という名の波に身を委ね様としていた。しかし、無機質なアラームが、耳をつんざく。
どうやらアラームの音は、眠気に攫われようとしているオレを許してくれないらしい。
「……うる、さい」
枕に押し付けられ、くぐもった声を発したオレは、手探りで頭の横をまさぐり、スマホのアラームを消す。まだ、体は重く、ようやく目蓋が開いた。
「……重い」
うつ伏せで寝ているオレの背中に明らかに、人が重なった様な重みがある。まだぼやける視界を背中の方に向けると、そこには、オレの見慣れた半透明の人物が、悪戯な笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
「おそよう」
俺の双子の兄、御神 新だ。今は、訳あって霊体状態だが、いわゆる霊感がある者には、ハッキリ見える。
そんな新兄は、オレの背中に肘を付き、こちらを笑顔のまま覗いている。
「新兄。先に起きてたなら、起こしてくれてもいいだろ?」
オレは高さと硬さの絶妙な枕へ、もう一度顔を埋めながら、新兄へ文句を垂れる。
「いや、寝顔が幸せそうだったからさ。起こすの悪いじゃん!」
そう悪戯っぽく言いながら、新兄は、俺の上から、空気中へ煙のように退いた。
それと同時に体からの重みが消え、オレも布団をめくり、猫の様に大きく背伸びと欠伸をした。
「そういえばさっき、吉良 樹が、早く飯を食いに来いって怒ってたぜ」
オレが、調子に乗って2発目の欠伸をしているとき、思い出した様に新兄が呟いた。その台詞にオレは、ハッとする。そもそも昨晩、アラームをわざわざセットしたのは、その樹に迷惑を掛けない為だ。しかし、現時点でどうやらオレは、既に樹へ迷惑を掛けてるらしい。
「はぁ。また、やっちまったか」
オレは頭を抱えた。オレと新がここへ越してきて、まだ一週間程しか立っていないが、今のところ毎日、樹に起こされている。ここで共同生活をしているオレ以外の従兄弟たち、新兄も含め、朝が強いやつが多い。朝は優雅に寝ていたい派のオレとしては、中々に辛い環境だ。
「琉は、朝が苦手すぎるんだよ。オレも優し〜く声は、かけてたんだぜ」
新兄の顔は、悪戯が成功した子供のように良い笑顔だ。
知ってるなら、見つめてないで、もっと厳しく、激しく、危機的状況並みに起こせよ。オレは、心の中でしか苛立ちを呟く事しかできなかった。