プロローグ(幼き二人の疑問)
岸家の親戚は、昔から親密で年に一度は必ずこの粟野町へ集まる。
親たちは近況報告やら、子供のことやら、昔からのお勤めについて、酒を交えて談笑するのが、通例だ。親と一緒に連れてこられた子供たちは、大抵その間「外へ遊びに行ってこい」と親たちから外に出される。
粟野町は、都市から離れた地方にある。
海が近い温泉の湧き出る観光地。
東京のような、便利なデパートも無ければ、年頃の子供が喜ぶ様なお店もない。
ただ、観光名所的な場所があるだけ。
しかもそこは、子供が喜ぶような場所ではなく、どちらかと言えば、景色や自然を楽しむといった感じなわけで、外で遊んでこいと言われた子供の脳では、海で泳ぐことくらいしか思いつか無い。
その年も毎年のように、プライベートビーチで従兄弟どおし、遊び燥いでいた。
「お兄! なんでここは、他の人いないの?」
不意に岸家のまだ幼い二人の子どもが、自分たちの兄へ質問をする声が響いた。
彼らは、ようやく今年、幼稚園へ通い始めたばかりの言わば、最年少の子たちだ。いつも二人、セットのようにくっついている。
年齢的にも色んな事を疑問に思い、大人たちを質問攻めにする年頃だ。
初めてくる場所にはてなが、止まらないのだろう。
そんな二人の話を解決するべく、岸家の長男、岸 煌が説明をしようとした時だ。
「ここは、こわーい死体が流れ着くからなんやで!」
関西弁で幼い二人と煌の間に割って入って来たのは、お調子者の烏丸家の長男、烏丸 針羅だった。
突然の乱入者と針羅の発言に幼子二人は一度、お互い見つめ合い、彼の話に飛びついた。
二人の興味から外れた煌は、やれやれといった表情で先程までやっていた作業へ戻る。
「死体ってなんなの針羅兄ちゃん」
「死体って言うんはなぁ」
自慢げに針羅が、そう続けようとした。その直後、どこからともなく、力強い拳骨が針羅の後頭部へクリーンヒットした。
「やめんか! このアホ! あんたは余計なことしか、言わんのやから!」
針羅の姉、烏丸 紫苑の制止と言う名のツッコミだった。
「姉ちゃん、いきなり拳骨は、勘弁してぇ〜」
針羅は堪らず、後頭部を抱え足元の砂浜へ突っ伏した。
「ちょい、こっちに来て!」
結局、針羅は、紫苑に耳をひっぱられながら、沖の方へ連行されてしまった。針羅を見送り、話し相手の居なくなった二人は、仕方なさそうに、兄のもとへ戻る。
「ねぇねぇ。お兄」
自身の作業に集中していた煌は、自身を呼ぶ幼い声に気づき、振り返る。
「どうした?」
煌は、返事をするのと同時に身長の小さな二人と目線を合わせるよう、その場へしゃがみこんだ。
「死体ってなに?」
直球過ぎるワードに若干、驚きつつも煌は先程、説明しようとしていた事と合わせて、幼い二人にゆっくりと説明し始める。
「あそこに岬があるだろ?」
煌の指差す方に二人は視線を向ける。
そこには、切り立った岩で出来た岬がある。
先端には転落防止に柵がされているが、子供でも簡単に乗り越えられる高さしかない。
「うん」
「あそこから落ちると海の流れのせいで、ここの浜に流れてきてしまうのな。死体は、死んじゃった人の体のこと。そんなのが流れつくこの浜は、他の人に見せれんから、ここは俺たちしか入れないのな」
「ふーん」
幼い二人は、分かったのか、分からないのか、どっち付かずの返事をすると岬の方をボーッと見つめている。
二人の表情から、次の質問が無いのを察した煌は、すっと立ち上がり、「砂で遊んでおいで」と玩具のスコップ等が入ったバケツを二人に持たせ、再び作業に戻った。
「はーい」
煌から貰ったバケツを持った二人は、元気に駆け出し、波打ち際で砂遊びを始めた。