1章 -7- ラブ&ピース!
大イノシシを吹き飛ばして出来た森の空白地を後にし、再度森の中を進んでいく。
俺は危険に対する対抗処置を手に入れたので若干安心していた。
これなら一般人程度に遅れをとる事はないだろうし、獣相手なら何とでも出来そうだ。
ミズキたちも太鼓判を押していたので大丈夫だろう。
南雲の体力もあるし、進行速度は少し抑えてのんびり歩く程度のペースに切り替えていた。
ミズキの力も実験ついでに使ってみたのが、より安心に繋がっている。
魔法で飲み水を用意したのだ。
「ちょっ、なにこれっ!?」
南雲が面白いくらい驚いてくれたので満足である。
ミズキは水を司る精霊らしい。日本の八百万の神々って考え方では神様扱いを受けていたらしい。
信仰の強かった時代には気まぐれで雨乞いに応えたりしていたのだとか。
信仰のない今も、魔力次第では力を発揮できるとの事で、空気中から水分を集め、飲み水を確保してもらったのだ。
当然コップなどはないものの、両手を皿のようにしてそこにナミナミ集めてみた。
多少こぼれても、再度集めることも可能だったので身体が落ち着くまで水を飲めた。
水分が取れると、身体も幾分楽になった。
気分もぜんぜん違う。
まだまだ不安はあるけど、最低限なんとかなりそうだと思えるようになったのだった。
少しの休憩をはさみつつ、俺たちは歩を進めた。
下手にうろうろするより、まっすぐ進んだほうが森を抜けるのも速いだろう。
そもそもどっちへ行けば良いのか分からないので、同じ方向へただひたすらに歩いていった。
それが失敗だった。
「#%&$%#!!」
相変わらず何を言っているかわからないが、言いたい事はわかる。
よくもやってくれたな! とか言ってそうだ。
俺と南雲は今、賊の男たち15人程に囲まれている。
そりゃ、まっすぐ進んでいれば追いかけるのは簡単だっただろう。
途中でイノシシを森ごと吹き飛ばしたりしたし、俺たちの進んだ痕跡はすぐ見つかっただろう。
大イノシシを撃退できたので気を抜いてしまったとしか言いようがない。
一部先回りまでされて完全に囲まれてしまった。
しかも、先ほどの3人に加えて12人も増えている。
やはり近くに拠点があったようだ。
男たちは勝ち誇った顔をしている。
人数が増えたこともあるだろうけど、多分ポイントはローブを纏った男だ。
15人ほどの男たちの中で、一人だけ異質な風体だった。
黒いフード付きのマントを被っていて、薄気味悪い感じがすごいこと。
杖っぽいのを持っているし、魔法使いとか魔術師とかに該当する人物なのだろう。
つまり、俺が先ほどやったはったりに対抗できる存在を連れてきたということだ。
やっかいだな。
『へーきへーき』
…………。
ミズキたちは余裕の感じだが、気を抜くのは危険だろう。
この世界の魔法使いが何ができるのか、どれだけの技量があるのか謎だ。
敵の力量を見誤ると手痛い失敗をすることになるのだ。
警戒して観察していると、ローブの男がニヤリと笑い懐から何かを取り出した。
宝石のちりばめられたネックレスだった。
細い金属のチェーンに、赤や紫の宝石が多数飾られている。
宝石は割りと大きめなのに、意外と品が良い見た目だった。
それを見せびらかし、勝ち誇った顔をしている。
くれるわけではないだろうし、自慢しているわけでもないだろう。
何かしらの効果がある魔道具的なものだろうか。
ファンタジー世界には良くあるものだし。
『“魔力妨害”の付与された魔道具ね』
………………。
…………。
……。
あっさりと正体が看破された俺の脳内である。
(え、それってマズいんじゃないの?)
『へーきへーき。この程度の魔力の乱れじゃ私たちの力は乱れないって』
余裕しゃくしゃくのようだ。
ミズキの態度に、逆に心配になってくる。
敵さんはあれを前に出して勝利を確信しているようだ。
あまりに自信満々なので、あの首飾り以外に別の隠し玉があるんじゃないかと疑ってしまう。
『他に危険な気配はありませんが』
『まあ、魔力を通さないと発動しないものもあるから、絶対とは言えないけど』
なるほど。
とりあえず、様子を見ながら手を打つべきか。
見渡す感じでは魔法使いみたいなのはあのローブの男だけだ。
『あれは魔法使いじゃなくテ、魔術師だネ。大したことないヨ』
え? 魔術師だとどうなの?
『この世界には魔術師と魔法使いがいるんだヨ』
ミザリーが説明してくれた。
彼女は土や地面を司る精霊だった。こいつも俺の中にいた声の一人だ。
ミザリー曰く、魔法と魔術は別物なのだとか。
魔術とは物理法則の抜け穴を使って事象を改変する力のことで、ゲームで言うならバグを使いこなす感じらしい。
それに対して魔法は、直接物理法則を曲げてしまうのだとか。 だからゲームで言うならゲームのシステム自体を弄ってしまえるようなもの。
そう聞くとチートのように思えるが、魔法も万能ではないらしい。
物理法則を曲げると言っても限度があるそうなので、無敵でもないのだとか。
扱える魔力の大きさによって事象改変のレベルが変わるとの事で、魔法が強力な魔術に負けることもあるらしい。
まあ、確かにチートよりすごいバグとかあるもんね。
魔法使い自体も一定数いるらしいし。
怖い話だわ。
(え? てかミザリーってこっちの事情に詳しくない?)
『それは後で説明するヨ』
とりあえず後で話を聞くことにした。
今はひとまず戦闘だ。
脳内で状況を把握しているうちに敵さんの自慢話は終わったようだ。
いろいろ言ってたようだけど、正直意味不明なので聞き流しておいた。
どうせもう逃がさないぜとか、痛い目みさせてやるとかだろう。
おかげでミザリーの説明を聞く時間が取れたので幸いだった。
一通り語り終わったところで、ローブの男は持ち出した首飾りよ勝ち誇るように首にかけた。
ひとまず状況は把握した。
ミズキたち曰く余裕で対応可能なのだとか。
「南雲、俺の近くから動くなよ」
「う、うん」
囲まれているので逃げようもないが、俺の背後に隠れるように近づいてきた。
これでひとまず大丈夫だろう。
「&#%&#%”%&!!」
敵の親玉みたいなやつが文句を言っている。
抵抗するなとかそんな感じだろうか。
よく見ると、さっき俺をぶん殴った男だった。
あいつがリーダーだったのか。
とりあえずうるさいので黙らせようか。
右手のひらを向けて、“エアーブラスト”を撃つ。
さっきの風靭斬は本来切り裂く動作を含む攻撃だ。
さっきは力んだ結果風圧で吹き飛ばすという結果になったものの、これを人間に向けてしまうとどうなるか分からない。
真っ二つとか見たくない。
そこで、圧縮した空気を一方向へ打ち出し、打撃にする技を考えたのだ。
それが“エアーブラスト”だ。
ちなみに、技名は漢字にすると中二病っぽくなるのでせめてカタカナにしてみた。
撃ち方や効果を見ると、アメリカ映画のアイアンな男の攻撃みたいで割と格好良い。
親玉が吹き飛んでいった。
大イノシシですら吹き飛ばしたので、対人用に威力は抑えたつもりだったが、数メートルは吹き飛んで後ろの木に激突した。やりすぎた感が否めない。
「うぉ……」
多分死んではなさそうだけど、打ちどころが悪かったらヤバかった。ちょっと焦った。
もっと調整が必要だ。
練習がてら威力を落としながら次々に男たちを吹き飛ばす。
一発目は抑えすぎて効果がなかったものの、それ以降は適度に男たちを無力化していった。
敵さんは大混乱だ。
慌てて逃げようとする者、ナイフとか斧を投げて攻撃してくる者、呆然とする者。
ちなみに呆然としているのはローブの男だ。
魔力妨害で魔法や魔術が使えないと高をくくっていたようで、現状を飲み込めていないようだ。
可愛そうなのでその男は放置しておく。
飛んでくるナイフや斧は、カグラが自動で迎撃してくれている。
“エアーディフェンス”と呼ぶことにしたのだが、薄く圧縮した風の壁で飛来物を叩き落としてくれている。
南雲もその効果範囲内にいるので当然無事だ。
俺の視界の外まで対応してくれるので非常に便利である。
あっという間に、男たちはローブの一人を除いて沈黙した。
場が静まり返り、それに気付いたローブの男は慌てて周りを見渡す。
そこまできて初めて、ローブの男は現状を理解したようだ。
自分以外誰も立っていないことに焦っている。
「&%”$%#”#”!!??」
なぜこの魔力妨害の中で魔法が使えるのか!?とか叫んでそうだな。
『そうだネ。なぜこの状況で魔術が使えるのか!?って言ってるヨ』
言ってることわかるんだ。
(さっき魔法と魔術の仕組みについて教えてくれた時にも思ったんだけど、ミザリーってこっちの出身?)
『そうだヨー』
昔、強力な攻撃を受け、その衝撃で世界を飛ばされたのだとか。
何それ怖い。
ミザリー以外にもこっちの出身の精霊は俺の中にいるらしい。
悪戯をして退治されたりした際、世界を押し出されることがあるそうだ。
それは後で詳しく話を聞こう。
とりあえず今は目の前の敵だ。
……敵と言っていいのだろうか?的じゃね?
「まあ、俺たちに手を出したのが悪いということで」
ローブの男は必死に何かをしようとしていたが、それより早く”エアーブラスト”を打ち込んだ。
気のせいでなければ、“魔力妨害”の効果でローブの男は魔力を使えてなかったのではないだろうか。
策士策に溺れるというヤツだな。
みぞおちにエアーブラスを食らい、その場で崩れ落ちる最後の男。
圧勝だった。
「この世はラブ&ピース! 平和が一番! 故に正義は勝つのだ!!」
静かになった森の中に、俺の雄たけびだけが響いた。決めポーズも忘れない。
シャッキーンッ!
まだまだ続きます。
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ラブ&ピース!!




