2章 -2- 鉄の掟ってなんやねん
アルシアードから北西にある街、エルケンリアード。
通常、陸路で進めば馬車で3日はかかる距離らしい。
距離もそこそこだが、舗装されていない道でしか繋がっておらず、深い森や川を迂回するためだ。
ドラゴン状態に戻ったヴィーに乗ってまっすぐ飛んだ俺たちは1日もかけずに到着することとなった。
ヴィーの言っていた通り、エルケンリアードは前の街と同じくらいの規模だった。
魔獣の進入を阻むための城壁も有り、アルシアードと似た雰囲気だ。
ヴィー曰く、エルケンリアードの城壁の周囲にも村々があるとのことで、混乱を避けるため街から離れたところで地上へ下り、ヴィーを人間モードにする。
南雲を俺が背負ういつもの状態になって、地上付近を飛行して門まで近づいた。
ここエルケンリアードも門で検問をしており、旅人や商人の長い列ができていた。
相変わらずこの世界の門番はスローライフらしい。
列に並んでいると、後ろの男に声をかけられた。
「よう、にいちゃん。旅人や商人には見えないが、にいちゃん達もめぐたんの“ライブ”かい?」
こっちの世界の言葉の中に、日本語が混じっていた気がする。
「ライブ?」
「ああ、ライブさ!」
その男はかなり熱が入っているようで、熱く語ってくれた。
今、この街にはアイドルがいるらしい。アイドルという表現も日本語だったので違和感がすごい。
これはどう考えても転生者がからんでいそうだ。
「そういえば、ケンシロウたちが言っていたっていうのもアイドルじゃなかったっけ?」
南雲が言った。
そうだった。
間違いなく関連がありそうだ。
せっかくなので、その男から詳しく話を聞いた。
そのアイドル、めぐたんは数か月前にこの街に来て、あっという間に街一番の人気者になってしまったそうだ。みなその愛らしさに心を打たれ、彼女のファンになったとか。
ちなみにファンという表現も日本語だった。
今、このエルケンリアードの街はそのアイドル一色だそうだ。
すごーく嫌な予感がする。
そう考えながら、身分証で笑われつつ門を通る。
てか早くこの身分証を変更したい。
メディーさんは相変わらず目を光らせて無地の身分証でクリアした。
俺の身分証のときにも目を光らせてもらいたいけど、お願いすると必要以上に光まくりそうなので遠慮しておいた。ホントに早く身分証を更新したいよ……。
そんなこんなで城壁をくぐり、ついにエルケンリアードの街に入った。
街の光景が目に飛び込んでくる。
「うおお……」
「………………マジ?」
エルケンリアードの街は、本当にアイドル一色だった。予想以上だ。
道行く人の着る服は、胸に『めぐたんLOVE』と書かれたTシャツ。
マジでTシャツだ。
旧ヨーロッパのような衣類の世界なのに、現代風なTシャツだ。
しかも、『めぐたんLOVE』は日本語とアルファベット表記である。
こいつら意味分かって着てるのか!?
「ちょ、ちょっといいっすか?」
道行く人に声をかけてみた。
さわやかな普通の青年だった。
「なんだい?」
文字について、服について、いろいろ聞いてみた。
結果、きちんと理解して着ているようだった。
青年はかなり感じのいい青年だ。
どう考えても変人の雰囲気は感じない。
周りの人間も全てそのようだ。
そもそも、アイドルオタにしても日常から街中でこんなTシャツは着ないだろう。
着てる人は本当のガチ勢だ。
しかし、この街では道行く人の全てが着ている。
制服系の職業の人も、その制服やエプロン、前掛けなどに『めぐたんサイコー!』とか『I LOVE めぐたん』とかの刺繍を入れている。
どう考えても異常だ。頭がおかしいよ。
というか、
「……なんか、前の街みたいね」
俺の心の声を南雲が代弁してくれた。
これはまた異常事態だ。
どう考えてもおかしいのに、街の人間は誰もがおかしいと思っていないようだ。
どういうことだ?
いろいろ考えようとしたのだが、
「ひとまず食事にせぬか?」
おなかをすかせたヴィーの一声で、とりあえずご飯にすることとなった。
「はーい、めぐたんランチ4人前ねー!」
どこかの女神食堂に匹敵するメニューだった。
もちろん、ランチの中身は変わり映えしない普通のランチである。
食堂のテーブルには、『めぐたんサイコー!』と書いてあるミニのぼりが置いてあった。
他のテーブルにもミニのぼりが置いてあるのだが、それぞれ書いてある言葉が違うようだ。
そして壁には張り紙がしてあった。
一つはライブポスターである。
ポスターと言っても紙質は悪いもので、表面の光沢もないしふちはガタガタだ。
写真のないこの世界では、こういう張り紙は絵で描かれているものが一般的だ。ここのポスターも絵なのだが、やたらと力が入っている。
劇など一般的なポスターは枚数を刷る分描きわけしやすいようシンプルになりがちだが、ここに貼ってあるポスターは尋常ではない描き込みだ。対象への熱烈な愛を感じる。
そして、その横に貼ってある異様な張り紙。
『めぐたんファンクラブ 鉄の掟』
それに気付いたとき、思わず見たくないと思ってしまった。
それほどまでに頭のおかしなことになっているのだと。
1、愛すべき対象はめぐたん。それから家族や友人、隣人である。
2、めぐたんを愛するために、争いを起こしてはいけない。
3、めぐたんへの愛は献上品で示すべし。しかし、身を滅ぼしてはいけない。
4、めぐたんへの愛を広めよ。
5、めぐたんとの交流は握手会で。
なんだこれ。
まあ、一応“安全策”は講じられているようだが、基本的に頭がおかしい。
めぐたんとは何者で、何を考えているのだろうか。
というか、何も考えてはいないんじゃないだろうか。
そんなこと、考えたくもない。
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