1章 -53- 悲しい仲間意識
「愛と平和を守る孤高の旅人さ」キリッ
もちろんこちらの言葉でだが、どこかで聞いたことがあるセリフを言ってみる。
「グググ、誰でも関係ねぇ。人間は嫌いだ! オデをモンスター呼ばわりする人間なんか嫌いだぁ!」
あ、何となく悲しいストーリーが見えてしまった。
あの見た目のせいで人間扱いされなかったのではないだろうか。そしてむしろゴブリンたちには仲間として迎えられたりとか? ありえそう!
可哀想過ぎるだろそれ……
「でも今は関係ないな!」
騎士団長さんをその場に残し、前へ出る。
出るときにこっそり騎士団長さんの持っていた楯を借りていく。さっき叩いたとき思ったんだけど、ゴブローさん汗と泥でベタベタで触りたくない。
瞬時にゴブローの前に飛び出し、その腹へ向かって楯をぶち込む。
「グガッ!?」
ゴブローは打ち込まれた勢いで建物へ突っ込んでいった。そして壁にぶち当たり、石造りの壁を崩しながら建物の中へと転がっていく。結構タフそうだったので、この程度では死なないだろう。
とりあえずちょっと落ち着いたので騎士団長さんに声をかける。
「騎士のお姉さん、大丈夫だった?」
「き、君は何者なんだ?」
ふらふらとしながらもそんな事を聞いてきた。質問の答えではないけど、話しはできてるし大丈夫そうだ。
「グアアァ!」
咆哮と供にゴブローが建物から飛び出してきた。思っていた以上にタフなようだ。
飛び出してきた勢いで大剣を振りかぶり、落下と供に振り下ろしてきた。
「危ない!」
後ろで騎士団長さんの焦った声が聞こえたが、問題ない。
何故か?
何故だろう。
俺も不思議なんだけど、目の前のゴブローの落下が凄いスローモーションになっている。というかほぼ止まっているレベルだ。謎すぎる。
(なにこれ?)
『精神魔法の応用で、悠太の思考速度を早くしてみたの』
『今の悠太の動きなら、これくらいでも動けるかと』
どうやら精霊さんたちの仕業らしい。
え、何それ? 俺の脳が過処理で焼ききれたりしないよね? 怖っ!?
目の前のゴブローはまだ空中でゆっくりゆっくりじわじわと進んできている。
ゴブローのみならず、周囲の全ての動きが遅くなっていた。
普通に身体を動かそうとすると全く反応しなかったが、魔力を通して身体強化し、素早く動くと相応の動きが出来た。ちょっと加減が難しい。
精霊さんたちの言うには、時間がゆっくりになっているとかではなく、俺の思考速度だけが加速されているらしい。だからゆっくりに見えるのだとか。ザ・ワー○ドっぽいけど?
あまりにゴブローさんがゆっくり進んでくるので、一度振り返って騎士団長さんの下へ戻る。焦りの表情のまま固まっているけど、それでも美人さんだ。うん。美人。
ついでに鎧から開放されたその胸元も確認する。南雲サンよりは小さいけど結構大きい。うん。Dくらいかな?
触りはしない。紳士だから。
鍛え上げられた身体についている膨らみは、なんとも張りが良さそうだ。
『時間が止まってるわけじゃないから、あんまりじっくり見てるとバレルわよ?』
ミズキさんの冷ややかな声が聞こえたのでここまでにしておこう。
元の位置まで戻る。それでもまだゴブローは飛行中だった。
とりあえず大剣が近づいてきたので楯で払いのける……つもりで打ちつけると、どちらも壊れた。
『実際には相当な速度ですから』
そうか、俺の知覚的には普通の速度だが、実際の速度はめっちゃ速い動きになってるのか。当然威力も上がってる状態だ。
やっぱり触りたくないので、砕けた楯のかけらを空中でつかみ取り、それをゴブローの顔面の前へゆっくり投げておく。
そして解除されるスローモーション。これマジ便利。
「グガッ!?」
突然手に持つ大剣が吹き飛び、楯の大きな塊へ顔面から突っ込んだゴブローはその場でひっくり返った。
そのまま後頭部から地面へ落ち、伸びてしまう。
「やれやれだぜ」
ちょっと余裕の感じをかもし出してみた。ほとんど精霊さんのおかげだが。
「え? 今、私の前に……」
知覚速度の速い騎士団長さんには一瞬見えていたようだ。
でも確信を持てていないようなので、何も無かったかのようにスルーしておく。俺の冷や汗は戦闘のせいだろう。きっとそうだ。
ヴィーが近づいてきた。
「さすがユータじゃの。先ほどの早業は見事じゃったぞ。攻撃の切り返しの前に、あの女の乳房の確認までするとはのう」
言わなくて宜しい!
ヴィーには完全に見えていたらしい。さすが何でも見通す竜眼だ。
「………………」
騎士団長さんの目がすごいジト目だ。
確信を持たれてしまったようだ。
おっおー。
「グガッ。お前ら、逃げろ!」
さすがのタフネス・ゴブローさん、まだギリギリ意識があったようだ。グッジョブ!
おかげで騎士団長さんのジト目が解けた。
ゴブローはゴブリンたちへ撤退の指示を出す。
しかし、反応できるゴブリンは元の半分以下だ。
何故かというと、回復魔法をかけて回っている俺に続いて走り回っていたヴィーが、とりあえず殴りまくって沈黙させてしまっていたからだ。残りの生き残っていた半分以下はゴブローが壁に突っ込んだ辺りから戦闘を止め、こちらの戦闘を凝視していた。同時に城壁警備隊の人たちも止まっていたのだが。そこは戦っておいて欲しかった。
反応の出来た残り半分以下のゴブリンは、その指示を聞き、騒然となった。
「何してる! 早く逃げろ!」
ゴブローが再度指示を出すが、首を振って従わないゴブリンたち。
「「「ガガガガガァ!」」」
謎の掛け声を機に、ゴブリンたちが一斉に駆け出した。門ではなく、ゴブローの方へ。
「お、お前たち……」
集まったゴブリンたちは、楯を外へ向け円陣を組み、ゴブローを守っていた。
なんだろうこの仲間意識。
それは人間だよ?
むしろ人間よりもゴブリンに仲間と思われるゴブローもどうなんだろう。
本人たちは友情のようなものを感じているらしく、じんわりした雰囲気になっている。ちょっと切ない。
「メディーさん、あれ、無力化できる?」
なのでさくっと終わらせることにした。
こういう状況なら後衛、魔法系の人の得意分野だろう。範囲攻撃。
「ええ。軽く火で炙りましょうか?」
「もっと優しいので!」
そんなことしたらあまりにえげつない絵づらになってしまう。しかも街中で異臭問題だ。断固反対だ。
「なら、氷漬けかしら?」
「ダメだって!」
あの氷の柱は優さか何かで出来ていたのか?
「んー、土壁で押し潰す?」
「潰さない!」
それ死ぬじゃん!?
「じゃあ、失神する程度に電撃でも流す?」
「あー、もうその辺で」
俺の回答を聞いて、ゴブリンたちの前に歩み出た。
「お休みなさい」
そう言いながらゴブリンたちに手を向ける。
途端、ゴブリンたちの円陣を覆うような巨大な魔方陣が出現した。
「グガガガガガガッ!?」
バリバリと電気が走る音と供に、ゴブリンたちがビクビク痙攣をし始める。
「アガガガガガッ!?」
ゴブローも一緒にビクビクしている。怯えている訳ではなく、痙攣してるんだぜ。
数秒続いたバリバリが落ち着くと同時、魔方陣の上に立っている者はいなくなった。
うん。これもぜんぜん優しくなかったよ!




