1章 -4- 声
「っし! なんとかなった!」
こんな作戦とも言えない策が上手くいくとは、奇跡としか言いようがないな。
相手がおバカさんたちで助かったぜ。
ひとまず危機は脱したが、いつ男たちが戻ってくるかもわからないし、目の前で倒れている男が意識を取り戻すかもわからない。
ここはすぐに離れるべきだろう。
念のため、倒れている男の装備を拝借する。
ナイフと小銭しかなかった。
こんな装備で森を散策することはないだろうから、街が近くにあるか、もしくは拠点を設置して動いているのだろう。拠点が近くにある場合、他の仲間がいる可能性もある。ここは早急に退避したほうがいい。
「古川? 大丈夫?」
男から装備を拝借して立ち上がると、後ろの森から南雲が出てきた。
気の強い南雲らしからぬ不安そうな声だった。
「当然だ。神をも打ち倒し、 魔王すらも従える! 破壊者にして救世主! この悠太・古川が賊如きに遅れはとらぬわ!」
不安を払しょくするべく、余裕の感じで明るく答えておく。決めポーズも忘れない。
「…………」
ツッコミを期待したのだが、南雲は無言だった。
さっきやられてたじゃんとか、どの口が言うのとか、いろいろあるよね?
何か一言くらいは言って欲しいよ?
「……ひとまずここを離れよう」
俺たちは再度森の中を歩き始めた。
「いてて……」
「大丈夫?」
森の中を歩きながら、俺は痛みに耐えていた。
くそう、好き勝手殴りやがって。
南雲が心配そうにしているが、こんなキャラだっけ?
「とりあえずダイジョブだ」
そう答えて進行方向を向く。
ひとまずは逃げられたが、もし他の仲間もいて集団で追われると手詰まりだ。
武器が手に入ったとはいえ、ナイフ一本では何にもならない。
装備のこともあるが、南雲を連れてどこかを目指していたので、近くに拠点があるとみるのが正しいだろう。
この森の感じだと、町が近くにあるとは思えない。
拠点があるのなら、他の仲間がいたとしてもおかしくはない。
できるだけ遠くに逃げたいところだった。
しかし、さっきから殴られた痛みと別に、耳鳴りがひどくなってきていた。
殴られたせいで耳がおかしくなったのだろうか?
万全じゃない体調で逃げ続けるのもしんどいぞ。
どうしたものか。
南雲も俺もギリギリの体力で森の中を進んでいた。
数時間も水なしで歩いているのだ。結構限界だった。
足音を気にする余裕もなくなっていて、そのせいで失態を犯した。
「ぶおおおおおおおおおおおお!!!!」
木々の間から姿を現したのはイノシシだった。
しかも、ただのイノシシではない。
3mは超えようかというビッグサイズだ。
猪とは思えないような咆哮をあげ、こちらを見ている。
「やっべぇぜっ」
臨戦態勢の大イノシシを前に、どこかの芸人みたいなことを言ってしまった。
こちらの足音を抑えることもできていなかったし、周りの物音に注意することも出来ていなかった。
そのせいで近距離遭遇となってしまった。一難さってまた一難とはこのことか。
「うそでしょっ!?」
南雲も焦っている。悲鳴に近い声が漏れていた。
俺も嘘だと思いたい。こんな化け物がいるなんて信じたくない。
あ、てかこいつ……
「おっことヌシじゃぁ。海を渡ってきたのかぁ」
疲労のせいか思わずボケていた。
「な、なに言ってんの!?」
しかし、リアルにそんな感じだ。
巨大なイノシシは牙も凶悪に発達している。
肉食なんじゃないかと思うような牙と顎だ。
相手が人間ではなく、でかいとは言え知能の低そうな獣なので、さっきよりはマシである。
知恵を絞ればなんとかできそうかとも思ったが、こちらは体力の限界だ。
そもそも考える余力もない。
耳鳴りも大きくなってきた。
まいったな。
大イノシシが出てきて一瞬の見つめあいの中、それは聞こえた。
『悠太っ!』
っ!?
思わず周囲を見回してしまう。
なんだ?
『やっと聞こえた!』
しばらく続きます。
毛色は違いますが、他の「銀輪。」作品もご覧頂ければ幸いです。
「銀輪」さんは別の人なのでご注意下さい。