1章 -39- これはきっと精神攻撃
しかしそう簡単には危機回避できなかった。
「…………なんでついてくるんですか? お姉さん。ボクヒトリデカエレルヨ?」
トリップ中のヴィレンターナは本気で周りが見えてないらしく、少し離れた森の中にまで逃げおおせたのだが、聞こえる足音は二つ。自分と、例のお姉さんだ。
「うふふ。わたしの話は終わってないわよ?」
妖艶に笑うその口ぶりからは、逃がさないわよ……との言外に意思が伝わってくる。
ドラゴンの介入でうやむやになったかと思ったが、まだ日は沈んでいない。ゲームは続行中ということだろうか。
「いやー、今日は色々ありましたし、ゲームはまた今度ということで……」
「あら。ゲームはもう終わったでしょう?」
え?
「もしかして小屋から出てる時点でクリアーとか?」
ドサクサとは言え、すでに小屋からは出ているし、それでOKということだろうか。
しかし、勝負の条件は無事に帰られたら……だったはず。
「あたしもそこまで甘くはないわねぇ」
ですよねぇ。
「じゃあ何で?」
素直に聞いてみることにする。
「ふふふ。わたしも愚か者ではないのよ。ドラゴン、しかも竜王種を一方的に倒しちゃうような子、わたしでも半端な覚悟では相手にできないわ」
本当にそうだろうか?
ドラゴンは力技でなんとなかったが、お姉さんはあの手この手が使えそうだ。精神攻撃も持ち合わせているようだし、正直逃げ切れる自信がない。
そもそも、お姉さんも勝てないとは言っていない。半端な覚悟では相手をできないということは、覚悟をすれば結果はわからないと言うことだ。……と思ったのだが、
『余裕よ』
『余裕ですね』
だそうだ。背後で精霊たちがうぇーいうぇーい言っている。
まあ、今回は何とかなったものの、拳で語れ的なことをいきなり言い出す精霊さんたちだ。ちょっと信用しすぎるのも危険だろう。そう考えていると、今度はブーブーとブーイングが聞こえてきたがスルーしておく。
世の中慎重な方が安全なはずだ。特に命のかかる場面の多いこの世界での人生だ。
「いや、そんなことないですよ! ドラゴンはたまたま相性が良くて効果は抜群だ!になっただけで……」
俺強いぜー!とか思って余裕かましていると、このお姉さんに足元をすくわれそうだ。謙虚にいこう。
「そうね。相性は、良さそうだったけど――」
お姉さんの言っている相性の意味が違う気がする。が、ここはスルーしておく。というか考えたくない。
「――それだけじゃないわよねぇ?」
ぐっとお姉さんが顔を近づけ俺を覗き込んできた。
赤紫色の不思議な輝きを持つ二つの瞳がこちらを見つめている。
頭の中の奥の奥まで見透かされているような気がしてくる。俺の中の精霊たちまで見られてしまっているのではないだろうか。そんな気にまでさせられるが、
『単純に目を見られてるだけみたいですが』
……らしい。
とにかくこのお姉さん怖い。そもそもまだ名前も素性も知れないし。これ以上関わるのは遠慮したい。
そう思って逃走を図る。
「と、とにかく、今回は勝敗不成立ということで、またのご縁がありましたら!」
言うが早いか魔力を脚力に替え、全力全速で戦線離脱する。
木々を蹴り、地を蹴り、南雲を置いてきた小屋のほうへ走る。あっという間に森を抜けた。
背後にお姉さんの気配はない。このまま南雲を回収してこんな森とはおさらばだ!
「おかえりなさい」
小屋の前ににっこりと笑ったお姉さんがいた。
「おっおー」
慌てて地面を抉りながら急ブレーキをかける。車とかだったらキキーッとか鳴ってそうな勢いだ。
「そう逃げなくても良いじゃない」
お姉さんの目の前でかろうじて止まった俺の顎を、その細い指が撫でる。うん。エロい。
思わずドキドキしていると、小屋の陰からこちらを睨む南雲と目があった。うん。怖い。
一瞬色気に思考を停止しそうになったが、ここはまだ戦場だ。そんな状況ではないのだ。
少なくとも、危険からは逃れられてはいないようだ。
改めて警戒を強くする俺。
そんな俺を見て、女が笑った。
「うふふ。勝負はあたしの負けよ。そもそも、あなたに本気を出されたらかなわないもの」
そう言って両手をひらひらと振った。
一瞬で先回りされていたのに、信憑性ゼロである。
「そんな目で見ないでよ。本当にそう思ってるのよ?」
ジト目になっていた俺の視線に、呆れたように笑われた。
自分の実力に無自覚なのかしら?とか言っていたが、俺の判断ミスを誘う罠かも知れないので聞き流す。
そういうこと言われると嬉しくなってしまう中二病は危険だ。
「えっと、俺の勝ちならこのまま帰してもらってもいいってことですよね?」
「そうね」
一応帰れそうだ。少し安心するが、まだ気は抜けない。
「でも、勝者の報酬を手にしてからにしたらどうかしら?」
「報酬?」
「ええ。あたしが勝っていたらあなたを弟子にする約束だったでしょう? あたしが負けた時の条件を決めていなかったから、今好きに決めて良いわよ」
なるほど、そういうことか。
なら、これ以上俺たちに関わらないでください。とかが良いかな……
「あなたは勝者。敗者のあたしを自由にする権利があるのよ」
お姉さんがぐっと近づいてきて、両手で俺の頬を撫でてくる。エロい。
両腕を前に出すような形になり、俺の目の前で深い深い谷間がさらに深くなる。とてもエロい。
いかん! 色気に屈するな! 俺!
南雲サンのおかげで免疫力は並ではないはずだ!
ここで気を抜けば、危機回避はできないぞ!
今後一切俺たちに関わるな……と…………
「敗者は勝者の言うことをなんでも聞くのよ。好きに言いなさい?」
声がもうエロい。
もう、ゴールしてもいいよね?
「……オレト、デート、シマセンカ?」
俺の理性は瓦解した。だって南雲サンより大きいもん。膨らみが。
「あら、一日だけの関係で良いのかしら?」
そう言いながら、女は両手を俺の肩に添え、その体を押し付けるようにしなだれかかってきた。
なんか良い匂いが鼻腔をくすぐり、胸元には想像以上に大きく柔らかい感触が。ここはどこの天国だろう?
「正直に言ってごらんなさい?」
俺の耳元で、とてつもなく甘い声でささやかれた。
「オレノモノニナッテクダサイ」
機械のようにカクカクと俺の口が動いた。ボタンを押せば自動音声が流れるがごとく。これはもう仕方の無いことだ。だってもう俺の意思じゃない!
「かしこまりましたわ。勝者様。……ちゅっ」
頬に柔らかな感触が……。キスされた。
はっ、と気がついたときにはゴールテープははるか後方にあった。
(こ、これどう考えても精神攻撃されてたよね!?)
『そんな痕跡はないわよ』
『ええ、一切ないですね』
(まんなそかな!)
そろそろ元の書いてたところまで追いつきそうです。
アップする速度は落ちそうですが頑張ります。




