1章 -37- 拳骨
「間一髪!」
お姉さんを打ち飛ばそうとするドラゴンの尾を、俺はかろうじて止めていた。
ドラゴンの行動を想像できた俺は、ドラゴンの初動より早く地面を蹴り、空へ駆け上っていた。
それでもなお、ドラゴンの突進速度はすさまじく、正直間に合わないかと思うレベルだった。
かろうじてお姉さんを左手で抱き寄せ、右手でドラゴンの尾を受け止めることがギリギリできた。
ちなみに、咄嗟ながら結界と風とで尾の勢いを軽減した上で魔力での身体強化をフルに使って何とか止めた。
本当に間に合って良かった。
敵っぽいお姉さんとは言え、目の前で美女が死ぬのは見たくない。というか人が死ぬのは見たくない。
いじめっ子がトラックに轢かれそうになっても飛び出す俺なのだ。何度だって飛び出すさ。
今回は止められて良かった。
「あなた……。助けられてしまったわね」
一瞬呆けていたお姉さんだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
ドラゴンも、自身の攻撃が止められたことに気が付き、翼を羽ばたかせ、一度距離をとった。
お姉さんも俺から離れ、体制を立て直す。
「さて、どうしたもんかな……」
もうここは戦場だ。自ら足を踏み入れてしまったのだから仕方がない。
こうなったら闘うしかないのだろう。ホント言うと全力で逃げ出したいのだが、そういう訳にもいかなくなったのだ。
ここでドラゴンを撃退しなければならない。
かといって俺に有効打があるのかと問われると謎だ。
『なんとかなるわよ』
『私たちもサポートしますよ』
ミズキとカグラの心強い声に、若干安心する。
こいつらがそう言うなら大丈夫かと思ってしまう。長年会話をしてきた信頼関係ゆえだろうか。
「なら、いっちょやってやるか!」
拳を掌に打ちつけ、バシッと気合を入れる。
「意外と勇気のある子ね」
「まあね」
俺がお姉さんと受け答えしている間にも、ドラゴンはこちらに炎弾を吹いてきた。
「っと!」
空を蹴って避ける。
結界でも防げるが、魔力消費のコストを考えると回避のほうがコスパが良い。
それに、当たらなければどうという事はないのだ。赤い人も言っている。
「はっ!」
避けた勢いでウィングカッターを飛ばしてみるも、ドラゴンの皮膚は攻撃を通さない。
「ちっ! 頑丈なヤツだな!」
悪態をつきながら、内心で会議を始める。
(攻撃が通らない。中からなんとか出来ないか? アレできないの?)
『相手の体内水分操るやつ?』
(そうそれ)
『無理ね。アイツの体表には魔力を通さない性質があるみたいよ』
それもあって魔法攻撃が効き難いというのもあるらしい。
(マジかよ。じゃあどうすれば……)
『やはり打撃しかありませんね。拳で語り合いましょう』
カグラが冷静におかしなことを言い出した。
『そうね。結局は拳よ! 悠太、やっちゃいなさい!』
ミズキもノリノリだ。ちょっと不安になってきた。
しかし、事実効果がありそうなのはそれだけだ。前回のこともあって効果の程に自信がないが、やってみるか。
ついでに保険をかけておく。
(とりあえず突っ込む。ミズキ、あいつが炎弾を吐こうとしたら、顔の前に水を集めろ!)
『? 了解したわ!』
飛び交う炎弾を交わしながら脳内会議を終了する。
「どうする気なのかしら? 坊や」
同じく炎弾を回避しながら空を舞う女が聞いてきた。
俺は完結に答えた。
「とりあえず、殴る!」
「は?」
女の疑問符はスルーして、俺は空を駆け出した。炎弾を回避しながらも最短距離でドラゴンに突っ込んでいく。
地面を蹴るときに比べて若干力が入らない分、魔力を念入りに練りこみ身体を強化する。
前回同様、胴体部分へまっすぐ突き進む。
「ガルウゥゥゥ」
でかい胴体のため、的を外すこともなく俺の拳は横っ腹にぶち当たった。
相変わらず反応は無い。正直効いているようには思えない。
「ガルルルルルッ」
ドラゴンが身震いした。ような気がした。慌てて距離をとる。
『効いてないことはなさそうね』
(マジで? 手ごたえ無いんだけど。まあ、信じるしかないか!)
先ほどの庇うような動きは、前回の打撃が効いていたからの行動かもしれない。
そのまま第二撃、三撃と加えていく。
でかい図体で動きも単調なので、割と簡単にぶち込めた。
一発一発全力で打ち込むのでこちらとしても消費が激しい。どこまで続ければいいんだよ!
そう思った時だった。
「グルルルルッ!」
接近する俺に対し、ドラゴンは口を開け、炎弾を構えた。
(今だ!)
『オッケー!』
即座に反応したミズキが、ドラゴンの口の目の前に水分を集めた。周囲の雲が一気に収束され、水の幕になる。
同時にドラゴンの口から炎弾が吐き出された。
ドバッ!!!
直後、ドラゴンの口元で爆発が起こる。水蒸気爆発だ。
炎弾にそれだけの熱量があるかは不明だったが、爆発しなくても軽減にはなるだろうと踏んでいた。実際には期待以上の爆発を起こしてくれた訳だが、目の前で起こった爆発に、さすがのドラゴンも首をのけぞらせていた。
水も熱も原因はそれぞれ魔法だが、爆発自体は自然の摂理だ。アンチ魔法だろうが関係ない。
「悪い子には、拳骨だ!」
ドラゴンの背後に回り爆風を回避し、のけぞった首の先、頭の上に飛び込んだ俺は、本日最大威力で拳を振りおろした。
ガンッ!!!
生物を殴ったとは思えない重たい音とその反動。
爆風でのけぞっていた首は、今度は一気に下向きになった。これはさすがにダメージになったと思う。
この機を逃すわけにはいかない。
「はっ!」
気合と供に、ドラゴンの背中に再度移動する。移動の勢いをそのままに飛び蹴りをぶち込んだ。翼に向かって。
正確には翼を支える骨の部分。ここを折ってしまえば飛べなくなるだろうと踏んだのだが、やはり硬い。
「このぉぉぉぉ、くらえぇぇぇ!!!」
蹴りの勢いで着地して、蹴りと同じ場所へ拳を叩き込む。一度でダメなら二度、二度でダメなら三度だ。
飛行中のドラゴンの背の上なので不安定ではあるが、カグラが風を使って支えてくれている。
先ほどの頭への攻撃が効いているためか、ドラゴンの動きは鈍いままだ。
五度目の拳で、バキンッという嫌な音が聞こえた。
「ガウッ!?」
ドラゴンの驚くような声と供に、滑空状態だった翼が変なほうに折れ曲がり、落下状態に移行した。




