1章 -36- 激突
ドアの外には先ほどとは見間違う景色が広がっていた。
緑の木々はへし折れ、そこかしこに火の粉が舞っている。
南雲は小屋の影にうずくまっていた。
「大丈夫か!?」
「うぅ、うん……」
少し吹き飛んで身体を打ったようだが、出血などはしていなかった。一応回復魔法(ハリーで人体実験済みなので安心して使う)を南雲にかけ、安静にする。無事なようで一安心。
しかし、空を見上げて驚愕する。
でかい塊が空を飛んでいた。
赤い鱗で全身を覆い、巨大な翼をはためかせ、それは飛んでいる。
金色の瞳が地上のずべてを見下すようにこちらを見ていた。
いつぞやの赤いドラゴンだ。
「あれはゴトバルド山のドラゴン。しかも竜王種じゃない! なんでこんなところに!」
さすがのお姉さんもドラゴン相手に焦っているのか、先ほどの余裕はない。
俺も、前回の一撃がノーダメージだったこともあり、未知数の脅威に焦っていた。
「ちっ。ひとまずあっちから相手してあげようかしら!」
そうこう言っているうちに、ドラゴンの口元が光り始めた。
「人の家になに撃ち込んでくれるのよ!」
女は両手を空に掲げ、怒りと供に魔力を解き放った。
ドッという爆音と供に、女の手元から黒い光がほとばしる。黒い光という表現が正しいのかは分からないが、そうとしか表現できない。その黒い光はまっすぐにドラゴンに突き進み、ドラゴンが吐き出した炎弾に直撃する。
炎弾の威力は相当なもののようで、炎弾が押し進もうとするも、黒い光はその持続性を持ってなんとか炎弾を四散させることに成功する。
炎弾を相殺したことを確認すると、女は空に飛び上がって行った。尋常じゃない速度で。
そしてそのまま空中戦が始まった。
「グルルルルルルルァァァァァァァ!」
ドラゴンは咆哮をあげながら炎弾を乱発しつつ空を飛び回り、女は次々と手を変え技を変え攻撃をしている。
時に氷の槍が飛び、炎が飛び、雷が飛び、黒い光が飛び、流れ弾が地上を抉っていく。どれもが凄い威力だ。
あっという間に森が姿を変えていく。
地響きがすごい。
というかあのお姉さん、いったいどれだけの属性を操れるんだ?
この世界の人間は属性がひとつか二つがいいところと聞いていたんだけど。
次々と放たれる攻撃は様々な属性を含んでいた。お姉さんの実力の底知れなさを感じざるを得ない。
しかしそれでも攻防は拮抗していた。お姉さんはドラゴンの単調な攻撃をひらひらとかわし、時にはテレポートのようなことをしながら攻撃をしていく。ドラゴンはそんなお姉さんの攻撃を受けつつも意に介さず、かわす必要も無いのだと言わんばかりに堂々と空を舞っている。
「こいつ、そうとう頑丈ね……」
焦れてきたのか、体力的にきつくなってきたのか、お姉さんの表情にも余裕は見えない。
当然といえば当然か。お姉さんも攻撃を食らってはいないものの、お姉さんの攻撃は当たっても効果を為していない。
逸れた攻撃が森をなぎ払ったりしているので、相当の威力ではあるのだろう。しかし、ドラゴンの方も想像以上に堅いようだ。
「いい加減消えてくれないかしら!」
お姉さんが大技に出た。両手を正面に構え魔力を集めていく。お姉さんの前には直径が3mを越える黒い光の塊が出来ていた。そのまがまがしい光の塊からは相当量の魔力を感じる。地上に落ちればここらの森が消し飛びそうな勢いだ。
それを見たドラゴンが、予想外の行動に出た。
「グルルルァァァ」
お姉さんを無視して、地上、それも小屋(俺たちもそこにいる)を狙って炎弾を噴き出したのだ。
「しまっ!」
大技に集中していたお姉さんは初動が遅れ、対応できない。
ちなみに「しまった」の意味は、俺たちを庇えないではなく、自分の家を壊されそうなところに関してだろう。
「任せろ!」
俺はとっさに南雲を抱き寄せ庇いつつ、掌を上に向ける。
(サポート頼む!)
『オッケー!』
『任せてください!』
精霊たちの心強い声を聞きつつ、結界を全力展開。念には念をと重ね重に張っていく。
1枚、2枚、3枚……いっそ12枚で“十二単”だ!
……とっさに思い付いたんだけど、なかなか良いんじゃないだろうか。
俺、この戦いで生き残ったら次もこの技使うんだ。
どうでも良い一瞬の妄想の後、轟音が聞こえた。俺の張った結界に炎弾が直撃し、爆発したのだ。
その爆発を風が吹き散らし、水分で鎮火して相殺する。なんとか耐えた。
俺一人では難しかっただろうが、精霊たちがサポートしてくれていると大丈夫そうだ。前回精霊たちが言っていたのはそういうことか。
「やるじゃない」
上空から声が聞こえた。
遠いはずなのに、しっかり聞こえる。これも魔法か何かだろうか。
「どーも」
お姉さんの賞賛の声に“軽く”応えておく。
余裕ぶっておいて、内心ハラハラだったことは俺だけの秘密だ。
しかしこのままではジリ貧だ。
お姉さんにはドラゴンを撃退するだけの攻撃がないようだ。大技を使えばいけるのかも知れないが、大技を完成する前にドラゴンが動いてしまうので使えない。
上空ではまた美女とドラゴンの戦いが再開されていた。
やはりお互いに決定力を欠くようで、炎弾と魔法攻撃が飛び交い続けていた。お姉さんは攻撃だけじゃなく、捕縛系の魔法や麻痺系の魔法も使っているようだが効果は出ていない。
動きがあったのはドラゴンのほうだった。
当たらない攻撃に焦れてきたのか、荒ぶっていたドラゴンが、不意に動きを止めた。翼だけを動かし、空中でホバリングしている。何かをしようとしているようだ。
「グルルルルル」
低く唸りながら目を閉じる。
お姉さんも、ドラゴンの謎の行動に警戒し、手を止めて様子を見る。
次の瞬間、空がカッと光ったかのように見えた。
実際には、光ったのではなく、発火したのだ。ドラゴンの全身が。
体中から炎を吹き出し、もはや炎でできたドラゴンのようになっている。
「何をする気なのかしら」
お姉さんも警戒して様子を伺っている。彼女の知識の中にもない行動のようだ。
見ていると、ドラゴンを覆っていた炎がじわじわと引いていく。頭から順に引いていき、上半身が見え背中が見え腰が見え…………炎は引くと言うより、集約されているように見えた。
(嫌な予感がする……)
お姉さんは上空で様子見のままだ。
炎は遂に足元にまとわりつくような状態になっている。
次の瞬間、爆発を伴ってドラゴンの姿が消えた。
「なっ!?」
お姉さんは今日一番の驚きの声を上げた。
俺もいきなりやられていたら驚いただろう。
たぶん、俺のまね事だ。前回の戦闘のとき、俺が空気を爆発させ推進力にしたり足場にしたりしていたのを見ていたのだろう。一見して見抜いた目も恐るべきものだし、まねができる程度の知能があるというのも驚きだ。
お姉さんはドラゴンの想定外の行動に、驚きのあまり一瞬の隙を作ってしまっていた。
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