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1章 -34- 薬屋……ですよねぇ!


「何言ってんの?」

 隣で南雲が不思議そうにしている。たぶん南雲にはお婆さんの姿が映っているのだろう。

 小屋の偽装と同様、認識を変えてしまう魔法のようだ。

 状況の飲み込めてない南雲に危険が及ばないよう、とりあえず俺の背後に隠す。南雲も何となく察してくれたようで、俺の背後に素直に納まった。

「へえ、今どきでもわたしの姿を見られる人がいるとはねぇ」

 女はカウンターにひじをつき、その細い指で自分のあごを撫でている。なんというか艶がすごい。

 座っているだけで溢れ出る色気、色気、色気。思わず気圧されてしまいそうだ。


 ………………ちがいますね、これ、魔力です! 本当は気付いてました!


 無意識にスルーしようとしていたものの、危機感を覚えて現実を見ることにした。

「こんな魔力はこっちに来て初めてだな」キリッ

 魔王を前にした勇者のごとく、キザに言ってみた。

 ……ものの、女から発せられていた圧は尋常じゃないレベルの魔力圧だった。

 エルフ達が数人がかりで魔法を使ったときでも、これほどのプレッシャーは感じなかった。

 こいつはヤバイ。なので早々に降参する。

「えっと、マジで怖いんでそのプレッシャーやめてもらえますか!? マジで!」


 格好つけるのもやめて素でお願いした。

 実際初めてのプレッシャーに背中が冷や汗でびっしょりだった。

 今まで大イノシシとかドラゴンとかと対面してきたが、この魔力圧に加えて知性のある人間が相手となると何が来るかわからない恐怖があった。

「……あら? わたしを討伐にでも来たのではないのかしら?」

 正直にビビッていることを伝えると、気を抜かれたのかあっさり魔力を引いてくれた。

 ただ、俺たちに対する不信が払拭されたわけではなく、その目はしっかりと俺たちを観察している。

「俺はここに住んでる婆さんに、ゴブリンについて話を聞きに来ただけなんだけど」

「ゴブリン?」

 そのため、ここに来るに至った経緯を全て正直に話した。

 全てと言っても転世の話しは省いている。ややこしいし。

 魔物を退治して一旗あげたい旨を正直に伝えた。


「なるほどねぇ。今時勇者の真似事をするなんてね」

「あれ? お姉さんも勇者を知ってんの?」

「ええ、500年ほど前は誰でも知ってたわよ」

 さも体験したかのように言うお姉さん。

 じゃあお姉さんは何歳なんだ? ほんとはババぁ……っ。

 婆認定しようとしたところで冷たい瞳に見つめられ、思いとどまった。

 もしかして心を読まれたのだろうか?

『精神干渉はありませんでした』

『悠太が顔に出しすぎなんじゃない?』

 さいですか。


「あなたは転世者ってやつかしらね」

「おっおー?」

 何でわかったんだ? やっぱり心を読まれたのか、

「歴史を知らないくせに、現代の知識じゃないものを持っているわ。違うかしら?」

 どうやら彼女は転世者の存在を知っていたようだ。その上で俺の持っている知識を推し量り推測したのだろう。

 この世界にはここ50年くらいで転世者が増え始めたのだとか。

「まあ、知られているんだったら隠す必要も無いか。そうだよ」

 この世界の役に立たないと元の世界に帰れない旨も含めて、全部話すことにした。

 どうせ話したところで俺たちの弱点とかが露呈するわけでもないし、怖いお姉さんに嘘を言って窮地に陥るようなことになりたくない。

 それに、元の世界に戻る必要もさほど感じていないので、この情報を開示して困ることはないだろう。


「なるほどねぇ。それでゴブリン退治と」

 こんなことする転世者は初めて見たわと言っていた。

 やはり、こちらに転世してきたやつ等はあの白い空間のクソ女神の話をまともに聞いていないようだ。

 ろくなヤツが来てなさそうだな。

「ところで、お姉さんは何者?」

 相手方の不信は払拭されてきたようだが、こっちの不信はそのままだ。

 特にさっきの“討伐にきたのか”というフレーズ。つまり彼女は討伐対象たる存在。つまりやっぱり悪役っぽい。

 少なくとも危険な相手であることは間違いない。

「わたしはただの薬売りよ」

「またまたぁ……っ!」

 不意に噴出した魔力圧に息が詰まった。

「確かにただの薬売りさんですね……」

 冷や汗がダラダラだ。

「良い子ね」


 そういえば、名前も聞いていないのだが、聞ける雰囲気ではない。

 俺の服を掴む力が強くなっているあたり、今の圧で南雲もビビッているようだ。

 正直早く帰りたい。

「ところであなた、あたしの弟子になる気は無いかしら?」

 いきなりだな。そんなことより帰りたいです。

「えっと、それは薬屋の……ではないですよね?」

 俺の答えにお姉さんはニヤリと笑うだけだった。

「ちょっと怖いんで遠慮しておきます」


 ぶっちゃけあんなエロい雰囲気の美女に誘われて断るのはもったいない気がするのだが、それ以上にあの妖艶な笑みには危険しか感じない。たとえその谷間が南雲さんより深かろうとも、命には変えられない。たとえその唇をなめる舌の動きがどれだけ魅惑的だろうが、危ないことはしたくない。したくないったらしたくない。

 俺の思考に気付いたのか、後ろで南雲が俺の尻をつねった。なんで分かるの? 何に気づいたの?

 南雲の視界にはまだ婆さんしか見えていないハズなのだが、女のカンというやつは怖いものだ。

 というかそんな状況では今はない。


「……うん。やっぱり遠慮しておきます」


ですよねぇ!

艶いから仕方ないですよね。

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